20 鍛冶師のイタズラ
ロイがちょっと遠くまで遠征に向かって3週間ほど……。
この間、他の鍛冶屋から紹介で来た冒険者以外、誰も客は来なかった。これがこの店の通常営業なので気にする人間もいないが。
「こんにちは」
「ただいま」
ロイとフィリーたちが戻ってきた。
まだまだ余裕のあるフィリーたちのパーティーはアルゼルがなにか言いたげにしている以外ほぼ変わった様子はなかったが、大量の素材を持って戻ってきたロイは前より逞しくなったようにも見える。
装備が結構傷ついていたりするので、それが歴戦の戦士っぽく見えるからとかそんな理由もあるかもしれないが、多分それを差し引いてもロイが成長したのだとルーグは思う。
戻ってきてから直接来たわけではなさそうだが、大量の荷物を持っている。どうやらどれが必要になるか分からないとひとまず取れた素材を全て持ってきたらしい。
ついでにこれから必要になりそうなものがあれば預かりボックスに入れておくためだ。一応、あれば役立つだろう素材は教えてもらったが確認してもらった方がいいとフィリーたちは言っていた。
「ちょっと待ってて。すぐ呼んでくるから」
「うん」
「急がなくていいわよ」
ルーグは工房で作業している鍛冶師を呼びに行く。
来客を知らせるブザーを鍛冶師は作って置いているのだが、鍛冶師がそれに気がついた試しがない。なので誰かが呼びに行く必要がある。
ついでに飲み物の用意もしておこうとルーグは奥の工房の部屋に向かった。
カーンカーンと金槌で鉄を叩く音が響いて鍛冶師を見る前に作業中だということが分かり、ルーグはタイミングを見計らってロイやフィリーたちが来たことを伝えておく。
「フィリーさんたち帰ってきたよ」
「おーそうか、もうちょいしたら行くわ。相手頼んだ」
「分かった。伝えとくね」
お茶を淹れてからフィリーやロイたちが待つ部屋に戻ったルーグは鍛冶師がキリのいい所までやってから来ると伝えてから、カップにお茶を注ぐとその香りにフィリーがすぐさま反応する。
「あ、美味しいやつだ。手作りのやつだよね」
「あ、うん。フィリーさん、分かるの?」
「これ好きなんだ」
今日は鍛冶師お手製のハーブティーだ。昔、旅先で教わったらしいそれは疲労回復効果など効能が色々あるとか鍛冶師は言っていた。
鍛冶師と一緒に旅をしていたというフィリーは何度か飲んだことがあるようで好きなものだとニコニコとしてすぐに口をつけたが、アルゼルは警戒して飲むのを躊躇っている。
「えっと、毒じゃないから。その、割と普通のハーブティーだから大丈夫」
「ああ申し訳ない。ルーグさんが淹れたのですからそのようなことはないと頭では理解しているのですがどうにも」
遠征中に『何か』があったらしい。
以前、アルゼルがした発言に対し鍛冶師は何かを仕掛けるようなことを言っていたが、きっちりと仕込んだみたいだ。嫌な有言実行である。
「確かに美味しいわね、これ。それにしてもなんでもやってみせるわね、あいつ。何ができないのか知りたいくらいよ」
「確かにね。けどハーブティーで作れるのはそれだけだって言ってたよ」
シーナの言葉にルーグは苦笑いをする。シーナの言う通りなのである。
確かにあの鍛冶師、鍛治の腕前もピカイチだが、大抵の素材を自分で取ってこれるほど強い。滅多に作ることはないが料理も上手い。本人は器用貧乏とか言うけど、わりと結構なんでも出来る。
「レシピ教われないかな」
「残念だが出来ない相談だ。獣人とこの秘密のレシピだかんな」
「なんでそんなもの知ってんのよ?!」
獣人と言えば隣国、亜人の国と呼ばれる複数の種族からなる連合国だ。
滅多に人前に姿を現さず、ほぼ連合国に入国することも出来ないため閉鎖的な国と言われる。近くに寄っただけで追い返されるとかでシーナの問いもおかしなことではない。
長い歴史の中では亜人狩りなどもあって戦争も起きた。今はお互いに干渉をしないことで平穏を保っているが、今でも差別など人間と亜人の溝は深いままだ。
「あーそりゃ、む――」
――ガチャリ。
乱暴に置かれたカップの音によって鍛冶師の返答は遮られる。
目を細め、怒りに満ちた目をして鍛冶師をアルゼルは睨んでいた。そしてアルゼルは自分の武器である短いロッドを持ち上げパシッと叩くと鍛冶師に向かって叫んだ。
「なんて機能をつけるんですか!!あなたの腕は信頼していたのに!」
アルゼルは必死な形相で苦情を言うが、正直シーナとフィリーが思い出し笑いなのか大笑いしていて流れる空気は緩い。ガラドとロイは笑っては失礼だと申し訳なさそうにしているがやはり堪えられずに肩を震わせている。
「おー成功か。役に立ったろ?」
「そういう問題ではありませんよ。確かに魔力の消費が減るのは助かりましたが」
怒りながらもアルゼルは律儀に答える。
その『何か』が分からないルーグはひとまずちゃんと答えてくれそうな鍛冶師とアルゼルに何が起きたのかを知るべく尋ねた。
アルゼルは屈辱だったと答える気はなさそうで鍛冶師はのんびりと答えた。
「威力高い魔法を使う時に消費魔力減少効果とうさ耳がはえるってやつ」
「うさ耳……」
「とりあえず同時発動の不具合はなさそうだな」
問題がなさそうだと満足気な鍛冶師はアルゼルにそう怒るなと落ち着かせる。
「まあちょっと腹い、ふざけ……実験で遊んだのは確かだが、性能チェックだかんな。上手いこと出来きるようなったらお前のとこに優先的に卸してやるから」
「証人だけでは心もとないですね。書類、用意しますのでサインを!」
先程までの機嫌の悪さが嘘のように鍛冶師の気が変わらないうちに行動を始めるアルゼルにルーグはその様子を見ながらこう思った。
アルゼルさん、ちょろいと。
連合国
職人街を囲む3つのうちの1つで非常に閉鎖的な国。
暮らしているのは亜人たちで、連合国内で自給自足の生活をしている。
一応、王国とは帝国関連で条約を結んでいる。




