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時唄県双瀧郡うすば町涸瀧山(1)

来年から新作連載を開始する予定です。よろしくお願いします。



 時唄県双瀧郡うすば町にある涸瀧山にふたりで登っちゃいけない、呪われて死んでしまうから。

 という雑な怪談があるので、私と笛吹ちゃんで登りに行く。笛吹ちゃんは隣の県の大学のオカルトサークルで知り合った友達で、よくこんな風に怪談を確認しに行くのだ。

 怪談はだいたい嘘だけれどたまに本物がある。だからそこのスリルを味わいたくて確認旅行を続けている。今回のものが本当だったら危ないので、もうひとりのサークル部員である杉原さんに山の入口付近の農道で待っていてもらっている。ふたりで登ると死ぬのなら、土壇場で三人に切り替わればどうにかなるんじゃないか? という保険だ。

 で、実際に私と笛吹ちゃんは死ぬ。

 というか殺し合う。

 もっと正確に言うなら、殺し合わされる。



 山のなかには双子の女幽霊がいて、どちらが強いかという争いをずっと続けているらしい。そもそも死んだ理由も争いによる同士討ちなのだが、死後もひたすらに勝負を行っている。でもどちらもセンスやら筋肉やらが同じくらいだから平行線をたどるばかりで、悩んだ挙句にとある方法を思いついたそうだ。

 生きている人間の身体を操って殺し合う。

 先に死んだほうが負け。

 この山にふらっと入ってきた人間の身体を早い者勝ちで選んで操る。もちろんそうなるとより体格や筋力などで優れているほうが、あるいは凶器となりうるものを隠し持っていたほうが勝ちやすい。その判断力や瞬発力、それから運も実力のうちというわけで運の力で競おうというわけだ。

 毎回それで勝敗はついているわけだけれど、お互いに負けず嫌いだからリベンジマッチを繰り返していて、今日このときも私と笛吹ちゃんの身体でそれを行おうとしている……ちなみに最近は洋子が勝つことが多いらしい……という事情を私が知ったときにはすでに幽霊に身体を支配されている。

 幽霊が私の脳に接続する瞬間に事情が流れ込んできたのだ。あるいはそれは、情けとしての説明をしておこうというつもりなのだろうか?

 とりあえずやめて! 私の身体を返して!

 と叫んでみるが私の身体の主導権を握る和子という女幽霊は訊く耳を持たず、私のリュックを漁って凶器を捜す。そして笛吹ちゃん……の身体を操る女幽霊(洋子というそうだ)は、隙ありとばかりに私に殴り掛かる。その手には石があり、拳に握りこまれている。私の頬にヒットする。私に痛みはないが、思いっきり歯が折れて血が出始める。私の歯が! 歯並びが自慢だったのに!

 和子はそれと同時に私のリュックからハサミを取りだす。洋子に先端を向けて突き立てる。洋子は顔を横に逸らして躱す。

 ハサミは顔の中心ではなく右耳にぶつかる。和子はハサミを開いて耳の根本を挟み込んで容赦なく閉じる。

 えっ?

 なんだかわからないけど力の抜ける気持ち悪い音がして、笛吹ちゃんの右耳が切り落とされる。噓!? と思った瞬間、断面から血液が噴き出る。笛吹ちゃんの耳がなくなった!

 洋子はそんなことになっているのに笛吹ちゃんの顔で笑って、でも神経の反射なのか表情は歪んでいる。石を握った拳でまたがつんと和子を、私の顔面を正面から殴る。鼻血を出してよろけた和子の手から洋子はハサミを奪い取ろうとする。和子は洋子を振り払い、ハサミを林の奥に投げ捨てる。跳ねて転がっていく音を経て見えなくなる。

 もう私のリュックには凶器となりうるものなどないと把握したようで、和子は洋子と同じように石を握りこむ。殴るのかと思いきやそれも洋子に投げつける。洋子がさっと避けると同時に和子は木々の隙間に入る。私は私の身体に虫が這うのを見て泣きそうになる。感覚が私になくてよかった。

 ざんざんざんざんざん、と追いかける洋子。

 笛吹ちゃんの足と私の足はどっちが早かったっけ?

