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裏工作はトトルに任せ、私はメニウェルちゃんを連れて避暑地まで来ている。
こっちのほうに小さい別荘を買った。湖畔からは少し離れた雑木林の中の一軒家。隣ともそれなりに距離があるから、多少騒いだところで音が漏れることもない。
こういうロッジみたいな場所でひがなのんびりしながら、たまに招待状に応えてお茶会だのパーティだのに参加する。有閑貴族っぽくていいよねー。
なお、管理人として少しばかりお年を召されたご夫婦を雇っている。
いつ来ても使えるようにと心を込めて掃除をしていましたーなどと迎えられれば感無量、他人が家事をしてくれるってホントに最高だ。
まあそもそも、ゲーム内に埃だの花粉だの細かいエフェクトは存在しないのだけど。
さて、王子の対抗馬はもちろんスカーレット様であるが、なにはともあれ本人がやる気になってくれないことには何も始まらない。
ということで説得に来たわけだ。
が、私がちゃらんぽらんな言い方をしただけで納得してくれるわけもない。
だが、下地になる思想がなければたどり着く道筋でもない。
ということで、こういうやり方もあるんじゃよと賢しらぶって、スカーレット様に別の道を歩ませる選択肢を増やすのが今回のミッションである。
別荘に荷物を置いて、まずは地形の把握だ。
雑木林とはいえ、それなりに密集した木々の合間からは湖の全体像も測れない。そして少しずつ全体像が見えてくるにつれ、なんとなく嫌な予感がした。
「いやいやこれ……」
湖面にそそり立つ鳥居といい、向こう岸が遠くに見える規模といい、モデルが琵琶湖じゃありませんかね。
大阪のみならず浸食してくる関西のポテンシャルが怖い……!
しかも透明度高いしよ。倒木も湖底も透けて見えるってどういうこと。あまりの透明感に、湖面に浮いている流木が空を飛んでいるような錯覚すらしてくる。
「泳いだら気持ちよさそう」
人前で肌を見せない、というのが前提にあるので水着のお姉ちゃんなんて幻の存在だけどね。
さーっと吹き付けてくる風が気持ちいい。
鉄壁スカートをお供に、しばらく歩道を歩いていけば、日傘をさした優雅なマダムとすれ違う。
お互いに軽く会釈。知り合いだったら会話もするけれど、パーティで自己紹介をしていない間柄などイベントでもない限りこんなもんだ。
そしてすれ違いざま、傘を持った侍女がこっそりとメモを渡してきた。
どっかで見た気がすると思ったらうちで教育した使用人だわあの子。奥様付きの侍女とかかなり信頼されてんじゃんね。
「なになに……近くに美味しいチーズケーキ屋さんがあるのか」
あと、次の王はあの無能クズがなるんだろうって話だね。
後ろ盾としてスカーレット様の家がある事と、第二妃がキナ臭いことをかんがえてるかもーってか。
今の王様は三人の女性と婚姻関係にあるけれど、子供ができたのは第二妃だけだ。
王妃様とは政略結婚、第二妃とはそれなりの恋愛結婚、第三妃とは一夜の過ち関係だったか。
治世は可もなく不可もなく。才無し種無しなんて言われてる。
なるほどなぁ、ライバルがいなくて怠慢してたんだな王子。
よしよし、今から大変な目に遭わせてあげるからね。
メモをくしゃくしゃに丸めてポケットに突っ込む。
後で燃やしておかないと。というか、いくら顔見知りでも令嬢にこういうものを渡すんじゃないよ。同じ諜報員同士でやりなさい。
「で、スカーレット様のいる場所はどこかな……」
「あら、ロートリシュ令嬢?」
「うん?」
声をかけられたと思ったら、スカーレット様親衛隊の一人だった。
彼女たちもここにきているらしい。
「お久しぶりですわ」
「ええ、スカーレット様はどこにいらっしゃいますの?」
「本題までが早いですわ」
などというツッコミを入れられつつ、話を聞いたところ、スカーレット様はこちらに来てからほとんど別荘に引きこもった状態だという。
お茶会に招待してもお断りの返事が届くのだとか。令嬢からだけでなく、夫人から届くものも同じ末路という。
「どうも、殿下がいらしてないことで気落ちしてらっしゃるようで」
「え? あの役立たずのためにスカーレット様が?」
「ロートリシュ令嬢、声が大きいですわよ」
それは君も気持ちは同じという事だね?
さすがスカーレット様の将来を憂慮する仲間である。
「気分転換なされた方が良いわよね。スカーレット様の別荘はどちらかしら」
「あちらの、高位貴族が土地を確保したあたりですわ」
沖島は王家所有となっている。
なお、王都側からの接続がしやすいため、南東側の方に高位貴族が陣取っていることが多い。
比良おろしが吹き荒れる西側は不人気で下位貴族の別荘が立ち並ぶ。私が買ったのもここら辺だ。北側にあるのでまだマシだけど。気を抜くと馬車とか横転するんだよね。
ということで、私とスカーレット様の位置は琵琶湖を挟んで反対側にあると思えばいい。
ん、っていうか……。
私は親衛隊員に挨拶をすると、来た道を急いで引き返す。
横合いから吹き付ける風。
よろけたマダムに急いで駆け寄って、全力で支える。
彼女自身はそこまで重くないけども、ドレスと装飾品のせいで細腕がミシミシいうような重量になっている。嘘です。そこまで重くはないけど、ちょっとしたトレーニングだぞこれ。
「大丈夫ですか?!」
「あ、ええ、ありがとう、お嬢さん」
おっとりとした表情の、綺麗な白髪のおばあさまだ。
顔に刻まれた年輪ですら上品なのが、何と形容していいかわからない高貴な雰囲気を醸している。
うちのばあちゃんはもっと、ザ・ばあちゃんだったぞ。
「こちらは風が強くて、歩きは危ないですよ」
「うふふ、美味しいケーキのお店があるって聞いて。お散歩がてらここまできたのよ」
それにしたって護衛もいないし、侍女がいるとはいえ無防備すぎる。
貴族の集まる避暑地で犯罪まがいの事が起こるとも思えないけども。
「失礼でなければ、お供してよろしいでしょうか」
「私は構わないけれど、お嬢さんにはご予定があったのでは?」
「まさか、手持無沙汰にうろついていただけで……」
今更ながら自分の言葉遣いにハッとする。
しかし、老婦人は楽しそうに笑っただけだった。
「よろしければ、ご一緒にどうかしら。若いお友達なんて、なかなかできないもの」
「光栄です。エスコートなどはいかがですか」
腕を差し出せば、目を丸くしが彼女がおかしそうに笑いながら手を添えてくる。
「最近のお嬢さんは格好いいのね。私ももうちょっと若かったら、やってみたかったわ」
「せっかくですし、こちらにおいでの間にやってみたらどうでしょうか」
「あら、そう?」
「今が一番若いですからね、時間が経つほどにやりにくくなりますよ」
「まあ、そうね!」
納得したようにころころ笑いながら。
可愛いおばあちゃんと他愛のない会話を楽しみながら、私は目的地に足を向けた。
まさかりくろーおじさんじゃないよな、店の名前。などと思いながら。




