1 珍しい来客
よろしくお願いします!
「だぁ、かぁ、らぁ――」
一音一音を区切ったそいつは怒り狂う冒険者たちを前にさも当然のように淡々と言った。
「弱っちぃのはあんたらが弱っちぃ素材をもってくるからだろ」
気の短い冒険者相手にその言い方はないのではないかと、この場にいる誰もが満場一致で思ってしまうほどには、そいつは意図的ではないしろ神経を逆なでする言葉を並べていた。
確かに目の前の冒険者はもう一度言ってみろとは声を荒げて言っていたが、だからってもう一度言うやつがどこにいると言うのだ。
「テメェ!」
冒険者の一人が背中の斧の柄に手をかけるが、そいつはまだ気づかず原因を探るために腕を組む。
「素材が原因じゃないなら、あんたらの実力が原因だ――ちょっ!?」
――ブォン。
「テメェが原因だろうがっ!」
鼻先を掠めた斧の刃先に慌てふためき、そいつは数歩下がって冒険者から距離を取った。
そいつの背後は扉でもう逃げ場はなくなっている。
「いやいやいや、俺はちゃんと素材の能力を最大限引き出しったつの。どう考えても弱っちぃあんたらが持ってきた弱っちい素材のせいだって――やべ」
言葉にした直後に自分の失言に気がついたそいつは、顔を真っ赤に染めて震える冒険者に一気に距離を詰めると、冒険者の一人が持っていた槍を奪いさっきまで背にしていた扉をスライドさせて奥の部屋に逃げ込んだ。
鍵がかかる音がした。
「返しやがれっ!」
冒険者たちが問答無用と扉を蹴りつけるが、扉はビクともせず反対に冒険者たちが足や拳を痛めていた。
「でしたら代金をお願いしまーす。銅貨五枚」
逃げた先が安全だと安心しきっているのか、扉の向こうから聞こえる声に怯えはなく、失言をした時と同等の、それよりも明るい声音が聞こえてくる。
それぞれの武器を持ち、冒険者が扉に叩きつけるが扉は壊れることもなく、繰り返し武器を構えるも冒険者の腕に痺れと武器にヒビが入っただけだった。
「くそッ、なんで壊れねぇ」
「上位ドラゴンのウロコを惜しみなく使ってるわけだし?あんたら程度に壊されるかっての」
扉の向こうから聞こえる声はとにかく明るく調子に乗っているようにも聞こえる。安全圏だと安心しきっているのだろう。
「ちくしょう、粗悪品に金なんか払えるか」
腰につけた皮袋にそっと手をやった冒険者は、鼻息を荒くして身近にあった椅子や机を手に取ると扉に向かって思い切り叩きつけた。
「ねぇ、君の得意武器は?」
「え?えっと剣です」
怒り狂うその冒険者たちを為す術なく傍観していた少年は背後から声をかけられる。先程、冒険者から逃げ出したはずのその人だ。
「ふぅん、短剣?長剣?」
「ちょ、長剣です」
「そっかそっか」
パニックに陥っている少年は、何も考えられずに答えられる質問になんの疑問もなく答えしまう。
すると、そいつは手にしていたポーチから一振りの長剣を取り出して少年に握らせると肩を軽く叩いて良く通る声を出した。
「あいつら追い出すのは任せた!」
「テメェ、なんでここにいるんだ⁈」
声で気がついたらしい冒険者たちはそいつに掴みかかろうとしたが、そいつは素早く少年の背後に隠れてしまい、冒険者の手が止まる。
一応、怒り心頭の冒険者にもまだ冷静な判断力は残っていたようで、少年をすぐに切り捨てることはなかった。
「うーん、君らがこいつに勝てばドラゴンの素材で作った武器をひとつ譲ってもいい」
「何を言ってやがる」
ドラゴンの素材を使った武器がタダで手に入ると言われれば、少しは聞く耳を持つらしい。
ひとまず、攻撃される心配がなくなったと安心するそいつは、まるで冒険者たちをバカにするように笑って言う。
「ま、勝てないと思うけど」
「言わせておけばこのっ!」
少年もろともと振り降ろされた斧に、少年は慌てて右に転がってそれをかわし、そいつはわずかに身体を逸らしてかわしていた。
「ま、待ってください!」
冒険者になりたての少年は、目の前の冒険者からの攻撃に恐怖をして立ち上がることは出来ても剣を構えることが出来ず、息が上がったわけでもないのに荒い呼吸を繰り返す。
『あいつらも新人だよ』
「え?」
どこからか聞こえた子供の声に少年は辺りを見渡そうとしたがそれは許されなかった。
再び振り降ろされた斧に少年はとっさに剣を構えて弾き返すと、左から短剣の横一閃が飛んでくる。
剣での防御に間に合い、キンと金属同士がぶつかる音がして、何度が打ち合ううちに冒険者の短剣がポキリと折れる。
それを見た斧使いが力任せの大振りで斧を横に振り、少年が屈んで避けると斧は大きな木箱に当たり、何故かヒビがあろうと壊れるはずのない斧が柄を残して砕け散った。
「はぁ?」
「え?」
思いもよらない出来事に頭が追いつかず少年も冒険者も言葉を失い、動きが止まる。
「世の中にゃいろんな素材があるからねぇ」
クスクスと笑うそいつは、盗んだ槍を持ち主に返すと頑張ってと棒読みで応援をする。
「まだやる気なら頑張って」
正直煽らないで欲しいと言うのが少年の思いで、今すぐにここから逃げ出したいとすら思っている。
しかし、ここの鍛治師なら直せるかもしれないと言う噂を信じて藁にもすがる思いでここにきたのだ。帰るわけにいかない。
槍を構えて襲いかかる冒険者に少年も剣で応戦をする。
さっきまでの恐怖はなく、少年は冷静に考え動いて応戦が出来ている。
屈強で強そうに見えるガタイのいい男たちは、怒りもあるのだろうが剣術をちょっとかじっただけの未熟すぎる少年でも、力負けこそするが戦えてしまっていた。
それは格上に挑むといった恐怖を払拭するには十分なほどで、さっきどこからか聞こえた冒険者が少年と同じ新人だと言う言葉と合わせれば戦える。
少年が冒険者の槍を弾いて、槍が宙を舞って木の床に刺さった。
それに見届けたそいつはパチパチと拍手をすると槍を拾って冒険者に返すとニッコリと笑って冒険者たちの背を押して帰らせた。
格下だと思っていた少年にあっさりと負け、おそらく財産を叩いて買ったのだろう武器があっけなく壊れるなど、予想外がつづき冒険者たちは訳が分からなくなっていたのだろう。
呆けてそいつの言葉に従うように店を出て行った。
「いや〜、ありがとね新人君」
「冒険者ではないんですけど……」
「違うの?」
頷いた少年に驚たそいつは、冒険者じゃないならどうしてこの工房に来たのか怪訝な顔をする。
「はい。祖父の形見をここなら直せると聞いて、それで鍛治師の方はどちらに?」
そう言ってきょろきょろと工房を見渡す少年に、先ほど斧を壊した箱から出てきた男の子がそいつを指差して言った。
「そいつがその鍛治師だよ」
高齢の男を想像していた少年は職人がまだ年若い青年だと知り驚きにただただ絶句するのだった。
鍛冶師(本名不明)
職人街の外れで鍛冶屋を営む青年。
黒髪黒目、首にかけたゴーグルが特徴。鍛冶師としての腕は高いのだが性格や立地のせいか客は少ないようだ。
迷惑客を追い返せる実力はあるようで普段は適当にあしらって追い返しているようだ。