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ブレイクタイム2

「よっ、調子はどーよ?」


 鍛冶師はすぐ近くを通ったウェイターに安酒を注文すると、カウンターで酒を煽っている男の隣に座りながら声をかけた。


「最悪、だな。誰かさんのせいでな」

「ナハハ、お気に召さなかったか。ざーんねん」


 男に睨みつけられた鍛冶師は楽しそうに声を上げて笑った。

 むしろここで素直に礼を言われる方が気持ち悪いというものだとでも言いたげで、いつものような憎まれ口に男が本調子になのだと理解をする。


 ウェイターが運んできた酒を1口飲んだ鍛冶師は苦味に顔を顰め、男はまだまだ子供だなと鍛冶師を大笑いする。


「笑うなっての。人がせっかく付き合ってやろうってのに」

「そんな顔して飲まれりゃ、コッチの酒まで不味くなる。無理はしなくても結構だ」

「そりゃこっちの台詞だな、大将。あんたが無理しなきゃ、俺に回ってくること(がやる必要)はなかったんだ」


 あーやだやだとわざとらしく嘆いてみせた鍛冶師は、男が頼んでいたツマミをひょいと横取りして口に放り込んでニッと笑った。


弟子(あいつ)は余計なことしやがって」

「そう言ってやるなよ。今回は相手が相手なんだし、あいつがとれた方法としちゃ最適解に近いんじゃねぇの?」


 男は職人街の鍛冶師の長で、鍛冶師としての技術も高い。それ故に、男の代わりを務められる鍛冶師となるとこの街でも限られてくる。

 加えて納品まで時間がない仕事をすぐに引き受けられるほど時間があって、あれこれと取引をしなくてもいい面倒事がない相手となるとおそらく1人しかいない。


「ショックなことにな」

「なら、問題なしだろ。もう終わったことだし」


 過ぎたことで悩む必要もないとする鍛冶師は、男の悩みなどどうでもいいと沈黙を破るようにジョッキの酒を一気に飲み干した。


「うぇぇぇ、まっじぃ」

「だったら飲むんじゃねぇよ。ったく、お前は」


 好きでもない苦味に堪える鍛冶師に対し、男は呆れながら自分のツマミを鍛冶師に差し出した。これで多少はマシになるだろうと。


「お、天の恵みだ。助かるぅ」


 鍛冶師は遠慮なく出されたツマミをかき込んで、鍛冶師は忘れていたと一振の剣をマジックバックから取り出すと男に渡した。


「計算間違えて余分に作ったやつ、まずそうなとこあったら苦情入れてくれ」

「余分があるたァ、随分と余裕があるじゃねぇか」

「ギリギリだっての」


 鍛冶師は要件は済んだので帰ると数枚の銅貨を男の前に置いたが、要らねぇと突き返される。


「ひとまず、今回の礼だ。日を改めて――」

「いらねぇ。大将(あんた)の奥さんと息子(ルーグ)にゃほぼ毎日世話なってんからな」


 キッチンもない一人暮らしの鍛冶師を心配して男の妻は食事を作ってくれているし、それを鍛冶屋まで運んでくれるルーグはどうせヒマだしと店番をしてくれたりしている。

 たまには2人に直接じゃなくても礼はしたい。


「気が引けるってんなら、ルーグ(あいつ)に鍛治でも教えてやれば?」

「才能がないやつに教える時間はねぇな」

「そりゃそうだ」


 鍛冶師は男の言葉にケタケタと笑うと席を立ち、ごちそうさまと男に残すと自宅である鍛冶屋に帰って行った。


 ――翌朝。

 目を覚ましたルーグが見たのは朝からかなり不機嫌な父の姿だった。


「おはよ〜、母さん」

「おはよう、ルーグ。今日も配達お願いね」

「うん」


 朝食を作る母は楽しそうで、夫婦喧嘩をしたわけではなさそうだ。そうなると理由が分からないし、食事の席で地雷も踏みたくないので母に聞いてみる。


「父さん、機嫌悪いみたいだけどなにかあったの?」

「うふふ、嫉妬よ。あの子が仕事を手伝ってくれたの」

「あー、そうなんだ」


 状況をすぐに理解したルーグは小さくため息をついた。あの鍛冶師に急に入った急ぎの仕事はこれのことかと。


 父が体調を崩して仕事が間に合わなくなりそうだからと、弟子が頼んだのだろう。依頼主はかなり権力者だったようだし、今回は事情を話して納期を遅らせることも出来ないようだったから。


 なので、あの鍛冶師に頼まなければ間に合うこともなかったはずだけど、基本的に妙なプライドが邪魔してお願いはなかなか出来ない。

 これはルーグの父だけでなく、職人街の職人たちが皆思っていることだ。あいつを頼るのはしたくないと。


「おはよう、父さん」

「おう」


 まだ眠気と格闘しながらルーグはいつも定位置に座るが、不機嫌な父の隣というのも居心地は悪い。しかし、この視線は机上に置かれた剣に向かって少なくとも自分の方に向かないので良しとする。


「あのやろ〜。腹が立つもん作りやがって」

「ルーグ、運ぶの手伝ってちょうだい。あなたも(それ)片付けちょうだい。ご飯が置けないわ」


 キッチンから母がそう声をかけて来てルーグは朝食を運ぶために席を立ち、父は腹を立てながらも剣を丁重に扱って机から移動させる。


 食事を運びながらルーグはその剣をチラリを見る。

 あの鍛冶師が作ったにしては随分と質が悪いと思った。上物なのに変わりはないが。


「腹立つだろ、ルーグ。ご丁寧に俺の癖まできっちり真似てやがる」

「そんなことも出来るんだ」


 おそらく、鍛冶師はルーグの父が作ったものと同じものを都合上作ったのだろうけど、その寸分の狂いもない仕上がりは確かに嫉妬をしたくなるほどの技術である。腹が立つのも頷ける。


 朝食後父が職場に行くのを母と見送ったルーグは、左手首に腕輪をつけると鍛冶師に届けるお弁当を持って家を出た。


 住宅街を抜けたルーグは鍛冶屋の長い長い階段の前に立つと、人気がないのを確かめてからしゃがんで腕輪に魔力を込める。


 一瞬にして視界が暗くなるが、ルーグは躊躇うことなく左手を伸ばして当たった壁をスライドさせて眩しい外に出る。


 そこはあの鍛冶師の店で、ルーグはお弁当を持ってきたことを鍛冶師に伝えると箒を持って外に向かった。

ルーグの腕輪


鍛冶師が古代の魔道具を模して作った劣化品。

瞬間移動が出来る優れものだが、劣化品と言うだけあって登録された1箇所にしか移動出来ない。


片道専用なので帰りは歩き。たまにくる乱暴な客からルーグの身を守るためにも使用される。

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