11 お手入れ
お弁当を今日も届けにきたルーグは掃除の準備をしながら、いつもぴょこぴょことついてきて手伝ってくれるミックの姿がないことを不思議がった。
「あれ、ミックは?」
「出かけた。急に川魚が食べたくなったんだと」
「海ならすぐ目の前なんだけどね」
職人街の目の前に海ならあるのだが、川となると一応は日帰りできる距離にはあるが馬車でも数時間はかかる。
「ま、すぐ帰ってくんだろ。あいつにとっちゃ散歩程度の距離だ」
「ねぇ、ミックって泳げるの?」
水が苦手なモンスターじゃなければ、大半のモンスターは泳ぐことが出来たりするとオーウェンが教わっているが、ルーグにはミックがおよぐ姿が想像できない。
「大体はでっかくなって歩いてるけどな。泳げるぞ」
「どんな風に?」
「貝を想像すりゃ早いか。閉じたり開いたりして進むんだよ」
ナナシはその辺にあったフタ付きの箱を手に取るとフタをパカパカと開けたり閉めたりする。
地上だけでなく水中でもかなり動きが速いらしい。ついでに言えば、息継ぎもそこまで必要がないようで長時間潜っていられるとか。
「そうなんだ」
「つっても、ミミックは普通水に濡れんの嫌うんだけどな。手入れが面倒だからって」
普段から擬態のために自身の手入れは怠らないが、水に濡れたときなどは特に念入りに手入れをすると言う。
これは濡れると金属部分が錆びてしまうことあるらしく、ミミックからすると怪我をした状態ということになる。
自分での手入れは届かないところもあるので完璧には出来ないので水に濡れるのは嫌がる。
ミックがいないからといって、何かが変わるわけでもなくいつも通りナナシとルーグはぐたぐたと過ごし、昼食を食べしばらく過ぎた頃、ミックが帰ってくる。
「おかえり、ミック」
『ミック』『無事』『帰還』
ミックはルーグに返事を返すと、ブラシやら小瓶やらを取り出して机上に置き始めてナナシの方を向いた。
つまり、手入れをしろと無言の圧力。
「へいへいっと、やりゃいいんだろ。ルーグにも任せていいよな」
ルーグもミックの手入れを覚えておけば、ナナシは自分が忙しい時でもルーグにやってもらえるからと言う。
『ピカピカ』『仕上げ』『頼むぜ』
「んじゃ、やるか」
まずは軽い汚れの拭き取りだと、ナナシとルーグは固く絞った雑巾でミックを拭いていく。
一応言っておくと分担はやり慣れてるナナシが縦に分けて3分の2、その残りがルーグだ。
「ざっくりでいいぞ。取り切れないのは次でとるし、強くやるとミックは痛がるかんな」
「うん。気をつけてやらないと」
ルーグがミックを拭く力を緩めて優しく拭き出す。すると、ミックがカードを取り出す。
『ルーグ』『弱い』『ミック』『無敵』『大丈夫でさぁ』
「ミックってレパートリーは増えたけどさ……」
「あいつら遊んでやがるな」
かなり言葉の種類が増えたため会話はしやすくなったものの、ところどころでふざけているところもあっておかしな言葉があったりする。
最近は鍛冶師だけではなく、魔道具師の見習いや新米なんかも参加しているらしいのでデザインは良くなっているのだがますますおふざけが過ぎるのである。
ナナシはミックが必要と判断して買っているので作り手に何も言うつもりもないが、そろそろ悪ふざけをやめないとウォルバーグあたりが雷を落としそうだ。
水拭きが終わると、次は水拭きで落とせなかった汚れを落とすためのブラシと細かいところを掃除するブラシを用意して落としていく。
「で、これでも落ちない汚れは洗剤で落として、あとは仕上げのワックスで部分ごとに磨けばオッケーだな」
「使うものは違うけど、武器の手入れと似たようなものか」
「そんな感じだな」
一つひとつの工程をルーグは丁寧にやりながら汚れを落とし切る。
次はワックスがけだ。
ルーグがワックスの入った容器に手を伸ばした時、じっとしていたミックが急に動き出した。
『休憩』『お茶』『作る』
「じっとしてんのも疲れたんだろ。根詰めすぎてもよくないかんな」
一生懸命にやりすぎて疲れてるだろうルーグに休むよう言ったナナシがお茶を淹れに行く。
ナナシが作ったのは水出しで、おかわりも出来るようにとでかいボトルに入れて持ってきた。おかげで安心して飲めるのだが、ルーグはナナシに加減をしらないのかと言いたくなった。
「よし、仕上げに行きますか」
「うん」
『美しく』『よろしくー』
布に薬剤を染み込ませて仕上げていくが、部分ごとにやっていくのではみ出さないようにルーグは細心の注意を払ってやっていく。
少々はみ出してもミミックなら大丈夫だとナナシは言っていたが。
「終わったー」
『ありがとう』『ルーグ』
「あ、鏡持ってくる。見たいよね」
休む間もなくルーグはミックが姿を確認出来るようにと鏡を取りに奥の部屋に向かった。
『こりゃたまげた』『ピカピカ』『♪』
鏡で磨きあげられた姿を見たミックはご満悦で、かなりぴょこぴょこと跳ね回っていた。
人の手によって磨かれた自慢の輝くボディはミックにとって幸せなものらしい。
その完璧な仕上がりにミックはしばらくの間汚れることをかなり嫌がっていて、汚れがついたときはかなりショックを受けていた。
まぁ、ルーグがいつでもやるよと言ったことですぐに立ち直ったが。
職人街の見習いたち
1人前と認められる前の弟子たち。
雑用をしながら技術を学んでいる。
見習い同士関わりも多く、年齢も近いため業種関係なく話は合うようだ。
ルーグが言うには、たまに調子に乗ってしこたま怒られたりしているとか。




