13 ナナシの存在
急な仕事を終えたギルベルトは鍛冶屋に向かうための長い階段の途中はたと足を止めた。
いや、動けなくなったと言うべきか。
全身をすくめさせるようなそれに身動きが取れなくなったのだから。
相手がどこにいるのかも分からないのにまるで目の前に対峙されているようなそんな感覚。それに抱く感情は恐怖であり怯えでありその場に足をつきたくなるような。
言葉にしろと言われるのなら――。
「畏怖と言うのが近いだろうか」
幼い頃、初めて陛下にお会いした時のような、彼と出会った時に一瞬感じた、緊張とも違うあの奇妙な感覚。おそらくそれが1番近い。
しかし妙だとギルベルトは感じる。
もちろん自分に向けられたものではないと言うことを念頭に置いても、思考が出来すぐに動けると言うのが不思議でならない。
ギルベルトはその不思議さに小さく笑いをこぼすとなにかの予感を持ってもうひと踏ん張りの階段を一気に駆け上がった。
鍛冶屋にたどり着いた直後にギルベルトがみた光景は、ナナシが細身の男を殴り飛ばすところだった。
他には青白い顔して逃げ出そうにもうごけずに立つ大柄の男と、口から泡を吹いて気を失っているようなコネリー子爵の姿がみてとれた。
「ふむ、これは……」
瞬時にギルベルトはすぐに大体の事情を察し、どうしていいか分からないというふうな困った顔をしてナナシを呼びかけるルーグのそばまで向かった。
「ルーグ君」
「え、あ、えと、ギルベルトさん」
見知った大人が来てことでルーグはちょっぴりほっとした顔をみせて、今起きていることを伝えようとしたがギルベルトに遮られる。
急ぎナナシを止めろとギルベルトの脳内は警鐘を高らかに鳴らす。
様子がおかしいだけでは済まないのだ。一見変わりなく見えるのだが、ナナシの瞳ははっきりと違っている。まるで爬虫類などのモンスターが怒っている時のようなそれに近い。
「話は後だ。ルーグ君、ウォーターボールをできるだけ冷やしてくれたまえ」
「は、はい」
どこか早口で口調が強いギルベルトがパチンと指を鳴らすとナナシの頭上に水の塊が出現する。ルーグはそれに向かって腕を伸ばすと冷やすために魔法を使い始めた。
ルーグはギルベルトの指示に従ってとにかく全力を尽くす。魔力循環異常の副作用も怖いけれど、それよりももっと怖いものがあるから。
その間にルーグを捕まえていた大柄な男がナナシの重い一撃によってその場で気絶させられ、子爵が胸ぐらを掴まれ宙に浮いた。
「これ以上は危険か」
再びギルベルトが指をパチンと鳴らすと水の塊が重力によってナナシの頭上へと降り注いだ。ついでに小さな氷の粒が1つだけ落ちナナシの頭を打った。
「――っ!?」
ナナシは子爵からすぐに手を離すと瞬時に氷の刃を作り上げると周囲を警戒し、ギルベルトとルーグの姿を見て息を吐き出した。
「お前らの仕業かよ」
水の魔法はギルベルトの得意とするもので、冷やすのはルーグの得意だ。
「正気を失っているように見えたのでね。手荒ではあるがそうさせてもらったよ」
「むしろ助かった」
ナナシは珍しくギルベルトに対し素直に礼を伝えると、子爵らが気絶しているうちにと近くにあったツタを持ってくるとそれで縛った。ドリアード特製のツタなので普通の縄と違いちぎれることはないだろう。
「すぐに衛兵へ届けたいところだが、少しナナシと話をする必要がありそうだ」
それはそうだろう。
ギルベルトはあれこれと詮索するようなやつではないが、今回に関しては詮索するなとはいえなかった。見られている以上、誤魔化すのも難しい。
場所を外から鍛冶屋の中に移し、ナナシとギルベルトが対面に座る。子爵たちは外に吊り下げてある。
「おれ、ここにいない方がいいよね。工房の方で待ってるね」
「いや、いいぞ。お前は喋るヤツじゃねぇし、色々知られってから今さら隠してもしょうがねぇよ」
ルーグは席を外そうとしたがナナシは構わないと言うので、ルーグもソファに座った。席はナナシの隣だ。人がいるときのルーグの定位置だ。
「さて、すり合わせをしようか」
「は?」
思っているのと違うことを言われナナシは思わず聞き返すかたちになってしまったが、ギルベルトはナナシこそ何を考えていたのかいう顔をされてしまう。
「短い時間とはいえ、おそらく街は騒ぎになっているはずだ」
「否定はできねぇな」
「調べたところで原因は特定出来ずに終わるとは思うが、元貴族としては放置したくはないのでね」
民のことを思えば何もしないのは貴族の責務として無責任だとギルベルト。せめてここの領主にはなにかしら伝えておくべきだろう。
「お前らは疑問に思うだろうから言っとく、俺は後天的にドラゴンになった人間。色々面倒をなくしたらそうなった」
色々と端折りすぎの説明だとも思うがギルベルトはそれでいいらしい。今回の件について納得がいったとそれ以上のことは聞くつもりもないようだ。
ルーグは衝撃の事実を受け入れるのに大変そうにしているが。
「それを踏まえ……おや」
コテンとルーグの頭がナナシの肩に乗っかる。どうやら眠ってしまったらしい。魔法の酷使と緊張状態で疲れが出たのだろう。
ナナシは起こさないようにルーグを横にして、ギルベルトにタオルケットを取ってもらうとルーグにかけてやる。
「ドラゴン関連の古代の遺物というのはどうだろうか」
「現実っぽさなら1番か」
簡単にだけ口裏合わせをし、ギルベルトは子爵を衛兵に引渡しに向かった。
水魔法
魔力を消費して水を生み出す魔法。
任意の場所に出すことが出来るので空中に出すことも可能。しかし技として完成させてしまうとすぐに発動してしまう。
水の温度については少しだけ調整が出来る。




