11 退屈しのぎも楽じゃない
「あーダメだ」
大きなため息とともにぐしゃりと紙を丸めた鍛冶師はそれをくずかごに向かって放り投げるが、縁に当たって床に転がり落ちた。
「もー、これで5回目だよ」
「後でまとめて片すから置いといていいぞ」
鍛冶師が捨てた紙をルーグは拾ってくずかごにいれる。すでに鍛冶屋の掃除は済んでいて、やることもなく暇なのだ。
「今度は何を考えてるのさ」
「魔剣製造における回路の……早い話が互いを邪魔しないような組み合わせを考えてんだよ」
「うわぁー、大変そう」
普通の武器などでも素材の組み合わせというのは意外と難しいもので、考えなしに作ると長所ゼロなんてこともある。
例えば、水属性と炎属性は打ち消しあって効果がなくなってしまうといったふうだ。
魔剣ともなるとさらに複雑化して、難しい。
「ルーグもやるか?」
「できる気がしないんだけど」
「どーせヒマなんだし、退屈しのぎってことで」
「まぁ、それなら」
真面目に考える必要もないと鍛冶師が言うのでルーグも一緒にやることにする。もしかするとロイの持ってきた剣の素材のヒントになるかもしれない。
「それで何を目標は?」
「水と炎の属性付与された武器」
「うん分かったって、ちょっと待って。それは……」
随分と簡単そうに鍛冶師は言うが不可能と言うべき組合わせだ。
鍛冶師の発言にルーグは早くもやる気を投げ出した。
「手に負えない」
「おいおいルーグ、諦めんなよ。そういうモンスターがいんだから有り得ないってこたぁねぇんだ」
「わからなくはないけどさ」
確かに正反対の属性を持つ厄介なモンスターは存在するが、だからといって作れるのか疑問である。昔からそういったものを作ろうとしていた鍛冶師はいるらしいが、いまだに実現出来ていないのだ。
「切り替えて使うっつーなら作れんだけどなー。同時に発動となると上手くいかねぇんだよ」
「それで十分じゃない?」
「いーやダメだね。面白みがない!」
簡単に切り替えというが、1つの武器に相反する属性を乗せること自体がそもそもおかしいとも言えるのだが、どうにも鍛冶師は1つの武器に相反する属性が同時にある状態にしたいらしい。
「ま、やってみて損はないだろ。別のいい案が出るって時もあんだからな」
「よく聞くけどね」
鍛冶師による魔剣のざっくりとした説明を聞いたルーグは、そこまでやる気はないが鍛冶師の理想になる組み合わせを一緒に考えてみる。
なんというか抜け道を探すみたいな作業だ。
一つ一つ思い当たる組み合わせをあげては出来るかどうかを考えていく。そのどれもが互いを打ち消しあってしまうばかりでなかなか上手くいかない。
「もー疲れた」
「マジで難しいんだよな」
昼も近づいて来た頃、ルーグは嫌気が差したとソファの上に寝転んだ。朝からずっとやっていれば嫌にもなるだろう。
鍛冶師は疲れきったルーグに水を用意して渡してやると、少し早いけど昼飯にするかと机の上を片付けてルーグの母が作ってくれた弁当を広げ始め、起き上がったルーグもそれを手伝う。
「魔剣って全部、あーやって1から考えてくの?」
「いーや、大抵のとこはレシピだな。やるとしたらちょこちょこっとアレンジ加えるだけ」
「そうなんだ」
サンドイッチを齧りながら、ルーグは魔剣について鍛冶師に色々と聞いてみる。
よく完成品の話は鍛冶師から聞くものの、作り方については聞いたことがなかったから。才能がないと言われてからは父に鍛冶の話を聞くのもなんとなくはばかられてほとんどしなくなったし、この鍛冶師はわりとなんでも答えてくれる。
「魔剣ってのは全部工程が違うんだよ。だから扱いきれないつーわけよ」
「材料考えて、工程を考えて……手間とか思うとレシピ通りになるのも納得だね」
魔剣の素材自体そこまで安いものではなく、試行錯誤して考えても失敗すれば無駄になってしまうものも多い。
資金が潤沢だったり、魔剣作りに命をかけてるとか、そんな人たちじゃなければ1から作ることは難しいだろう。
「それで十分通じるかんな。ま、この店の場合は客がそうさせてくれないのもでけぇから基本レシピにゃ頼れんが」
「あー、ここって街で手に負えないからって紹介されてくる人が多いもんね」
知り合いでもなければわざわざこの街の地図にすら見切れるような店に来る客はいない。珍しく客が来たと思えば腕がいいという噂を聞いてやってくるか、街の鍛冶師が難しいからとここを紹介してくるかのどちらかだ。
他の鍛冶師の紹介に関しては、なんとなーく困ったように鍛冶師は感想をこぼす。
「独学のオレよかよっぽど街の職人のが出来ると思うんだけどな」
「初耳なんだけど」
初めて聞く話にルーグは驚いた顔をする。
この鍛冶師とはよく喋るのだがまだまだ知らないことが多い。
「ありゃ言ってなかったか」
「うん。聞いてない」
「あー大将が知ってるからてっきり」
「父さんが?」
そうと頷いた鍛冶師は、元々鍛冶師をやるつもりはなかったのだと言う。
「店やってんのはあいつのせいだから。オレは自分の身を守るためだけに作ってただけだし」
「あの優雅な人?」
「そ、オレは雇われてるだーけ」
元々行くあてもなくさまよっていたらしく、知り合いに声をかけられて目的もないためここで鍛冶師をやっているという。
鍛治の基礎部分もこの街に来てから学んだという。ルーグの父とその店の先代がなってないと鍛冶師は短期間スパルタコースで叩き込まれたと聞いたルーグはそれを想像して身震いした。仕事なれば厳しい人たちだから。
「うわぁー、地獄そう」
「おかげでだいぶ安定したものを作れるようになったけども、元が鍛治のセオリーからはずれてっからな」
そう言って鍛冶師は頭をかいた。
鍛治の地盤とも言える技術はやや押し付けられて習ったものの、相変わらず独自のやり方なのだ。しかしそれがこの鍛冶師の技術の高さに繋がっているのだから否定もできない。
「そっか。通りで父さんたちが嫉妬するわけだ」
鍛治のイロハすら習っていない、自己流の人物が最高峰に位置する技術を持っていては嫉妬もしたくなるだろう。
この街の職人がこの鍛冶師を嫌うのは、どうやら性格が問題ではなかったらしい。単純に埋められないような才能の差が理由だと知ったルーグはやはり呆れたように笑って、その鍛冶師でも悩む問題に午後からも手伝うのだった。
魔剣
通常の武器と比べるとかなり壊れやすいが、それだけの価値があるほど強力。
大まかな分類は武器に魔法の属性を乗せたものと、武器から魔法を放てるものの2つ。
魔道具とは違いは武器に魔力があるかどうかと鍛冶師。