7 来客のない日
客が来ないと退屈になるのは当たり前で、注文も入っている訳でもない鍛冶屋は炎が時折音を立てるくらいで静かだった。
職人街でも外れにあるこの店はそもそも客足が少なく、その上珍しくやって来た客も鍛冶師の対応のせいで常連になることもないため余計に客がいないわけだが。
「それにしても暇だ」
「また変なものでも作って遊んでれば?」
店の端に置かれた大きな木箱、ロイの来店初日にルーグが隠れていた箱を磨きながらルーグが投げやりに返す。
元々はただの頑丈なだけのインテリアに近いものだったのだが、鍛冶師がルーグ専用の逃げ場として改良したものだ。
自分の身を守ってくれる大事なものなので、日々ルーグはこの木箱を丁重に扱っている。
「それは感想が返ってくるまでいい」
「ああ、あれ本気だったんだ」
「冗談でも良かったんだけどなー、システムの不具合とかは実践じゃないと分からないから」
可哀想なアルゼルさんと心の中で思いつつ、ルーグはアルゼルに同情はしない。武器の能力自体は一切変わらない、せいぜい予測不可能な余計なオプションがついただけだ。
それに鍛冶師の性格を考えればそれくらいの予想はついた。命を守るものの性能は変えないはずだ。
「退屈だし、磨くか」
工房の部屋から巾着袋を持ってきたと思うと鍛冶師はおもむろに中身を机上にぶちまけた。
ジャララと派手な音を響かせて机の上に広がったのは大量の硬貨だった。
「いつも思うけど意味があるの?費用のこと考えるとマイナスな気がするけど」
「ただの暇つぶし、だな。お釣りが綺麗な硬貨だと嬉しくなるじゃん」
「それはまぁ、そうだけど」
確かになんとなくテンションが上がるのは否めないとルーグは賛同はするが、硬貨の量が量だけに磨いたりする道具や薬品もかなり消費するはずだ。
「材料費に関しては裏から調達だかんな。金はかからん。加工が面倒だけど」
「あそこね。よく行くよね」
「現地に行くよか手っ取り早い」
「いや、そういう意味じゃないんだけど」
呆れたように返したルーグは、工房の方からロイの持ってきた剣を持って鍛冶師の対面に座ると剣の観察を始めた。
「グリフォンとハイドラの素材は分かったけど、他のは……」
「悩むルーグにヒントを与えよう。上級素材が5つ、中級素材が8つ、初級が3つってところか。分かりやすいのがってところで他にも混ざってるけどな」
ロイの持ってきた剣をまじまじと見ながら悩むルーグは、素材が分からないことに小さく呻きながらそもそもと問いかける。
「むぅ、それだけ入ってるとなるとかなり値打ちものじゃない?」
「だろうなー。いっそこれを売って資金にした方がいいレベルだろ。つってもなぁ……」
「想いには変えられないか。折れててもかなり大事にされてたようだし」
折れて壊れていても尚、その輝きが失われていないということは誰かがずっと手入れをしたいたということなのだろう。
鍛冶師がロイに何も言わなかったのはそのことがわかっていたからだ。手放すには思い入れがありすぎるはずだ。
「ま、時間はあるからな。正攻法じゃなきゃやりようはいくらでもある。罠を張るとか」
「それもそっか。わざわざ封印を解くなんてすることはないもんね。僧侶呼ぶにもお金かかるし」
封印を解くためには僧侶が必要で、余程切羽詰まった状態でなければわざわざ解くことはないだろう。猶予は長い方がいい。
「そこら辺は兼ねてるが、まぁ、戦う意志のある人間がいるなら育てた方がいいだろ。あーなんだったか、騎士はただ従う者を助けず、だっけ?」
鍛冶師は昔話の教訓を引き合いに出す。
2つの村が同時に盗賊に襲われ、2つの村から救援を頼まれて片方の村だけを助けたと言う話である。
1つの村は盗賊たちと戦う意思を見せ、もう1つの村はただただ助けて欲しい懇願するばかりだった。それで騎士は前者の村だけを救った。
「分かるけどさ、村人みたいな命知らずとか笑えないでしょ」
「力が足りなきゃ知恵がある。フィーたちが教えるはず」
戦おうとした村人に対してルーグは無鉄砲も過ぎると呆れるばかりだが、鍛冶師の言う通り探せばどうにかする方法はあるはずなのだ。
例えば相手のペースを崩してこちらのペースにのせるとか。
「あ、これってサイクロプスの角?」
会話をしながらもロイの剣を観察していたルーグが声を上げる。
「お、正解!上級素材はあと3つ。つーかそれ珍しいのばっかりだから分かんないと思うぞ」
「値打ちものだけある……。ちょっと工房に行ってくる。あるでしょ、加工前の素材」
「ん?あー、あるな。ハイドラはないけど、分かってるし問題ないな」
ルーグはロイの剣に使われている素材を当てるために、工房の部屋に入る。
珍しい素材だけでも膨大な量があるせいか、ルーグは中級素材を追加で1つ当てただけで日が暮れた。
ルーグはロイが全ての素材を持ってくるまでに全ての素材を当ててやると意気込み、鍛冶師はカラカラと笑ってそれを応援していた。
ガラド
冒険者パーティー『黄昏の歌』に所属する冒険者。
大体いつも兜を被っているため素顔を知っている者は少なく、歳の割に落ち着いているという評価を持つ。
黄昏の歌の影のまとめ役であり、鍛冶師曰くガラドがいなければこのパーティーは成り立っていないらしい。