16 先行投資
2度目のゴブリン退治の翌日。
フィリーたちはギルドに半日ほど呼ばれたこともあり休暇となり、ロイは荷物の整理をするために鍛冶屋に向かった。
「こんにちは」
「おや、ロイ君ではないか」
「あ、昨日の……」
鍛冶屋に来たロイを出迎えてくれたのは、自称鍛冶師の友人である優雅さあふれるギルベルトだった。
ギルベルトは優雅にお茶を嗜んでいて、ロイの姿を認めると机を置かれた空のカップを手に取るとポットを高く持ち上げてカップをお茶を注ぎ、自分の対面にそれを置いた。
「鍛冶師は少々席を外しているよ。すぐに戻ると言っていたがね」
「あ、ありがとうございます。えと、ギル、ベルトさん」
ギルベルトの優雅さに戸惑いながらもロイは勧められた席に座って、昨日の会話を思い出して不安げにギルベルトの名を呼んだ。
「ああ、昨日は彼に流されてしまって自己紹介がまだだったね。私はギルベルト・フォーカスだ」
「僕はロイ。ロイ・セレストです」
「ふむ、英雄の名とは。君の名付け親は随分と博識な方だったのだね」
「ありがとうございます。祖父が名付けてくれたものなんです」
大好きだった祖父を褒められたロイははにかんで素直に礼を言う。
「おい、ギル。開けてくれ!!」
「帰ってきたようだ」
仕方がないとでも言うようにギルベルトは立ち上がると、玄関の引き戸を開けた。
「お、ロイ。いいところに。仕分け手伝ってくれ」
「え、あ、はい。僕に出来ることなら」
まだあるから持ってくると手に持った荷物を床に下ろすと、両手に抱えきれないほどの荷物をまた持ってきた。それから、腰につけていた布袋をひっくり返し、少しばかり大きな山ができる。
どうやらどれもモンスターの素材らしい。
「すごい量ですね」
「な、減らすつもりが増えちまった。こりゃルーグに叱られんな」
「彼も苦労するわけだ」
やれやれと言ったギルベルトは床に広がった素材を1つ拾い上げると、鍛冶師の指示に従って仕分けを始めた。
やがて、そこに鍛冶師の食事を持ってきたルーグがやってくる。今日は父の忘れ物をついでに届けに行ってから来たのでいつもよりも遅い。
「わ、なにこれ?なんでこんなに散らかってるのさ」
「あー、悪いな。やらかした」
鍛冶屋に入るなり驚いて、すぐさま鍛冶師にこうなった理由を詰め寄ったルーグはため息をついた。
「まったくもう、これじゃ歩く隙間もないし」
「おっしゃる通りで〜」
逆ギレする鍛冶師に小言を1つ飛ばしたルーグはすぐに片付けに加わる。今回はいつもよりも人手もあるのでは少しは早く終わるだろう。
慣れないことのためにたどたどしいロイは仕方ないとして、ギルベルトはその見た目の通り優雅にそつなくこなしてみせる。
全てを分け終えたあと、鍛冶師はそれらを運ぶために箱に入れようとしてギルベルトの仕分けたものをみて、ギルベルトに一瞬視線を向けた。
「なんだね?」
「なんでも。質まで分けられてるのはありがたいつーもんだけど、なんかお前にやられると腹たつな」
「お褒め頂き光栄だよ。生憎と育ちがいいもので審美眼は鍛えられているのでね」
友人同士の気安いやり取り、軽口の応酬にルーグは気にすることなく鍛冶師の手伝いをしながらああそうかとつぶやく。
「ギルベルトさんって貴族だったっけ」
「そうそう、こいつ自身は男爵の称号持ち」
一仕事終えたと優雅にお茶を嗜むギルベルトは貴族だと知って慌てふためくロイに対し穏やかに笑ってから間違いを訂正する。
「元だがね。今は庶民なので気にすることもない」
「えっと、剥奪ってことですか?」
「ああ。しかし、私の価値は変わらない、魅力は落ちたかもしれないがね」
ルーグの問に頷いたギルベルトは淡々と語る。
何をしてもどこにいても自分と言うものは変わらないと言い切るギルベルトに対し、ルーグはなんとなく鍛冶師と友人というのがしっくりきた。
自分というのをくずさないところが。
「まあ結果的には好きに動ける点、剥奪されて良かったと思っているよ」
「お前はそうだろうよ」
呆れたように鍛冶師は言って箱に入れた荷物をルーグと一緒に工房に入れに行く。下にはローラーがついているのでルーグでも簡単に運べる。
「はぁー、やっと終わった」
「迷惑をかけたね。まぁいつものことのようだが」
「それは、まあ……アハハ」
ルーグは否定する言葉も見つからず、乾いた笑いを浮かべ、鍛冶師はルーグの頭に手をおくとギルベルトに対し尊大に言い放った。
「たまに特別手当は出してっからな。それに俺の経営方針は使えるものは使えだ!!」
「それでこそ、君というものだ。私はそろそろお暇するが、ルーグ君のお世話になりすぎないように」
「ルーグはしっかりしてっからな……って俺が世話してんだっての!」
愉快そうに笑ったギルベルトは立ち上がってロイに激励の言葉を伝え、ルーグに向き直る。
「ルーグ君、鍛冶師が迷惑をかけると思うがよろしく頼むよ。君がいればバカな無茶しないはずだからね」
「だといいけど」
「それは私が保証しておこう」
そう言ったギルベルトは上着を羽織ると、念を押すように鍛冶師に無茶をするなと言い残して鍛冶屋を去っていった。
ロイの話では鍛冶師たちが奥の部屋にいる間にどこかからか連絡がきたらしい。
「そう、か。ま、仕事の方でなんかあったんだろ」
「大変なんだね」
「手広くやってんかんな、あいつは」
貴族じゃなくなってからの方が多忙だと鍛冶師は言う。どうやら貴族という枷がなくなり、自由に動けるようになったことが理由らしい。
ひと段落も着いたところでロイはここに来た本来の目的を思い出し、荷物の整理を開始する。
「あの、これは?」
空っぽのはずの箱の中には何故か回復薬が20本ほど入っている。初級回復薬が多いが上級回復薬もある。
疑問に思いロイが尋ねると、鍛冶師は面倒くさそうに答える。
「それな、ギルからの投資だってよ」
「投資、ですか?」
「あいつの常套句。商人とか言ってけど、やってることは投資だかんな、あれ」
それから鍛冶師はギルベルトからの応援の気持ちなんだろと答え、先程の素材騒動についてルーグに詰め寄られたのだった。
ハリツバメ(手紙など配達する鳥)
人間と共存するモンスターで世界最速とも言われる飛行速度を持つ。
1度直接会わせる必要はあるが魔力を感知して荷物を届けてくれる。ただし対価がなければ動かず、金属が好きなので主に送料は銅貨で支払われる。
荷物を受け取った側もささやかなお礼をするのがマナー。