9 模擬戦
翌朝、ロイはフィリーたちと時間を決めていなかったため朝食を済ませた後、出かける準備をして鍛冶屋に向かった。
長い階段は一体どれだけの段数があるのか分からないが、1番上まで登りきると職人街がほとんど見渡せるほどだ。
見晴らしはいいが不便な場所である。
「あ、ロイ。もう来たんだ」
「ルーグ。うん、時間を決めてなかったから早く来た方がいいかなって」
鍛冶屋に集合とだけで時間を決めてなかったといえ、フィリーたちより遅く来るのはどうかとロイは思ったらしい。
「それは気にする必要ないと思うけどね。ま、入りなよ」
手にしたホウキを持ったままルーグは店の扉を開ける。すると中には既にフィリーたちの姿があり、ロイは勢いよく頭を下げる。
「お、遅れてすいません!」
「謝らなくていいわよ。フィリーが鍛冶屋に居たがるから早く来ただけだし」
「なので気にすることはありません」
そう言ってアルゼルはお茶をすする。
どうにも彼らはフィリーに付き合って朝早くから鍛冶屋に来ているだけで、この時間からいるのは本意ではないようだ。
それでも申し訳なさそうにするロイに対しガラドがフォローを入れてくれる。
「フィリーは鍛冶師と古くからの知り合いみたいでね。話すこともいっぱいあるようなんだ」
「でも、あいつって胡散臭いじゃない?だからフィリー1人で会わせたくないのよ」
鍛冶師としての腕は認めて信用しているが、おのおちゃらけた性格からかそれ以外はそこまで信用出来ていないとシーナ。
気持ちは分からなくもないが、ロイからするとちょっと変だけど親切な人である。
フィリーたちを呼んでくれたり、装備を貸し出してくれたりと意外と面倒見はいい人で、フィリーもそう思っているようでシーナをじっと見つめている。
「もー、分かってるわよ。フィリー」
「シーナさんもフィリーさんには甘いと」
ホウキを片付けて部屋に入ってきたルーグは鍛冶師とシーナが似た者同士だとクスクスと笑い、シーナに責められる前に話題を変える。
「模擬戦用の装備はこっちの棚。整備はしておいたけど、おかしなところがあったら教えて」
「ルーグさんが整備を?」
「家でもここでも少しは習ってたし、当分使ってなかったから。上手く出来てればいいんだけど」
ソファから立ち上がったフィリーが模擬戦用の、全て木でできた武器などを手に取るとざっとそれを確認する。
「上手に出来てるよ、ルーグ」
「それなら良かった……」
フィリーの言葉にホッと胸を撫で下ろしたルーグは力が入らないのか壁によりかかりながら、アルゼルたちからのお褒めの言葉を聞いていた。
震える手は気のせいだと、ぎゅっと手を握りしめて。
「それじゃ、もう少ししてからやろっか」
「そうだね。久々だから肩慣らししてくるよ」
今日はいつも使う斧ではなく長剣を使うつもりらしく、ガラドとしては不安があるらしい。用意された模擬戦用の武器を手に取るとガラドは庭に出た。
「あたしは見学してようかしらね。魔法職だし」
「シーナさん、最弱の私を差し置いてその言い訳はいかがでしょうか。貴女はメイスを扱えますので十分ですよ」
そう言ってアルゼルはメイスをシーナに見せる。
魔法使いが魔法だけでしか戦えないと思ったら大間違いだ。冒険者たるもの、いくつか生き延びるための術はもっているものである。
「これでもか弱いシーナちゃんで通ってるんだけどなぁ」
「見た目でだけで判断すると痛い目に遭うってことで」
アルゼルが手にしていたメイスを持ったルーグは、それをシーナに渡しに行く。それでロイには聞こえない程度の声量でシーナとアルゼルに囁く。
「そうそう伝言があって、しっかりやらないようなら半額はなし、だそうです。アルゼルさんは戦いに参加する必要はないけどアドバイスしてやれって伝えるように頼まれたから伝えとくね」
鍛冶師の先を読んだ伝言に模擬戦用メイスを握りしめたシーナは勢いよく立ち上がる。
「さ、やるわよ!!」
「やる気だね、シーナ。私も頑張る」
シーナなことを過剰なやる気を出したと判断したフィリーは胸の前で握り拳をつくって気合いを入れる。
庭にフィリーたちは出たがルーグは外に出る気はないらしく、木箱の上に乗っかって窓からロイたちの様子を眺めていた。比較的安全な場所からの見学である。
1番手を名乗り出たのはフィリーで、フィリーは手加減をしてたたかっていたようだがロイはほとんど太刀打ち出来ず、フィリーはその場から動くことはなかった。
僅かな休憩を挟んでシーナとも模擬戦をやるのだが、魔法使いだと油断出来ないほどシーナはメイスだけでも十分にロイと戦えていた。上級冒険者目前の名は伊達ではない。
「シーナさんとこれだけ出来ればゴブリンも問題はないでしょうか。心配もないわけではありませんが」
「そうだね。ロイ君は苦手そうだから」
ロイの戦闘を見てアルゼルは分析をしながらそう零し、ガラドはそれに同意しつつ、次は自分の番だと久しぶりに握った長剣の感触を確かめながら歩くとロイの正面で剣を構えた。
「僕はやり方を変えて打ち合いをしようと思う。だんだん速度を上げていくよ」
「はい。お願いします」
追いつけなくなって初めからやり直し、それでもロイは泣き言ひとつ言わず何度も繰り返す。倒されても立ち上がって少しでも食らいつく。
「どーよ調子は?」
「んー、先は長いって感じかな。ロイが弱いわけじゃなくてフィリーさんたちが強すぎるだけなんだろうけどさ」
ロイたちの様子を見に来たのか工房から顔を出した鍛冶師はずっと外の様子を見ているルーグに尋ねた。
戦いのことなどルーグにはよく分からないが、それでもロイとフィリーたちに実力差がありすぎるのは見て取れる。
「なはは、そりゃそうだろ。あの歳でA級になろうかってんだ」
ルーグのそばに立った鍛冶師は自慢気に笑いながら窓の外を覗いて、しばらくロイたちのことを眺める。その目はロイの細かな動きまで見逃さず、忙しなく動いていた。
「微調整必要だな。さーてもうちょいだけ頑張りますかね。ルーグ、見張りよろしく〜」
「はいはい」
鍛冶師は大きく伸びをすると最後の追い込みだと工房に戻って行った。
鍛冶屋
職人街の外れ、高い場所に位置する。
店に行くためにはながーーーい階段を登る必要もあるため余計に客が少ない。
たまにこの鍛冶屋のウワサを知った冒険者や、他の鍛冶師が手に負えないとこの店を紹介し客が来ることもある。