1 ギルベルトの休暇
最近はルーグとローワンはかなり打ち解けていて、よくオーウェンとギルベルトが持ってきたボードゲームなどで一緒に遊んでいる。
ナナシも大概ヒマなので一緒にやることも多い。
焼きもちや嫉妬でルーグが爆発することもさなそうだ。
これはレオンやアサヒ、オーウェンたちが気を使ってよく顔を出していたのと、領主がローワンに勉強を教えるために屋敷に呼んでいたことも大きい。
そんな感じで相も変わらず客の来ない店は子供たちの声だけが響いていた。
「邪魔をするよ」
それを唐突に壊すのは、今日も無駄に煌びやかな高貴なオーラをまとったギルベルトだった。
「ギルベルトさん!」
「お前か」
元気よくギルベルトを歓迎するルーグ、それに対しナナシは露骨に嫌そうな顔をしてギルベルトを歓迎した。
ギルベルトも慣れたもので照れずともよいのだがとナナシに返し、ますますナナシに嫌そうな顔をさせていた。
机の上のボードゲームを端に寄せたルーグは、ローワンにナナシの隣に移動するように伝えて自身はお茶を淹れるために立ち上がると、ナナシがルーグに声をかけた。
「ルーグ、あれ淹れてやれ」
「いいの?」
「違いがわかるやつに飲ませるのが1番だかんな」
それもそうかと納得したルーグは気合いを入れて工房にお茶を淹れに向かった。
領主のところで学んだことを活かす機会で、それにドリアードの持ってきた茶葉を出来るだけ美味しく淹れたいのだ。
ローワンを一瞥したギルベルトはナナシの雇い主や商人は名乗らずにナナシの友人とだけ名乗った。
どうにも警戒されているようなのでそれが1番いい名乗りだろうと判断したようだ。
嫌な顔をすることはあれどギルベルトの友人発言を否定しないとこを見るとそうなのだろう。それになんとなく2人の間には気安い雰囲気がある。
「で、なんのようだ?」
「少々長い休暇が取れたので遊びに来たのだよ。旅行とも考えたがそれでは仕事と大差がないと思ってね」
手広くやっているせいか、ギルベルトはあちこちに飛び回っていることも多い。なのでわざわざ計画立てて旅行に行かずとも、日常がすでにそうなのだ。
なので、友人のところへ遊びに行く方が休暇の過ごし方としてはいいとギルベルトは考えたらしい。
まぁギルベルトの振る舞いでは、どこに行っても高貴な人と捉えられ丁重に扱われるので本人としても望むものではないのだろう。
その点で言えば、誰に対してもほぼ同じ対応なナナシがいる空間は快適と言えるかもしれない。街自体の空気も似たようなものだ。
「そーかよ」
「そうとも」
ナナシもそれ以上は何も言わなかった。
ただ、宿は自分で取れとは言っていたが。ローワンがいるので空き部屋は使えないし、かといって自分の部屋に泊まらせる気もないからだ。
「もちろん、そのつもりだ。宿については紹介してもらえると嬉しいのだがね」
「ルーグに聞いてくれ。俺は知らん」
「了解した」
そこにルーグがお茶を淹れて戻ってきた。
自分たちの分はもうあるのでギルベルトの1杯だけ。
「お待たせしました」
「ありがとう、ルーグ君」
ルーグがギルベルトの前にカップを置いて、わずかに不安気な表情をしながら下がった。
茶葉自体はいいものだが、それを活かしきれてるとは思えない。何よりいい物を使っても技術次第ではダメになる。
「……随分といいもののようだね」
漂う香りだけでギルベルトはそう判断をして、カップを手に取ると1口。
「――素晴らしい」
出されたお茶を飲んだギルベルトはたった一言、感嘆の声をこぼした。
それを見たルーグはホッとして、ナナシは自慢げに笑っていた。
「おー、やっぱけっこういいやつなんだな」
「1級品、いや、それ以上というべき品だ。むろん、ルーグ君の腕があってこそではあるがね」
ルーグのことは素直に褒めつつ、ナナシが淹れたのではここまでの味を引き出せたかどうかと遠回しにギルベルトは言う。
「飲めりゃいいって感じだかんな、俺は」
「君らしいと言うべきかな」
そこまで味にはこだわらないと言うナナシにギルベルトは笑いをこぼし、休暇の始まりに素晴らしいものに出会えたことで嬉しそうにしていた。
「それにしても幸先のいいスタートになりそうだ」
「ルーグ。ギル長い休みで取ったから遊びに来たんだってよ」
「あ、そうなんだ」
お茶を淹れていて聞いていないルーグにナナシはギルベルトが来た理由を伝え、ギルベルトが泊まるのにいい宿を教えてやれと言う。
「うーん、貴族ならインペリアルって宿に泊まる人が多いけど、あそこはギルベルトさん好きじゃないと思うし」
「理由を聞いても?」
「ここからだとけっこう遠いから……」
この店とほぼ対角線上にあるため、いざ歩くとかなりの距離がある。しかもこの店の前は長い階段だ。
ルーグがオススメしないのはそれだけはなく、宿の雰囲気がギルベルトの好みとは合わないと感じていることもある。職人街でも群を抜いていい宿ではあるのだが。
「では、2つ目の候補を聞こうか」
「よくオーウェンさんが泊まるっていうか、ずっと借りっぱなしにしてるところがあって、そこまでいい宿ってわけじゃないんだけど」
宿というか民家に泊まるような感じらしい。
ただオーウェンが言うには一流の宿にも負けないほどいい宿であるとのことだ。ついでにナナシの店とも割と近い。
「ふむ、オーウェン君の太鼓判があるなら一興か。後で案内してもらえるかな、ルーグ君」
「あ、はい」
提案したものの、大丈夫かなと不安な顔をするルーグを安心させるように、ギルベルトはこの街はよく知るルーグなのだから不安などないと言い切った。
インペリアル
職人街で最高級の宿。
元々、お金持ちのために作られた宿であり接客は一流。
ただし、職人街仕様なので迷惑客に対しては追い返すことあったりする。