2 ローワンの決意
フィリーたちが来てから数日。
武器など装備の手入れをナナシがしている間も、フィリーたちはナナシの店に遊びに来ていた。
ルーグたちが帰ったその夜――。
コンコンと控えめなノックの音がナナシの部屋に響いた。
「どーした?」
ナナシが扉を開けると部屋の前でもじもじと立つローワンの姿があった。
部屋の中にローワンを入れたナナシはマジックバックから適当なイスと机を取り出して、ローワンの対面に座って言葉を待った。
「あ、あのね……その」
「おう」
「お話、聞きに行きたいって思って……家族に、なる」
つっかえながらローワンが言ってきたのは保留にしたままの養女の話についてだった。
向こうも無理強いはするつもりもないとローワンが聞く気にならない限りは、思うところはあるが何もしないと決めていたのでそのままになっていた。
ずっと悩んでいたらしいが、フィリーの話を聞いて少し不安が解消されたらしい。
「そんじゃ連絡すっか」
それを聞いたナナシは喜ぶわけでもなく、悲しむわけでもなく、いつも通りの変わることのない対応で手紙を書くためにペンを持った。
「そ、それでね……」
「それで?」
まだ何か言いたいことがあるらしい。
ナナシは手紙を書く手を止めて、ローワンの話に耳を傾ける。
「ナナシのお兄さんとフィリーお姉さんも一緒にいてくれたらって……」
「おー、わかった。あいつは連絡しなくていいか」
不安そうに言うローワンの願いにナナシはなんてことないとふうに了承する。
一応ナナシはローワンが言わなくても同席はするつもりだった。ナナシも人から任された手前、適当なことはするつもりもないのだ。
信用のおける領主が持ってきた話なら平気だろうが、自分の目で見定める責任もあるだろうと。
2日後、すぐに話し合いの場が設けられた。
フィリーにローワンがついてきて欲しい言っているというと二つ返事で了承した。同じ立場だっただけにかなり親近感はあるようだ。
武器の手入れに関しても全員がローワンを優先していいと言った。悪い話じゃないからこそである。
ローワンにこそ言わない(主にガラドが止めた)がアルゼルに至っては金銭面などかなりいい条件なので行くべきだと感じてる。
「ありがとう、ローワンちゃん」
領主の家につくと応接間ではなく、いつもローワンが勉強に使っていると言う部屋に通された。
ローワンがリラックス出来るようにと領主が配慮したらしい。
フィリーはローワンの隣に保護者然として座ったがナナシは後ろで待機した。
「ナナシ君から聞いていると思うのだけど、私たちはローワンちゃんのお父さんとお母さんになりたいと思っているの」
「うん。……お兄さんから聞いてた、けど、ミレッタさんとユーゴさんだって知らなかった」
緊張して上手く言葉は出てこないローワンはそれでもなんとか言葉を紡ぐ。
2人はローワンの世話を任されたりしていることもあってローワンもよく知っている。2人が子供に恵まれないことも。
「そうだったの」
ナナシは最低限しかローワンに伝えてないので仕方ないが。
それからミレッタとユーゴの話を聞くローワンはかなり心惹かれているようだったが、何が引っかかっているようで決心がつかない。
――唐突に、後ろで見守るだけのナナシがローワンを呼んだ。
「ローワン」
「なあに、お兄さん?――いたっ!」
ナナシは振り向いたローワンの額にデコピンをくらわせる。ローワンは痛みに顔をしかめた。
ミレッタもユーゴも腰を浮かせたが、珍しくナナシの真面目くさった様子に言うのをやめた。
まぁ、フィリーがナナシの様子を見て瞬時に止めたこともあるが。
もしもナナシが適当なだけの人物であるなら、領主があんなに頼りするはずもないし、ローワンやルーグもあれほど懐くこともないだろう。
「譲れねぇもんがあんなら伝えろ。テーブルについたら逃げんな」
励ましには少々乱暴な口調。けれど、ローワンにとっては故郷で当たり前に使われていたものだ。
そしてなにより、勝負から逃げれば欲しいものは手に入らない。
今日は勝負ではないけれど、そう――そういうもの。
足の上で服をギュッと掴む手に力が入る。その手の上にフィリーが安心させるように手を置いて、大丈夫だと大きく頷いた。
「あ、あのっ!」
その場の全員がローワンの次の言葉をじっと待つ中、ローワンは今にも泣きそうな瞳で必死に声を出す。
「なに、も……なにも出来なくても、置いて、もらえますか……」
無償の愛――そんなものローワンからすれば幻想に過ぎない。
少しだって役に立つと評価されなければどこにも置いてもらえない。
それが当たり前だから、ローワンはなにもできない自分には養女になるだけの価値がないと感じている。
ミレッタもユーゴもその言葉にハッとした顔をした。
領主の家ではローワンのことはある程度共有されていたし、特にミレッタとユーゴは領主から詳しく聞かされていた。
だから、ローワンの言いたいこともすぐに理解できた。
ミレッタは立ち上がるとローワンの前まで行くと、ローワンの手を取った。
「私もユーゴ君も、そんなこと気にしないわ。そのままのローワンちゃんが大好きなの」
「ミレ……ッタ、さん」
大粒の涙を流してローワンはミレッタに抱きつき、ミレッタは優しくローワンを抱き返した。
その様子を見たフィリーは2人へ交互に視線を向けて、ローワンを蔑ろにしたら許さないと宣言をし、ミレッタとユーゴはもちろんだと返した。
後日、届出が受理されてからローワンはナナシの家からミレッタとユーゴの自宅へ引っ越すこととなった。
ミレッタとユーゴ
職人街領主の家で働く使用人夫婦。
領主というか執事がローワンの性格も考え、なるべく同じ人間が担当した方がいいとローワンの世話係に任命していた。
2人とも穏やかなこともあり、ローワンもかなり早く打ち解けていた。




