10.風、やむ
「もしもし、無事に帰れてる?」
やっぱり……電話に出てよかった。
「最後あんなに走ることになってごめん。結構酔ってたのに送っても行かなくて」
ふやけたゴム人形に染みる、薪さんの声は心地良かった。私を想って心配する声だから、ゴム人形はなおとろける。
「家、駅から近いし、終電前でもコンビニあって明るいから危なくないし、ちょっとくらい酔ってたって大丈夫です」
「飲み過ぎていたみたいだし、危ないから今度遅くなったときは家まで送るよ」
そうは言っても、送ったりしたら薪さんの終電がなくなってしまうんじゃないでしょうか。家には三船さんが待っているというのに。どうする気なの。
「電話してくれたのは、心配だったからですか」
「それもあるけど、もうひとつ。言いたいことを言わないままになってしまったから」
三秒ほど間が開いた。言葉を詰まらせているみたいだった。
「あのとき何も説明しなかったけど、小野さんが好きです。……小野さんが入社する前から三船さんとの結婚は決まっていて。長くつきあっていたこともあって、結婚をやめることは考えられなかった」
ゴオという風の音が時折耳障りで、聞き取りにくかったけど、静かな場所へ移動してくれたのか、途中からは風の弊害がなくなった。酔っているせいか、ところどころわからないところがあったけど、私は相槌をはさみながら外していた眼鏡を掛け、仰向けに寝転がったまましっかり耳に携帯を押し当てていた。
「小野さんを面接したときに、良さそうな子だなとは思ったけど、最初はそれだけだった。……入籍してから、こんなにすぐ後悔することになるとは思わなかった。仕事に行けば、いつも小野さんとすれ違わないかなと考えてしまう。家で知佳にビールを注いでもらってるときも小野さんの顔が浮かぶ。――まずいんだよ……」
知佳とは三船さんの名前だ。全然おかしくないんだけど、呼び捨てなんだと思った。




