ブレイクタイム9
ナナシから店のことを頼まれたルーグは、いつも通りナナシの鍛冶屋に向かった。
日課の掃除を済ませると、特にやることもないのだがルーグは帰るつもりもないようで工房から1冊のノートを引っ張り出して読み始める。
ノートはモンスターについて書かれているもので、昔ナナシが放浪中に作った自作のモンスター図鑑だ
。なんでも出現場所を忘れるのでそのために作ったとか。
時々ルーグにモンスターの説明をするために利用され、こうしてルーグが自主的に読むこともある。
「これってこの前家の強化に使ってたやつだよね。帝国って書いてあるんだけど……」
王国の人間がお隣の帝国に出入りするためには色々と審査など厳しく、自由な冒険者ですら気楽に入ることが出来ない。逆も然りで両国の仲の悪さが伺える。
デイブのように両国を行き来できる人間はかなり珍しい。
「帝国もそうなんだけど、色んな場所に行き過ぎじゃない?」
ページをめくるたびに国の名前もコロコロと変わる。王国近くの国もあれば、全く名前も知らないような場所もある。
あちこち放浪していたと言うだけある。
地図を持ってきたルーグがノートに書かれた国の場所を探していると出入口の扉が開く音がして、ルーグはそちらに視線を向ける。
左手首につけた腕輪にいつでも魔力を込められるようにはしておいて。
大きな緑色の物体が見えて、ルーグは瞬時に腕輪に魔力を込めて箱の中にワープする。
こんなこと前にもあったような……あの時はモンスターに見えたけどモンスターじゃなくて――ちゃんと姿を確認しようとルーグが工房側から出ようとしたところで声が聞こえた。
「ナナシよ。おらぬのか?」
「ドリアードさん」
客人がドリアードだとわかったルーグは、工房側に回らずにそのまま箱の中から出た。
ドリアードは危険じゃないのも分かっているからだ。
「童か、ルーグと言ったか」
名前を覚えられていることに少し驚きながらルーグはコクリと頷いた。それからナナシがいないことを伝える。
「ナナシは獣人さんを助けに行ってて今いなくて……」
「そうであったか。まぁ、あやつに会いに来たわけでもないので気にするでない」
詳しい話はあとじゃとドリアードは何もない空間から葉っぱの包みを取り出すとルーグの目の前に持ってくる。
「これを持ってきただけじゃ。ルーグよ、淹れることは出来るか」
「え?」
包みを受け取ったルーグが縛ってある紐をほどくと甘い香りが漂い中には乾燥した葉が入っていた。おそらく茶葉だ、紅茶の。
「畑に増やしたのでな。出来たのに持ってこぬのもどうかと思うてな」
「あ、ドリアードさん、この前もらった苗なんですけど」
ドリアードから預かった茶葉を抱えたルーグは、お茶を淹れる前にと前回ドリアードが無理矢理ナナシに押し付けた苗のお礼を言う。
ルーグがもらったのはトマトの苗はごくごく普通に育ったが、実付きが良く味もかなりよかった。
料理好きの母がとても気に入っていたと。
「そうであったか。ならばまた用意するとしよう、ナナシが世話になっておるので礼はすべきであろう。母として」
母という言葉を強調したドリアードはドンと胸を張る。 まるでこれが人の普通であろうとでも言いたげだ。
ルーグは小さく笑うとお茶を淹れるために工房に行く。
お湯を沸かしている間にポットとカップを用意して、大きなボトルに氷水を作って小さな布袋に茶葉入れて水だしも作っておく。これはナナシの好みの淹れ方だ。
「お待たせしました」
鍛冶屋の中を見ていたドリアードはルーグが戻ってくるとツタを出して、ルーグが持ったトレーを持ち机の上に置くとスっとポットを持ち上げ2つのカップに注いでいく。
「ふむ、見た目は変わらぬな。味はどうじゃ?」
ドリアードに勧められたルーグもカップを手に取って、フーフーと息を吹きかけ紅茶を冷ましながら飲んでみる。
「……美味しい」
「ならば良い」
ナナシが帰ってきたらこれを1番に淹れなきゃとルーグはつぶやく。多分照れ隠しみたいに嫌な顔をしてしっかり飲み干すのだろう。
ルーグはドリアードがカップの紅茶を飲み干したのを確認すると水だしで作っていた紅茶を勧めた。ナナシの好きな飲み方だと伝えて。
「苦いのは好きじゃないからって」
「毒の認識が強いのあろう」
苦味のあるものは毒物が多いのでナナシはあまり好きになれないようだ。酸味も腐ったものという認識があるようで好きこのんでは食べないとドリアード。育った環境で学んだらしい。
「拾ったばかりの頃はわらわたちも手探りであったゆえに、毒を食べさせてしまったこともあったのも一因かもしれぬ」
人間との関わりは非常に少ないこともあって、ドラゴンもドリアードのような精霊も人間に食べさせて平気なものが分からず危険なものを食べさせることもあったとか。
自分たちは魔力だけで生きていける上、毒なども効かないから。
ドリアードばかりではなくナナシにとっても手探りな暮らしだったのは確かみたいで、初めはナナシも食べれるものを探すのに苦労していたらしい。
戦えるわけでもなくモンスターを狩るなど出来ず、かと言ってレインは食材を丸飲みなので解体することもない。あの巨体では人間用に切り分けるのも無理がある。
そんなナナシのことをドリアードは世界で1番安全な場所にいるはずなのに生き抜くのに難しい環境にいたと評していた。
ナナシのモンスター図鑑
生き抜くためにナナシが書いていたモンスターや植物の記録。
時折、ルーグたちには読めない文字が混じっていて、ナナシが言うには古代文字らしい。
ちなみにオーウェン曰く図鑑としてそのまま売り出せるレベルとのこと。




