12 鍛冶屋の常連客
「これでよしっと」
鍛冶師が広げっぱなしにしていた机の上を片付けたルーグは、お湯を沸かすために工房に入った。
この自宅兼鍛冶屋はキッチンがない。炉などの設計に力を入れすぎて誰も気がつかなかったらしい。
なのでお湯が必要な時は炉を使う。
ルーグが使い初めてからは安全に使えるように鍛冶師が手を加えているのでお湯を沸かすのだけはそれなりに安全にはなっている。
「今日はどれがいいかな」
茶缶の置かれた棚の前まで移動したルーグは、どれを淹れるか悩みながらチラリと鍛冶師のいる素材置き場を見る。
今日も鍛冶師は理想の魔剣のために、素材の組み合わせに頭を悩ませている。
「……リラックス効果か、鍛冶師の好みか。うーん、いいや混ぜちゃえ」
味の保証はしないけどと呟いたルーグは2つの茶缶を手に取ってポットに茶葉を入れていく。
まぁ、鍛冶師は毒と飲めないほど不味くなけりゃ問題ないと言うくらいなので何も言うことはないだろう。
ルーグは淹れたお茶を持って鍛冶師に声をかけてから工房から出ていった。
適度に力が抜けた方がいい物ができるなら、いい案もそんなものだろう。根をつめすぎても疲れるだけだし、上手くいかない。
「サンキューな、ルーグ」
「どういたしまして。色々楽しませてもらってるし」
大して味の違いも分からない2人がお茶を飲んでいると勢いよく入口の戸が開かれ、瞬時に警戒した鍛冶師はいつでも動けるように体制を整える。
「助けてー、鍛冶師さん!!」
店に入った瞬間その人は力尽きるように倒れ、鍛冶師はそれが知り合いだとわかるとしゃがんで呑気に話しかける。
「デイブ、今日はどんな厄介事だ?」
「助けてくれますか?」
倒れ込んだまま顔だけ上げたデイブは期待に満ちた目で鍛冶師を見るが、鍛冶師は手を横に振ってそれを否定した。
「んにゃ、まずは聞くだけ」
「ええ。では、まずはそれで」
起き上がったデイブは客人とみなされソファが勧められ、ルーグがさっき淹れたお茶の残りを用意する。疲れてるみたいだし、すぐ飲める方がいいだろう。
デイブはルーグに礼を言うとすぐにお茶を飲んで、ほっと人心地をつく。
冒険者ほどでは無いが商人として体力はあるとは思っているが、あの階段を一気に駆け上がるのは無理があったようだ。明日はきっと筋肉痛だ。
「帝国の皇子が相手を探してるって話は聞いてます?」
「ウワサくらいは、こっちにも届いてるぜ。な、ルーグ」
「うん。帝国の中で相手を決めるんだって話だよね」
頷いたあと自分が巻き込まれたのはそれだとデイブはため息をついたあと、続きを話し始める。
「それで帝国の内の4つの国から姫が嫁ぐことが決まったのですが……」
4つの国はほぼ拮抗していて、なおかつ幸か不幸か4人の姫たちも皆それぞれに優れていた。
そのため、誰を正妃にするかで帝国はかなり揉めているそうだ。
「なーる。で、お前がここに来るのとどう繋がんだ?」
「手順を追って話しますね」
数ヶ月前、城に帰る途中の皇子は襲ってきた一体の下位ドラゴンを狩ったと言う。
解体していくとドラゴンの珍しい素材が同品質で4つ取れ、そこで皇子は一計を案じたという。
「半年後、これを加工して私の元に持ってこい。1番出来の良いものを持ってきた国の姫を正妃とする。という話になりまして、腕のいい人物を紹介しろと言われたんですよ」
「そうか。つーと最低ラインは、やっぱ……」
「ええ。国の方たちが納得するものです」
彼らたちから見て至高の品であれば、勝負に負けたとしてもお咎めは出ないだろう。
そこでデイブは商人を続けるためにも、自分の知る中で1番であろうこの鍛冶師に声をかけたという。
「こっちもお得意様なくすわけにゃいかないしやるけど。いいのか、オレで?」
「問題ありません。あなたであれば、こちらも命をかけるに値します」
「重い!!」
鍛冶師はデイブの決意が重いと言うが、デイブからすれば冗談ではない。この鍛冶師に任せればそうならないと思うが、王家のお眼鏡に叶わなければ処刑という可能性だってないわけじゃない。
「んじゃ、詳しいルールと時間をよろしくぅ」
「ルールは他の素材を一切使わないこと。時間に関してはそうですね、帰る時間を考えると半月ですね」
「聞くがそれは最大と最小どっちだ?」
デイブが拠点にしている国から職人街までは往復だけでもかなりギリギリの時間になるはずだ。確実に間に合わせるためにも、道中のアクシデントに備えて時間に余裕はあった方がいい。
「最大ですね」
「2日で仕上げる。代金は帝国領にいるジュエルフィッシュの素材でどうだ?」
「必ずお持ちしましょう」
取引が成立すると鍛冶師はルーグにあとのことを頼んで素材を持ってさっさと工房に行ってしまう。
「えーと、とりあえず書面にしておかないと」
どうするかまでは知っていてもどう書くかまでは分からない。フィリーたちなら相談もありだが、客人を頼るのはルーグには出来ず、どうすればか困ってしまう。
「随分としっかりしていますね。文面はこちらで書きますので確認をお願いしても?」
「よろしくお願いします」
ルーグが紙とペンを用意するとデイブはサラサラとこの取引の契約書を書いていき、書き終えるとルーグに確認のために読んでもらう。ルーグには難しい言葉はデイブが説明をした。
「大丈夫だと思います」
「では同じものをあと2枚作りますね」
「2枚ですか」
デイブは自分と鍛冶師、それと今回の依頼者である国王に渡すのだと言う。なので3枚必要となる。
「ジュエルフィッシュについては国に用意して頂く方が早いでしょうから」
全てを書き終えたデイブは、頼んだものが出来上がるまでにやれることを職人街に向かっていった。商人は時間も無駄にはしないらしい。
鍛冶師のサインも必要なのでルーグは先程の契約書を工房に置きに行く。大事な書類入れに入れておけば汚れたりすることはないだろう。
ルーグがその後、カップを片付けるためにトレーを持って向かえば、ソファに見慣れない荷物が置かれているのが目についた。
「あ、荷物。デイブさんのだよね。届けにいかなきゃ」
まだそんなに遠くには行っていないはずだとデイブの荷物を抱えたルーグが外に出ようとして玄関に向かった瞬間、扉が勢いよく開いた。
「――わぁ!!」
「のわっ!ああ、もう、申し訳、あり、ません」
途中で気がついて戻ってきたらしいデイブだが、階段を駆け上がって来たのか息を切らしていた。
結局、デイブはもう一杯お茶をもらい一息ついてから再び鍛冶屋を出発したのだった。
デイブ
帝国の商人。昔、自国の大臣に無理難題を押し付けられ解決するために職人街を訪れ、たらい回しにされ鍛冶師の元へたどり着いた。
それ以来、困ったことがあると鍛冶師を頼りにくる。
鍛冶師は代金代わりに素材を用意してもらうことが多い。