14 優雅さと照れ隠し
ロイがゴブリン退治に向かうと通常運転に戻り、開店休業状態の鍛冶屋は今日もルーグと鍛冶師の他愛ない話し声と、炉のから聞こえる炎の爆ぜる音しか聞こえない。
「失礼するよ」
それで今日も終わると思いきや、来客がやってきた。
「へいらっ――げ、お前かよ」
客ならばとりあえず歓迎と声をあげた鍛冶師だが客人の顔を見るなり顔を顰め、ルーグはお茶を淹れるために立ち上がったが客人は手でそれを制す。
「ルーグ君、お茶ならこれを使ってくれたまえ。王都で評判のものだ」
「あ、はい。分かりました。すぐ淹れてきますね」
「ゆっくりで構わないよ。急ぐというのは性にあわないのでね」
客人は常連、いや、鍛冶師を雇っている人物だった。
優雅さと高貴さ溢れる男で、なんというか貴族とか王家ですと言われても納得してしまうような洗練さがある。事実、所作もかなり綺麗だ。
「サンキューな。お前が選ぶのはハズレがないしお高くて美味い茶なんだろ」
「無論。幼き頃より本物を知っておくべきだよ、ルーグ君であればなおさらね」
職人街という、一流品溢れる場所で育つルーグだからこそ、一流のものに多く触れて審美眼を養うべきなのだと言いたいらしい。
彼は上着を脱いで軽く畳むとソファの上に置き、帽子を手にしたままソファに座る。
「しかし、先程は傷ついた。友人にあのような態度をとられるのはさすがの私でもショックを受ける」
「あー、そうかよ。で、何の用だよ、ギルベルト」
鍛冶師が不機嫌に言えば、ギルベルトはふしぎそうに小首を傾げて見せる。
「おや、友人に会うのに理由が必要かい?」
「ないとは言わない」
「ふむ、君の照れ隠しとして受け取っておこう」
にこやかに返すギルベルトに対し大きすぎるため息をついた鍛冶師は、頭をガシカジとかいた。
何を言ってもにこやかに対応してくるあたり、やはり相容れないというか友人とは認定したくないものがある。
「お待たせしました。味は保証出来ないけど……」
「なに、少なくともそこの鍛冶師が淹れるより美味と言うものだ。彼は適当すぎて敵わない」
洗練された動作でカップを手に持つギルベルトに対し、鍛冶師は不貞腐れたのかやる気なさそうに机に顎をつけてカップを少しだけ傾けて啜る。
この短い時間の中で一体何があったのかは分からないが、ルーグは聞かないことにして置く。まぁ、ギルベルトは鍛冶師を友人だって公言しているし、何より鍛冶師の知り合いらしいので放置だ。
変人の巣窟なのだ。鍛冶師の知り合いたちというのは。
類は友を呼ぶと言う言葉があると鍛冶師がむかし教えてくれたので、鍛冶師ところには変なやつが多く集まるということになるのだろう。
ただそうなると自分も入ってしまうとルーグは首を横に振ってその考えを振り払った。
「また上達したね、ルーグ君。君に任せて良かったよ」
「あ、ありがとうございます」
褒められたルーグは照れるようにトレイで顔を隠すと、お菓子を忘れていたと奥に引っ込んだ。
「ルーグ君にしてもフィリー君にしても、素直で愛らしいものだ。純粋というものはいささか眩しいものではあるがね」
「それな。よくもまぁフィーも擦れずに育ったもんだ」
「愛情ゆえというべきかな」
そこにお菓子を持ってルーグが戻ってきて、会話は1度打ち止めになる。
そしてルーグの母が作ったというスコーンを食べながら、ゆったりとした時間が流れていたのだがそれは唐突に壊される。
扉が乱暴に開かれ現れたのはガラの悪い3人の男、格好からして冒険者だろうやつらだった。
「へいらっしゃい」
「穏やかではなさそうだ。ルーグ君、下がっていたまえ」
明らかに不穏な空気を纏う3人の男に対し、鍛冶師とギルベルトはすぐ動けるように相手を警戒しながら見定める。
「何をご所望で――のわっ!」
男たちに近づいた鍛冶師に出されるのは言葉ではなく致命傷必死の刃だった。
かるーく躱した鍛冶師はすぐそばの棚にかけてある長い棒を片手に持つと、ギルベルトに助けを求めた。
「手伝え、ギル」
「自分の不始末は自分で処理したまえ。私が手を貸すまでもないほどに君は強いのだから。ルーグ君は守るので気にせず戦って構わない」
「取り付く島もねぇ!」
悪態をついた鍛冶師はギルベルトに恨みつらみを込めた視線を送りつけながら、3人の男をすぐに気絶させて目覚めた時抵抗されないようロープで縛りつける。
「こいつら……なんーか見覚えあんな」
「もしかしてさ、ロイが初めてきた日の人たちじゃない?」
ギルベルトの横から顔を覗かせたルーグが言って、鍛冶師は記憶を手繰り同じ結論に至ったらしく、ため息をついた。
「ロイが無理なら、俺ってことな。フィーたちがいるんじゃ手出し出来ねぇもんなぁ」
「君に手を出すほど愚かな行為もないが、時にそのロイと言うのは新しいお客でいいのかい」
「あーそうだよ。ジーさんの形見を復活させてぇってな」
先程手を貸さなかったギルベルトをまだ根に持っているのか、鍛冶師の対応は乱暴だ。しかしギルベルトはそれに構うことはなく自身のペースを崩さない。
「一目みてみるというのも一興か。彼が戻るまで滞在させてもらおう」
「帰れ!」
「雇い主ということを忘れてもらっては困るなどとは言わないが、久方ぶりの友人を歓迎してくれてもいいのではないかい?」
ギルベルトは困ったものだと優美に笑いをこぼし、堂々と鍛冶屋に居座る宣言をしたのだった。
ギルベルト
元貴族の青年で隠しきれない優雅なオーラをまとっている。
鍛冶師にこの店を任せた張本人で、鍛冶師がフィリーを保護している時に知り合った。
店に関しては後任が見つかるまでと言っているがおそらく嘘だと思われる。