3 丸投げしたかんな
服飾の長はナナシを見つけるやいなや、すぐに駆け寄って来てナナシを逃がすまいと腕をガシッと掴んだ。
「あの話どうなったの?待てど暮らせど続報が聞こえてこないんだけど」
ナナシを責めるようなじとっとした視線を送ってくる服飾長に対し、ナナシは露骨に嫌そうな顔をして大きな声で話すことじゃないと、ひとまず服飾長の店にルーグも連れて移動するとにした。
「ナナシ、あの話って?」
「レオンとリジー。1回だけ返事来たけどな」
ナナシが短くそれだけ言って、ルーグは嬉しそうにする。ずっと話が出てこなかったのでなかったことになってるんじゃないかと不安があったからだ。
「なんて書いてあったの」
「んー、行きたいのを募ってみるけど期待はするな、だな」
届いた手紙の内容を要約してルーグに伝えれば、ルーグはレオンやリジーに会えるのが絶望的なんじゃと暗い顔をする。
ナナシは百面相するルーグの頭に手を置くと可能性はゼロじゃないと言う。
「書いたのは人間嫌いだかんな。実際のところは分からん」
どんなに人間が嫌いであっても、ほぼ信仰と言って差し支えないドラゴンに言われたのであれば返答しないわけにはいかない。
人間もありドラゴンもあるナナシのせいでややこしいになっているのは確かだが、人間に友好的なレオンやリジーが返事書いていれば内容は違ったことだろう。
「というかな、ルーグ。リジーが黙ってると思うか?」
「……うーん、誰かが止めなきゃずっと言いそうな感じはあるけど」
一瞬悩んでそう答えたルーグにナナシはだろと言って笑った。あの性格だ、うるさいのは分かっている。
そんな会話をしながら服飾長の店の個室まで向かい、ナナシとおまけにルーグも服飾長の対面に座らせられ尋問の形を取られる。
「さぁ、聞かせてもらいましょうか」
「聞かせるも何も領主に任せたから俺は知らねぇよ」
「どど、どーしてですか?!」
バンバンと両手で机を叩いて抗議する服飾長は、ナナシを責めるように見て納得がいかなそうにしている。
「普通に考えても獣人を招くなら伝えとくべきだろ」
王国は獣人の来訪を拒んではいないが、獣人など亜人がいると余計な騒ぎが起きかねない。実際、リジーは獣人と知られて売られそうになったのだ。
それに職人街の領主は信用出来るので伝えておけば悪いようにはしないだろう。
いくら個人間といっても、獣人だと色々と面倒をなくすためにも領主に任せた方が早いし、ナナシが間に入るよりスムーズにいく。
「だからってなんで丸投げしてるんですか?!知ってます?あそこは門前払いしてくるんですよ!」
「自業自得だと思うぞ」
毎日のようにリジーたちの服を作らせろと領主の家に押しかけていたし、そもそも以前から使用人の服を作らせろとかうるさかったので家には入れないことにしているらしい。
「つーわけで領主に聞いてくれ。行くぞ、ルーグ」
「あ、うん」
今は一切関与してないからとナナシはルーグを連れて店を出た。
服飾長は領主に聞きに行くしかないかなどと呟いていたのでおそらく領主の家に聞きに行くことだろう。
「相変わらずすごかったね」
「長なんざ、あんなもんだろ。好奇心の塊がすぎるけどな、あいつは」
服飾長が遠慮などをどこかへ置いていってしまっているだけで、他の長もナナシから言わせると似たような物だ。
「父さんも?」
「責任感があるだけマシだけどな。レインのとこの素材とかどうしたよ、大将は」
「そういえば……」
店に用事があって顔を出した時に弟子たちが言っていた。試作品作りに精を出して、仕事の納期がかなりギリギリになっていると。
それでいて、家でも組み合わせを考えるのに熱中して人の話もほとんど聞こえていない状態だった。
「それで母さんに怒られてたっけ」
「だろ?至高を目指しゃそんなもんなんだろうけどな」
大通りを抜けて屋台の並ぶ道まで行くと、ナナシは屋台でドリンクを2つといくつかの甘いものを買うと、近くのベンチにルーグと座った。
服飾長の相手をして疲れたらしい。
「ねぇナナシ、服飾長はリジーさんの服作らせろって言うけどさ、サイズは測ってなかったの?」
お菓子をつまんだルーグが言った。
作る時にサイズを測るので、それが記録として残るからいくらでも作れるはずで、職人として服飾長がやらないわけがない。
「ああ、それか。服を着せたまま調整したかんな、記録がねぇんだよ」
「そんなことできるの?」
「ま、熟練者の為せる技だな」
ナナシも職人街に来てから初めて知ったらしい。
ふだんは使われない方法のようだが、時間がないときなど使われるという。
それからナナシとルーグが人の流れを眺めながら雑談をしてゆっくりとしていると、反対側の屋台の方に俯いて歩く服飾長の姿が見えた。
さっそく領主の元へ特攻をしかけたようだが、やはり門前払いをくらったらしい。あれさえなければ領主も追い返しはしないはずだが、まぁそうそうに変わることはないだろう。
服飾長
歳の割に落ち着きのない中年女性。
客の要望よりも自分の欲望に忠実で、とにかく服を作るのが好き。
性格には難があるが、それでも技術は確かなので服飾長の座が譲られた。