 ひとまず体力は笛吹ちゃんの勝ちだ。バテる身体に舌打ちをする和子。口の端と鼻の穴からどくどくと血が出ていて、私のシャツを汚していく。これ洋子が放置していても私の身体が失血死しちゃうんじゃないかと思うが、意外とそこまででもないのだろうか。

 さておき洋子は和子に追いつき襲い掛かる。和子はその場でしゃがんだかと思えば石を握りこんだ拳で洋子の、つまり笛吹ちゃんの股間を殴る。悶絶する洋子。それ反則じゃないの? っていうか笛吹ちゃん大丈夫!?

 和子は容赦なく洋子の顔面をぶん殴る。洋子は笛吹ちゃんの眼鏡を外す。割れて破片が入って失明……を恐れたのかなと思ったがそうではなく、和子の拳に差し出して割り、その破片をつまんで和子の、私の眼球に突き刺す。

 私の左目を押さえて、和子は私の声帯で悲鳴を上げる。私の魂は声も出ない。やばいやばいやばい病院病院病院、としか考えられない。早くしないと失明する。私の視力。眼鏡要らずの2.0。というか眼球を刺されるシーンなんて毎回目を瞑ってしまうくらい苦手なのに自分の身体で行われるなんて!

 洋子はすっかり回復して、私の左目にさらに眼鏡の破片を突っ込む。血液とか、何か見慣れない液体とかが流れていくのを見て私は肉体もないのに脱力をしてしまう。

 目を逸らしたい。でも自分の身体に起こっていることなのに?

 混乱を醒ます鈍い音が鳴る。私の頭が笛吹ちゃんの頭を殴る。頭突き。思いっきりやりやがった。脳震盪とか起きるんじゃないかとはらはらする。実際、和子が操る私の身体はふらついている。でも、洋子の操る笛吹ちゃんは白目を剥いていて、本当に気を遣ってしまったのかもしれない。

 はいもう勝ちでいいじゃん病院病院! と叫ぶ私を無視して和子は笛吹ちゃんの両眼を殴りつける。笛吹ちゃんの綺麗な二重まぶたがどんどん腫れていく。拳の間から親指を出して瞼の間に突っ込む。両目を抉り潰す。それから今度は鼻を潰していく。鼻血と鼻水が出て、すでに擦り剝けていた私の拳に付着する。和子はそれでも構わず笛吹ちゃんの清楚な高い鼻を破壊し続ける。

 さすがに私は目を逸らす。可愛い友達の顔が私の拳にむちゃくちゃにされていくのは我慢できない。これが夢だとして、笛吹ちゃんの眼房と顔貌を破壊していく夢には果たして私のどのような願望が投影されているのだろうか?

 殴られっぱなしの笛吹ちゃんの身体が不意に動く。何かのスイッチが入ったみたいに両腕がガッと上がり私の首を掴む。洋子の殺意に応えるように和子も笛吹ちゃんの首を掴み、絞め始める。

 片目が見えているからか、和子はきちんと頸動脈を狙って絞めることができたようで、笛吹ちゃんの身体は痙攣しながらあぶくを吐き、やがて息絶える。ジーンズに染みができていく。

 これ私が殺したことになるの?

 幽霊に操られて殺してしまいましたって誰か信じてくれるだろうか? 少なくとも法の場ではたぶん無理だ。私の人生はここからどうなるんだ? いままでの努力や夢や人間関係は全部もう駄目になるしかないのか?

 という不安はしかし的外れで、私の人生にここからなんてものはない。和子は私の手で私の首を絞め始める。

 なんで?

「だって解放して除霊師に言いつけられたら終わりだから。我慢しな」

 と笛吹ちゃんの身体を抜けてへらへらしている洋子の説明を聞きながら、私は死に、私の肉体から解放される。

 幽霊になる。

全三話予定です(本日中に投稿します)

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