4 テイム
フィリーたちが冒険に向かい、ローワンがユーゴとミレッタの家に養女に行ってしまうと、店の中は異様に静かに感じられた。
仕事が早い領主はローワンの養女手続きはさっさと終わらせて、フィリーたちが出発するのと同時くらいにはナナシの家から引っ越して行った。
急に遊び相手がいなくなったルーグとしては寂しい時間であるまぁ元々はそうだったのだから、元に戻っただけではあるのだが。
ナナシは言うと――。
「やっぱ出力が足りねぇか」
魔道具を作って遊んでいる。
今回は古代の遺産の模倣らしく、ナナシといえど上手くはいっていないようだ。
――ピィィキュー!
突然頭に響く甲高い鳴き声が聞こえ、ナナシがすぐに店の戸を開ける。するとすぐにハリツバメが店の中に入ってくる。
ハリツバメは勢いを緩めず急降下し、そのまま床に転がり落ちた。
何をやっているんだと呆れたふうにしながらナナシはハリツバメを拾い上げると適当に空いている箱の上にのせた。
ルーグにハリツバメに飲ませる水を用意するように指示を出すと、ハリツバメが運んできた手紙を受け取って広げる。
「モンスターが呼んでる?」
手紙には黒髪黒目の人間をモンスターが呼んでるから南門まですぐに来て欲しいとだけ書かれている。
「どういうこと?」
「分からんが行ってくるか。ルーグはついてくるなよ」
危険も考慮してルーグには客が来る予定もない店番を任せたナナシは南門まで向かった。走る様子もなく、普通に歩いて。
「やっときたか」
門番はそれだけ言うと受付の戸を開けてナナシを中に入れた。
「こいつなんだよ。暴れるわけでもないし、つけちゃいないが従魔の輪持ってるからな」
「追い返そうにも動かないんで、とりあえずお前を呼んでみた」
門番たちの視線の先――赤い、わずかにゴツゴツした宝箱。
それは蓋の部分をパカパカと開けたり閉じたりして音を出しながら跳ねて、ナナシの周りをくるくると回る。
「ミミック?」
動くのをやめたミミックはパコンっと口を閉じるとナナシに見えるように1枚の紙を取り出した。
『イエス』
ナナシは一瞬の逡巡のあと、ミミックに声をかけた。
「おー、レインとこにしばらくいたあのミミックか」
『そうです』『探す』『あなた』
ミミックは単語の書かれた紙を次々に出していく。
意味としてはナナシを探していたということだろう。
門番たちは会話ができる程に賢いミミックに驚きが隠せない。
なにより、獣人だけでなく調教師でもないのにモンスターとも友好な関係を築いているのが不思議でならない。
「お前……モンスターにまで知り合いがいるのかよ」
「一時期こいつと共闘してたかんな」
「ダンジョンで閉じ込められでもしたのか」
このミミックほど賢いモンスターなら確かに共闘と可能だろう。しかし、モンスターと共闘というシチュエーションがダンジョンのモンスター部屋くらいしか思いつかない。
「そんなとこ。で、お前はなんの用だ?」
『一緒』『暮らす』『願う』
「別にいいぞ。けど、どうすっかな」
ミミックはナナシにテイムされるべく、持っていた従魔の輪を喜びに跳ねながらナナシに渡そうとするが、ナナシはすぐには受け取らなかった。
ハリツバメを除いてテイムされていないモンスターを街の中には入れない。
それにナナシはテイムのために必要なものを持ってない。
「どうした、テイムしてやれよ」
「真名が必要だろ。俺は記憶なくしってから出来ねぇんだよ」
「そういやそうだったな」
行き詰まっていると1組の冒険者パーティーが職人街に戻ってくる。
冒険者たちは受付の中にナナシがいるのを目ざとく見つけると、ナナシにも声をかけてきた。1人は前に1度ナナシの鍛冶屋に来たこともある。
「門番の手伝いか?」
「ちげーよ」
ナナシの言葉にそうだとでもいうように、ナナシの足下でパカパカとミミックが音を立てる。
なんの音だと警戒を始める冒険者たちにナナシは1度屈んでミミックをカウンターまで登らせた。
「ミミック!?」
ミミックに一瞬警戒するが、従魔の輪に気がついた冒険者パーティーはすぐに敵意を引っ込めた。
『はじめまして』
ミミックが単語カードを見せてきたことで冒険者パーティーは混乱する。こんなミミックは見たことがない。
「テイムされに来たらしいんだけどな。生憎と俺にゃ名前がねぇ」
「そうだったな」
名前がないことはこの街に鍛冶師として来たときから言っているので古参の冒険者なんかには周知の事実だ。
「あ、でもできるかもだよ。知り合いにテイマーがいるんだけど、なんだっけな」
『早く早く』
「待ってね、すぐ思い出すから」
ミミックに急かされながら、冒険者は必死に思い出すために記憶を手繰る。自分がテイマーなるつもりもなく、話なんて半分聞き流していたからうろ覚えなのである。
「思い出した。仮契約ってモンスターと意思と名前をつけてあげれば出来るんだって。あと従魔の輪」
「じゃあ、やるか」
冒険者パーティーも滅多に見れないテイム場面を見たいのかその場から離れない。
ミミックにつける名前に悩むかと思えばナナシはすぐに決めたようで、ミミックの持っていた従魔の輪をミミックの上に乗せる。
「ミックでいいか」
その瞬間、従魔の輪が一瞬強い光を放ちミミックの頭に王冠のようにくっついた。一応、テイム成功の様だ。
喜びに跳ね回るミックは、ナナシの安直な名前になにか言いたげにしていた冒険者らに無言の圧力をかけ何も言わせなかった。
従魔の輪
モンスターをテイムするのに必要なもの。
これをつけているとテイマーと主従関係になるが全く逆らえなくなるというわけでもない。
なお、従魔の輪があっても巨大だったり、元が凶暴性の高いモンスターの場合は街などに入ることが出来ないことがほとんど。




