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治療と事情聴取が終わったので帰るべく廊下を進んでいたら、正面を防がれた。
眼鏡男子である。
「なにか用ですか」
はぁー、と思いっきりため息をつく黒髪。
ずり下がった眼鏡をフレームをつかんで位置を戻す。インテリジェンスな眼鏡の直し方をするやつだ。
「あの方は、ご自身をけなす相手に対して容赦しません。考えなしの行動で影響が出るのは貴方だけではないのです」
いきなり出てきてなんなのさ。
わかってんだろ的な目をしているが、君は現場にいなかったよね。
「つまり、貴方が全て後処理をしてしまうから、アレは反省する機会を失っていると」
「何を……」
「まんまでしょ、何をしたって誰かがうまいこと処理するから、それでいいと思うんじゃん。片付けのできない三歳児じゃあるまいし。いや、幼児の方がまだ賢いか」
こき下ろせる機会には!
全身全霊で乗っかりますがなにか!
「あの方は、国を負って立つ方です」
「負わせて問題ないと思えるか、アレ」
それにぐっと言葉を詰まらせる眼鏡。
なるほど、ほうほう。
「既に後始末が手に負えなくなってきているわけだ? だから周りが配慮しろ? 交流が少ないにしろ他国の存在もあって、そんな引きこもり政策が功を奏すとでも」
言い返せないのか、俯いて拳を震わせる少年。
反論の余地もないくらいに、主としなければならない人物が無能らしい。
そういえば、仮にもアレは攻略対象だった。あれで?
愛の力でキャラ改変でも起こるのかねぇ……。俺様と判明してからヤツの攻略部分だけは見ていない。
「臭いものに蓋をして、いつまで体裁がもつのかな」
「……わかっていますよ。ですが、直系はあの方しかいないのです。いずれにせよあの方が戴冠する」
え、国家存亡の危機じゃん。
それますます貴方が今から張り切る必要はないのでは。
「今から要介護って先が長すぎるでしょ……よし」
私が頷けば、何か不安げな視線を向けてくる眼鏡。
いや、こうしてイベントがやってくるというなら利用するしかないじゃない。
殴られた頬を指でトントンとつつく。
「私に任せておいて」
「それほど信用できない言葉もないんですけど」
まあまあ、悪いようにはしないからさ!
タウンハウスに戻って、トトルに指示。
さー、明日からまた張り切っていこうかー!
そう思ってからリアルで一週間経った。
いやなに、ちょっと仕事が立て込んでいたり、追いかけている漫画の新刊が立て続けに出たり、別のゲームで気になるコラボが始まったりで手が出なかった。
友人に進捗を聞かれての渋々ログインである。
あー何をしようとしてたんだっけ。
「おはようございます、お嬢様」
「おっすー」
タウンハウス専属メイドのメニウェルちゃんが起こしてくれる。
お仕着せがちょっと大きいのか、ぶかっとした着こなしが可愛い。
くりくりおめめに、短い髪を後ろで二つに分けて結んでいる。肌色が浅黒いので貴族社会では嫌厭されるが、表情がはつらつとしていてとても可愛らしい合法ロリッ子だ。
「もうっ、お嬢様なんですから、お言葉遣いに気を付けてくださいませっ!」
幼女に怒られちゃった! ぷんすこかわいい。
デレデレしちゃう。
「うん、ごめんなさい。おはようございます、メニウェル」
「よくできました!」
幼女に褒められちゃった! 満面の笑顔かわいい。
デレデレしちゃう。
「本日はどうなさいますか?」
そこでふっと出てくるUI、ユーザーインターフェース。半透明な板みたいなものだね。
空中に窓枠が浮かんでいるように表示されて、その項目から既定の行動を選ぶこともできる。
私はもちろん、それを掴んで横にぶん投げた。不要だ!
「トトルと話をする」
「わかりました。お召し替えをお手伝いいたしますね!」
「はーい」
いやもう何をしてもかわいい。
デレデレしちゃう。
執務室に入ればトトルが待ち構えていた。
「それではお嬢様、昨日の指示通りにいたします」
「うん、なんて言ったっけ?」
「若年性健忘症でしょうか?」
「いいから答えて」
「失礼しました。本日より、私はお嬢様の従者兼デメトル男爵として学園へ通うことになります。目標は……」
ああそうだ、思い出した。
「宰相子息、クロード・ヒューレルの婚約者、エリーン・マッシブと懇意になる事」
私は頷く。
健忘症という知識のある世界観に違和感を抱き、マッシブって絶対に筋肉質だという事を思いながら。
未だに腫れの引かない頬をさする。
ゲーム的にはすぐに治るのよ? こんなもの。
でも必要であれば痛々しい見た目を残すこともできる。
普通はしないというか、そもそも恋愛だけを主眼に置いたこのゲーム内で暴力沙汰が起こること自体が珍しいんだけどね。特に主人公が巻き込まれることってまずない。
つまりこれは武器になる。
というか、そうする。
使えるものは何でも使う、戦術の基本でしょう。
「さ、今日から忙しくなるよ」
「給金への上乗せを忘れないでくださいね」
それは忘れていたかった。




