10 デイブの返信
「おい、ギル。お前まだこっちいるだろ?」
ギルベルトがナナシの店を訪れると、真っ先にナナシがそう聞いてきた。
「その予定だが、何かあったのかい」
昨日、ギルベルトたちが帰った後にデイブからの返事が届いたらしい。
「この前の帝国の商人。あいつ、近くに来てるから会いに行くってよ」
「まだいるつもりではいるが、それ以降となると移動が多くなってしまうな」
長期休暇が終われば、また多忙な毎日であちこちを飛び回ることになる。そうなると、時間を作るのが少々難しくなってしまう。
「じゃ、大丈夫だろ。2日で来るって書いてあったかんな」
「それは――」
「おはよー」
そこにナナシとギルベルトのお弁当を持ったルーグがやって来る。昨日は寝るのが遅かったらしいルーグはまだ眠そうにしている。
「おはよう、ルーグ君」
「おう。ルーグ、デイブが来るってよ」
それぞれルーグに挨拶を返して、ナナシはルーグにデイブが来ると伝える。
ナナシからすると厄介事ばかり持ってくる客ではあるが、ルーグからすると外国の文化をしてくれる珍しい人なのである。なのでデイブが来るのを楽しみにしていたりする。
「いつ来るの?」
「昨日の夜来たから、明日か明後日だな。いま、こっちにいるんだってよ」
「そっか、楽しみ。あ、でもお仕事の話で忙しいよね」
今回はギルベルトとの話し合いになるはずなので、いつものような待機時間はないルーグはしょうがないと顔をする。
まあ、会えるだけでも嬉しいのうれしいのだが。
「安心したまえ、ルーグ君。仕事の話ばかりでは商売というは成り立たないものだよ」
「そうなんですか」
「ああ。相手との信頼を築くにも世間話と言うのも大切なものだからね」
たかが世間話ではあるがされどなのである。
それが売上に貢献することもあって馬鹿には出来ないのだ。
「それと、今回はルーグ君にも手伝ってもらわないと困るのだよ」
不思議なことを言うとルーグは首を傾げる。
大人の話し合いに子供は不要だと思うのだが。居たって邪魔になるだけのはずだ。
「そうでもないのだよ。2人だけよりも、ルーグ君や彼が間に入る方がずっと打ち解けやすいだろうからね」
だからルーグの力も借りたいと言うギルベルトの後で黙って聞いていたナナシが言う。
この店で話し合いをするのは前提としてではあるのだが。
「つーかな、あいつはルーグのこと呼ぶと思うぞ。約束してただろ」
「え、あーもしかして帝国のおもちゃのこと?」
「そーいうこと」
ナナシはそれだけじゃないけどなと続ける。
「お前はこの店のいわゆる看板娘だかんな。いないと連中寂しがんだよ」
「看板娘って、そんなことはないと思うけど」
ルーグは否定するが、実際ルーグはこの店のマスコット的な存在とも言うべきふうで、デイブやアサヒなんかは特にルーグに会うのも楽しみにしている。
じゃなきゃなかなか会わないにしても毎回お土産を持ってくることはしないだろう。
「おや、口の悪い鍛冶師の他にも名物があったとは驚きだ」
「お前なぁ、俺は口が悪いんじゃなくて接客が適当なだけだっての」
冗談めかして言うギルベルトにナナシはとんでもないことを堂々と言い返す。
一応ナナシも装備とかに対しては真面目に話をするのだが、それ以外は確かに接客らしい接客はしていない。あまり褒められたものではないが事実だ。
「それも売りの1つなのでね。矯正は求めないよ」
「そのつもりだっての。誰が治すか」
止める術もないので大人しくルーグは眺めているが、こうして軽口を言い合ったりする2人はなかなかに楽しそうだ。
それにしてもナナシは誰に対しても変わらない。
「ところでルーグ君。近々、街の案内を頼めるかい?この街を観光したことはないと思ってね」
職人街を訪れてもナナシの店にいることが多く、そうじゃなければ領主のところだ。
ギルベルトは友人に会いに来るだけでほぼ街中を歩くことはしていない。せっかくの休暇ならと思い立ったらしい。
「おれはいつでも空いてるから。ナナシにお弁当届ける以外は何もしてないし」
「ふむ、それでは帝国の商人との話を終えてからにしよう。食事もお願いしてもいいかな」
「はい。どこがいいかな」
張り切るルーグは机上に飲み物がないことに気がつき、何か淹れてくると奥に引っ込んだ。
それを見送ったナナシはギルベルトに向き直る。
「あんまはしゃがせんなよ、ギル。あいつも魔力の循環異常だかんな」
「しかと心得た」
ナナシの言いたいことを汲み取ったギルベルトは十分注意すると返事を返す。
以前ナナシから魔力の循環異常についてはギルベルトも話を聞いていた。
モンスターの群れや山賊などに連続して遭遇して、ナナシは高熱を出したりとあって喋らざるを得なかったのだ。
「さてと、私も気合いを入れるために君と商談でもしようか。長い休暇で腕が鈍っては困るからね」
「へーへー。大層お気に召したようで」
ルーグが戻ってきた後もナナシはギルベルトに付き合う形で商談もどきをやっていた。
商談の中身はドリアード特製の茶葉だった。
職人街の観光
この街の観光客のほとんどは、1度本物を見るためということが多い。
遊びに行くというよりも依頼をするために訪れるが多く、街全体が専門店しかない大きなショッピングモールといったふうだ。