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31 落ち着かないから

 今日も変わらずルーグは鍛冶師のところへ足を運んだ。


 家にいてもあまりやることもないし、お弁当を持ってきたついでに忙しい鍛冶師に代わり店番をしている。

 まぁ客人が来ることは滅多にないので基本は店の掃除をしたりするくらいしかやることはないが。


 きっとロイやフィリーたちも大きな戦いを前に準備に追われて来ることもないだろう。予測しない出来事も多い旅はどれだけ万全を期しても万全と呼ぶには程遠い。


「うーん、これは違うね。だとするとあと似てるのは……」


 一人言を言いながらルーグは素材置き場から手の空いている時の日課であるロイの持ってきた剣の素材探しをしていた。


「もー、選択肢がありすぎてわけわかんなくなってきた。でも、ギブアップはしたくないし……」


 道具には使った素材の特長がでる。だから鑑定眼がなくても使われている素材は分かるはずなのだが、まだまだルーグには前途多難なのである。


 それでも答えは素材置き場(ここ)の中にあるのだから見逃さなければそのうち分かるだろうとルーグはアタリをつけて正解を探していく。


 大きく息を吐き出したルーグは気合いを入れ直し、再び素材と向き合おうとして来客を告げるブザーが鳴ってルーグは対応に向かった。


「あれ、ロイ?」

「うん。ちょっと落ち着かなくて、気を紛らわせに」


 頬をかいてロイが困ったように笑いながら言った。

 装備の完成まであと2日、故郷の命運がかかった戦いに今から緊張するのは仕方ないかもしれないが、身が持たない。


「そっか。何か――って言ってもいつも通りしかオレも出来ないけど」

「ううん、その方がありがたいかな」


 ルーグがお茶を淹れに行き、じっとしてられないロイは自分のボックスを覗いてポーションを手に取るとポーチにしまう。

 必要なものは主にアルゼルのアドバイスを元にして揃えたが、これも。ちょっとしたお守りがわり。


「お待たせ。今日は鍛冶師(あいつ)の好きなやつ。紅茶の中ではなんだけどね」

「ありがとう、ルーグ」


 礼を言ってからロイはルーグが淹れてくれたお茶を飲む。今日のはいつもと違って冷えている。


 鍛冶師の作業中は大抵この冷えたお茶が基本らしい。炉の近くは暑いので冷たいものが欲しくなるのも無理はない。


「ルーグ、なんか冷たいもんを……お、ロイじゃねぇか」

「こんにちは」


 キリのいいところまで仕上げた鍛冶師はルーグを探してロイが来ていたことに気づき驚いたような声を出す。


「はい、お茶。さっき作ったばっかりだからまだ冷たいと思う」

「サンキュー。………さて」

「どうしたの?」


 冷たいお茶を一気に飲み干した鍛冶師は、小さく呟いたあと顎に手をあて何かを考え始め、ルーグはその様子に何をしようとしているのかと尋ねる。


「ずっとこもってたからな体も動かしたいし、気が休まらねぇってなら一戦どうだ、ロイ?」

「えっと……お願いします」


 これからネームドと戦うのだ。フィリーたちよりも強い鍛冶師との模擬戦はきっと強敵と戦う練習にもなるだろう。


「待って、食器片付けなきゃ」

「そこまでしねぇよ」


 なにやら不穏な会話がされたが、ひとまず模擬戦のために外に出る。

 ロイは真剣といっても鞘入りだが、鍛冶師は柔らかい布が巻かれた木剣でやるようだ。見学だと鍛冶屋の壁に寄りかかるルーグは何故かあの日鍛冶師の頭を叩いたトレーを手にしている。


「さーて、やるか」

「はい!」


 対峙した瞬間、鍛冶師から殺気――いや、圧倒的強者が放つ威光といった方が正しい。それが放たれロイはその場から動けず恐怖に身体が支配され立ち尽くす。


 ルーグはため息をつくとロイの横まで移動して手にしていたトレーを背伸びして大きく振りかぶると勢いよくロイの頭目掛け振り下ろした。


「もー、加減を考えて、よ!」

「いやお前もだよ!」

「だってこれが1番早いから……」


 衝撃を与えられたロイは正気に戻る。何があったのか理解できない様子で目をぱちくりとさせて、鍛冶師と対峙した瞬間、威圧によって動けなくなったことを思い出した。


「わりぃな、ロイ。加減間違えた」

「いえ、僕が弱いだけですから」

「いや違う。鍛冶師(これ)が規格外なだけだから」

「だーれが規格外だ、俺は最弱だっての」


 ロイの言葉を否定すると今度は鍛冶師から反論がなされ、ルーグは鍛冶師に反論を返す。


「人間は普通、1人でドラゴンって名のつくものを倒せるほど強くないから」

「……ドラゴンを?」


 通りで手と足も出ないわけだと驚きつつ納得するロイに、鍛冶師は訂正を入れる。ルーグが言うことも間違いでもないが、上位ドラゴンだと思われてはたまらない。


「いわゆる下位ドラゴンだぞ。そもそも、あれは必要だったからやっただけだっての」


 そう言ってから鍛冶師は続ける。


「ちょっとでも住処を離れりゃすーぐ迎えがきやがってとっ捕まって戻される。やるしかなかったんだよ」


 おかげでどこにも行けず、こそこそとするのも面倒くさいので、結論として1人前と認められるのが手っ取り早いと判断に至ったという。

 かなりギリギリの勝負だったらしいのだが、なんとか勝利を収めたと言う。


「そんな場所が……」

「ちょっくら特殊な場所にいたかんな、俺も」


 言い切って鍛冶師はケタケタと笑った。

 それから真面目にやりますかと今度はまともな打ち合いを始め、鍛冶師はロイに付け焼き刃であるが格上相手に戦う術を教えていた。

威光


強いモンスターの咆哮などが該当する。当てられた相手は恐慌パニック状態や萎縮して動けなくなる。

同レベル以上には基本的に効果がなく、関係性によっては実力差がなくても効かないことも。


ちなみに鍛冶師が放った威光がルーグに効いてないのはロイだけに放ったからもあるが、ルーグが鍛冶師を怖いと思っていないことも大きい。



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