4 本格始動?
いつも呼び出してくるばかりの領主がやってくるとは珍しい。
ナナシやルーグからするとそんな感想だった。
ルーグからすると領主がいたことも最近知った上、引きこもって仕事をしているのが常といった風な領主だけに、領主の家以外に領主がいるのはなかなかに新鮮に感じてしまう。
「ルーグ。なんか適当に茶用意してくれ」
「うん。分かった」
お茶の用意をしろということはナナシも真面目に話を聞くつもりがあるということだ。
まぁ、獣人についてと言われたらナナシも聞かない訳にもいかないのだろうけど。
ルーグは今日淹れるつもりだったお茶を止めて、最近追加されたばかりの真新しい茶缶を手に取った。
「服飾長に根負けでもしたか?」
「多少の理由ではあるが、そろそろ本腰を入れる必要がある」
この領主が動き出したということは、話はいい方向に進んでいるということだと理解したナナシは、それでと机の上のものを端に寄せて話を聞く態度をとった。
「大筋が決まっただけではあるのだが、獣人が快適に過ごせるようにしておこうと思ってな。用意に時間のかかるものがあれば特にだ」
ただでさえ慣れない土地、そして獣人だから周囲から好機の目で見られることだろう。なので領主としては少しでも心安らげる場所をという配慮から用意をしておきたいということだ。
ナナシは獣人とも仲が良いようなので、その辺りのことも詳しいはずだとナナシに聞きに来たらしい。
「つっても種族でだいぶ違ぇかんな。ま、特別珍しいもんは必要ねぇ」
困ったように頭をかいたナナシは息を吐いた。
人間なら好みの違いで多少違いはあっても概ね快適な部屋というのは統一されている。
しかし、獣人の場合は種族によって快適というのはかなり違う。
「そうか。ならば決まり次第すぐ手配できるよう準備だけはしておこう」
「どんだけ種族がいると思ってんだよ」
ナナシは突っ込んで、ルーグが淹れてくれたばかりのお茶を飲む。領主相手だからか1番良いのを淹れたらしい。
「じゃあ、リジーさんたちとまた会えるの?」
ナナシの横にちょこんと座ったルーグはお茶を淹れていた間の話を聞いて嬉しそうに言ったが、ナナシも領主もリジーに関しては難色を示した。
「レオンは護衛に抜擢されるだろうけどな、リジーはどうだかな」
「私なら選ぶまい。獣人の考えは分からないが」
「少なくともお上は変わんねぇよ」
獣人にしろ人間にしろ、ナナシに言わせればそう大きな考え方の違いはない。と、なると今回リジーが抜擢される可能性は低いかもしれない。
捕まったのはレオンだったが、そもそもの事件の発端はリジーである。
前回は親書を確実に届けるためと逃げ足の速いリジーが選ばれたが、今回は護衛だ。腕がたつ優秀な人材が他にもいるのであれば、わざわざリジーを選ぶ必要もない。
「適した人材がいるなら選ぶことはないだろうな」
「ナナシ?」
領主がルーグに向けるように言って、ルーグは一縷の望みをかけてナナシを見るが、ナナシは数秒のあと首を横に振った。
ナナシからしてもリジーは適任ではないらしい。
「物怖じしないのは利点だぞ。けど守りっつーならいいのがいる。ま、あいつはあいつで問題あるのは確かだけどな」
そう言い切ったナナシはカップを手に取ると中に入ったお茶をゆっくりと冷やし始める。熱いわけではなさそうだが、なんとなくの行動らしい。
「そうか。幾人か冒険者にも声をかけておこう」
「おー、そうしてくれ。たぶん、職人の手には余るかんな。俺も面倒だし」
もしかすると人間嫌いなのかもしれないと察した領主は万が一のための冒険者を用意しておくと言った。護衛に選ばれるのであれば問答無用で暴れるようなこともなく、弁えるような人物なのだろうが。
「Bランクパーティー以上でよろしく。ま、レオンがいりゃ問題ねぇとは思うけどな」
「そんなに獣人って強いの?」
真面目な話し中だからと静かにしているつもりだったルーグだが、つい疑問が口に出た。確かにレオンは強かったが。
それを2人は咎めることはせず、ナナシはざっくりとした説明をしてくれる。
「元々人間よりも身体能力は高いぞ。一角兎を追い払うのはルーグくらいの子供の仕事ってくらいにはな」
「え、一角兎ってあの一角兎でしょ?」
ルーグが驚いたふうに声を上げた。
一角兎と言えば、職人街のすぐ近くにも生息している比較的弱いとされるモンスターだが、人間の子供は危ないから近づいていけないと大人たちから耳にたこができるほど言われるモンスターだ。
実際、ルーグほどの年齢の人間の子供じゃ武器を持っていても倒すのは難しいだろう。というか、十中八九気絶させられるのがオチだ。
「獣人は生まれながらに獣人というわけか」
「そーいうこと。その代わりにあんま器用じゃねぇんだよな」
身体能力は高いが、ものを作る技術は人間に軍配が上がるとナナシ。
それから少し獣人についての話をして、準備に時間のかかるものも必要がないと言うので、詳細が決まったらまた聞きに来るということで決まった。
一応その時も領主がこの店まで来るということだ。服飾長はここまでは来ることはないから、ゆっくりと話ができるからと。
護衛依頼
ほとんどの冒険者が素材集めを主としていて、移動手段の1つとして護衛を受けることが多い。
お金負担をしてもらえることもあって、お金が不足しやすい中堅の冒険者がよく集中的に受けている。
時に報酬は現物支給のこともあるが、道中のモンスターの素材は基本全て冒険者の手元に入るためか不満が出ることは少ないようだ。




