9 やっとお出ましか
衛兵への説明も終わり、ロイは鍛冶屋に行くつもりだったらしいので鍛冶屋で話をすることする。
ルーグは鍛冶屋までの長い階段を登りきってお疲れ気味なのでナナシが適当に入れた茶が出された。あまり美味しくはないが飲めないことはないのでルーグも文句言わずに飲んでいる。
「巻き込んで悪かったな」
「いえ、鍛冶師さんが助けてくれましたから。それよりフィリーさんたちの方が危ないんじゃ」
「あいつらも戻ってきてんのか」
職人街に戻る途中でフィリーたちと偶然会ったロイは、昨日夜遅くに彼らと一緒に戻ってきたのだと言う。
夜も遅いのですぐに宿屋に行くつもりだったのだが、久々の街なら酒を飲まねばというシーナに巻き込まれ酒場に向かうことになったとロイ。
「大変だったね」
「あはは。でもシーナさん無理強いはしてこないから」
労うルーグに乾いた笑いを浮かべながらロイが言う。
無理強いをシーナがしないのは嫌な思いして飲まれたら酒がもったいない。美味しく飲んであげるのが酒への礼儀ってもんでしょという彼女なりの美学があるからだ。
ただし勧めないのは酒だけであって、食事なんかはたらふく食べろとやるけれど。
ナナシはロイの装備を手入れのために回収しながら、フィリーたちなら心配するなと声をかけた。
「あいつらならやられるようなマネはしねぇよ」
「ギルベルトさんはそんな手練は雇えないだろうって」
例えばの話、あの中で1番弱いとされるアルゼルを追い込むにしてもそれなりの熟練者を雇う必要がある。
そうなると決して少なくない金額の支払いが求められるわけなのだが、ギルベルトの知る限りはそのような予算はないという。歴代の子爵たちは領民たちの暮らしのために財産をほとんど使っていたらしく貯えはほぼないとか。
そこに息を切らしたフィリーたちがやってくる。
ギルドに捕まっていたらしいが、ナナシが襲われたみたいな話を聞いて急いでやってきたという。
「襲われたのはロイ」
「ごめんなさい、わたしのせいで……」
ナナシからも事情を説明されたフィリーは関係ないロイを巻き込んだことに責任を感じて申し訳なさに小さくなる。
「あんたのせいじゃないでしょ。悪いのはあの貴族なんだから」
「確かに一端は――ぐはっ」
シーナがフィリーのフォローしていたというのに余計なことをアルゼルが言いかけたのでシーナの杖がアルゼルめがけて横薙ぎされた。
それに関しては穏健なガラドもかばうことはなかった。ルーグは心配していたが。
「とにかくそういうことだから、なるべく1人で歩くなよ」
「そうするよ」
視線があるうちはその方がいいだろう。
「それからフィー、ここにいる間は俺の預かりになったから」
「父様、もう知ってるの?」
「お前らのことを探ってるような貴族がいるって送ったかんな」
だからその貴族の情報が欲しかったので手紙を送っていたのだとナナシは伝える。それに侯爵が出張ってきたら色々と面倒ごとが起こるだろうことは想像がつく。
「責任は侯爵が取るって言うし、安心していいぞ」
「それは助かりますね。後ろ盾があるだけでだいぶ違いますから」
貴族相手は貴族の方が安心するのかアルゼルたちはほっとしていた。一介の鍛冶師だけではやはり心もとない。フィリーとルーグだけはナナシだけでも不安を抱いてはないようだが。
お互いにコネリー子爵への情報の共有が出来たところで、店の扉がガラガラと音を立てて開かれ来客が来たことを告げた。
その瞬間フィリーは頬をこわばらせ、シーナらは武器に手を伸ばしすぐに動けるように重心を変える。
それだけでルーグもロイもすぐに理解した。目の前の貴族然とした客人の男がコネリー子爵なのだと。
「いらっしゃい。何が入り用で?」
一応、店なのでナナシもすぐに追い返すような真似はせずひとまず客として見ておくが、店主を視界に入れていないあたりそうする必要もなかったかもしれないが。
「ああ、愛しのフィリー。どうして僕から逃げるんだい?」
子爵はフィリーに向かって手を伸ばすとフィリーに向かって歩き出し、シーナとガラドが間に割って入ろうとするのを視線で止めたナナシはシールドを張って子爵の進行を止めた。
「な、なんだ?見えない壁?」
「どーも、初めましてコネリー子爵殿。ご要望をお聞きしましょうか」
目に見えない透明なシールドに戸惑う子爵を無視するナナシは、子爵の足を払って椅子の形にしたシールドに座らせる。
シーナは目に見えないシールドの存在にありえないと不満げにしている。
「鍛冶師風情がこの僕に何をする!店を――」
「あーはいはい。できるもんならどーぞ」
フィリーと逢瀬を邪魔されたとばかりに怒り散らす子爵の前にナナシは相手にせず1枚の紙をチラつかせ、それに目を通した子爵はわなわなと震えだした。
「なんなの?」
「ナナシは確か委任状?とかって……」
意味は分からないルーグは聞いた言葉をそのままシーナたちに伝え、ガラドがルーグにも分かるように説明をしている横ではナナシが楽しげに子爵に喋っていた。
「つまりぃ、ここじゃ俺がルールってこと。店に関しちゃどうでもいいけど」
「……いや、こんなやつが本物の書状など」
「ま、そんなんなくてもやるけどな」
軽い調子で言うナナシだが、声音には軽さは感じられず本気さが窺える。そして決して抗えないような威圧のようなものもわずかながらに発していた。
ナナシは出入口の扉を開けると手のひらで指し示し、言外にお帰りくださいと子爵に伝える。その目は普段より幾分冷ややかだ。
先程までの強気をなくした子爵は、ナナシに見せられた手紙をドンとナナシに突き返すと鼻を鳴らして帰って行った。
残った息の詰まるような空間に、ルーグだけが動けて不安そうにナナシの服を掴んだ。
酒場
冒険者ギルド以外で冒険者がよくいる場所の1つ。
飲食物だけでなく、情報も扱っている。
冒険者の多い街などでは必ず1軒はある店で、行きつけの酒場が出来て一人前の冒険者だとか言われてるとか言われてないとか。




