13 敵の増やし方
魔剣の試し打ちならやることはないと、ナナシは他の鍛冶師たちと違い少し離れたところで待機して、お手製の魔道具を持ってポンポンと手のひらの上で弾ませていた。
属性を乗せたものは見るだけだが、魔法を放つ魔剣は若い鍛冶師では威力の想像がつかないだろうと実際に振って魔法を出してみる。
「大丈夫なんだろうな」
「用意されたもんだけしか使ってねぇぞ」
ナナシの鍛治の腕については信頼しているもののウォルバーグは不安が拭いきれず、現場を他の鍛冶師に任せてナナシに小声で話す。
「なら大丈夫か」
ウォルバーグは安心したと胸を撫で下ろす。
アインスがリクエストに答えながら作ろうと用意した一般的な素材で教えるとなればナナシもおかしなものは作らなかったようだ。
と、安心したのもつかの間。
ナナシは魔剣から打ち出される魔法を眺めながらこう言った。
「大将。風属性に炎の魔法付与ってどう思う?」
「なんだ唐突に?お前が作ったのは風属性に水魔法だろ」
「見た目はな」
「まさかお前……」
ウォルバーグの顔色がみるみるうちに変わる。
傍観するつもりなのかナナシは何も言わず動く気はなさそうで、ウォルバーグは慌てていま振り下ろされようとしているナナシの魔剣を止めにはしった。
風によって運ばれた酸素は、炎を通常よりもはるかに大きく成長させる。それはまるで高ランク魔法の火の鳥のようだ。
「うわー、思ったより威力出たな」
予想外のことに慌てる鍛冶師たちをよそにナナシはのんびり言って、それから遊ばせていた魔道具を発動した魔法に向かって投げつけた。
すると、炎は水のベールに包まれて周囲への被害は出なかったのだが、鍛冶師たちは唖然として何が起きたのかという顔をしていた。
それはそうだろう。
放たれる魔法を全員で確認して放ったのに全く違う魔法が出たのだから。
「まさか全員見事に騙されるとはな」
「お前なぁ。そういう奴だとはわかっちゃいるがやりすぎだ。で、仕組みは?」
楽しそうにするナナシとは裏腹にウォルバーグは疲れきったような顔でナナシに魔剣を渡した。
「単純だぞ。ダミーを作って被せただけだ」
ナナシは受け取った剣を持って1箇所、青く煌めく半球を指さし、拾った石でそこを何度か強く叩き壊す。
すると下には赤く煌めく半球がついていた。間違いなく炎の魔剣の証である。
「これは随分と巧妙な……」
「魔力の質まで調べないとそうそう気づけないですね」
「あの素材でよくここまで」
関心と呆れに包まれる中で、ウォルバーグだけはナナシを冷めた目で見てこんなことをした理由を視線だけで訴えていた。
「俺は実力主義に従ったまでだな。大将まで頼る奴が中途半端見せてもしょうがねぇだろ」
ナナシの言い分は理解出来る。
確かに見た目だけでは人の能力など知ることは出来ないし、ナナシのちょっとしたやる気のなさなども相まってウォルバーグやアインス程の技術があるとは思えないだろう。
それほどの人物だと口で説明するよりも、百聞は一見にしかずと見せた方が早いのも事実だ。
「ちなみに魔道具もお手製な」
火に油を注ぐようなことを平然と、楽しそうに言ったナナシにウォルバーグは静かにため息をついた。
こうやってナナシは敵を作っていくのだろうと。
ただ完璧なものを作るよりも余計な手間を入れ込んで作るナナシの逸品は、技術の無駄使いであり嫉妬の対象にされる。
まあ本人はあまり気にした様子もないのだが。
後日、ナナシに今回の礼だといくらかの素材を持って来たウォルバーグは、ナナシに鍛治を教えたのが鍛冶師にとって神様というべきドワーフと知って気絶をしていたと追記しておく。
職人街の嫌われ者
ナナシが器用貧乏でそこそこならば良かったのだが、どの分野に置いても一定水準以上なためなことも嫌われる要因になっている。
ナナシからすれば生きるために身につけた副産物である。
レインの住処の近くのモンスターたちは生半可な技術では通用しないため。