5話~獣と拳~ 後編
5話です。
オロチくんが1話以降まったく登場しない件についてですが単純に作者の力量不足です。
全国の大蛇ファンの皆様はもう少々お待ちください。
コメントや評価、アドバイスなど募集してます。お気軽に書いていただけますと幸いです。
獣に説法。
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昔、この地は野犬が多く住んでいた。
群れを成し、子孫へ繋ぎ、狩りをし、生きていた。
だが、所詮この世界は弱肉強食。
野犬達は二足歩行の猿に瞬く間に侵略され、その数を減らしていった。
憎悪が募る。
二足歩行の猿達はいつの時代からか野犬たちを手懐け、共に暮らすようになった。
幸せの形が変わった。種族も姿も生き方も違ったが、確かにそこには絆があった。
しかし、飢えや猿の身勝手な考えにより、捨てられたものもあった。
憎悪が募る。
二足歩行の猿達は、野犬の中に住む小さな住人を酷く恐れ、狩りのように野犬たちを捕らえ、自由を奪った。
お前たちが捨てたのだろう?我々はただ生きていただけではないか。
憎悪が募る。
そんなある日、募りに募った憎しみが、灯台に異形魔を作り出した。
最初はそれほど力もなく、灯台から動けないほどの存在であった。
しかし、たまたま餌が向こうからやって来た。肉を食らったことで形を成した。あとは憎しみを集め、積年の恨みを山の下にいる人間共にぶつけなければならぬ。
1匹残らず皆殺しだ。
天に昇っていた獣の魂を集めた。コツコツと。なるべく猿どもと関わったものが好ましい。
あのような矮小な猿どもに関わってきたのだ。きっと大きな憎しみを持っているに違いない。
そうして1000ほどの動く屍を作った時、誤算が発生した。
集めた動く屍の内、800体。それらが脱走したのだ。脱走するだけに飽き足らず、山の下に降り、猿どもに鏖殺の件を知らせようとしたのである。
天に昇っていた獣全てが猿に憎しみを持っているとは限らない。
完全な誤算であった。
持ち得る力を使い、800の魂を強制的に骸から切り離した事で事なきを得たものの、異力を半分ほど使ってしまった。
またコツコツと魂を集めなければならぬ。
次は1つ1つ魂を見極め、憎悪の募ったもののみを骸に入れなければ。
果てしない仕事の量に愕然とし、ふと下の方を見ると。
こちらを見つめる、異力の豊富な、栄養満点の餌がこちらを見あげているではないか。
これぞ天からの賜り物というもの。感謝を込めて貪り尽くした。
その後はその餌の皮なんとか見繕ったあとにその皮を被り、他にも栄養がある餌がないか探した。
この皮の主は栄養が高くて美味だった。魂の選別の練度も上がり、10日かけて集めた800の魂を2日で集めてしまった。
さらにこの皮の主の近辺にはさらに栄養のある餌が2人。
以前喰らった猿4人に比べると栄養も桁違い。
決めた。決めたぞ。この者たちを喰らい、必ずや猿どもの鏖殺を果たして見せようぞ。
我ならそれが可能だ。そう、我は。我こそは。
~
「我が名は『犬神』。お前たち猿どもが崇め、奉り、恐れる神である。」
そう言った瞬間、小鉢の体が溶け、崩れ始める。
端正だった幼さの残る顔は半分がドロドロと崩れ、人の頭蓋骨が覗くはずの場所には眼孔が4つある獣の頭蓋骨のようなものが露出している。
足はボキボキと不快な音をたてて変形し、獣を思わせる関節が逆向きになっている足に変貌した。
手は醜く肥大化し、綺麗な指先には肉を簡単に引き裂いてしまいそうなほど鋭利な爪がついている。
「やめろ…やめてくれ…」
俺の口から漏れるのは、仲間を喰らった異形魔に対する怒りでもなく、仲間を失った悲しみの声でもなく。
ただひたすらに、絶望を垂れ流していた。
【ここまで長かった。いや、悠久の時を生きたことのある我にとっては瞬きに満たぬ時であったが。受けた屈辱は永遠にも似た長さであったかのようだ。】
不快な肉と骨の音を立てながら、小鉢の骸が声を紡ぐ。
【猿よ。お前を喰らい、我はあの忌々しい芦屋の血筋を喰らい尽くす。
我は面倒が嫌いだ。抵抗など無駄で意味の無い行為をしてくれるなよ。】
獣が近づく。体に力が入らない。大切な仲間を失ったどころか、その死体を利用され、あまつさえそれに気づかない自分の無力さと愚かさが、俺から抵抗する力を奪っていた。
【そうだ。それでいい。なぁに。我の胃袋の中で3人仲良く過ごすといい。死人とて思い出話くらいはするだろうよ。】
思い出。
異形魔のその言葉に、頭の中で映像がフラッシュバックする。
大切な、大切な思い出を見せる。
《辻村!また無茶ばかりして!大阪支部に戻りたいのか知らないが!少しは自分の体も労わってやれ!》
白山さん。誰よりも優しく、時に厳しくして。まるで父親のような暖かい人だった。
だが死んだ。
《辻村さん。私、弱いのできっといつか死んじゃいます…だから、そうなる前に伝えたいんです。》
小鉢。誰よりも明るくて、誰にでも優しくて。まるで朝日のように眩しい奴だった。
だが死んだ。
《辻村さん!聞いてくださいよ!俺もうすぐ黄紙に昇格しますよ!あっという間に辻村さんに追いついちゃいますからね!》
《もう…気が早いっての…すみません辻村さん。こいつ辻村さんに1番に報告するんだってはりきってて…あ、ちなみに私ももうすぐ昇格でーす。ピース。》
《お疲れ様です、辻村さん。夜間の巡回ですか?良かったらお茶でも出しますので交番に寄っていってくださいよ。》
《おぉ…辻村さん…よく来たねぇ…辻村さんを見てると孫を思い出してならないねぇ。ほれ、お煎餅をやろう。》
的場、藤堂。佐々木さん。山本さん。
みんないいやつだった。大阪から追放されてきた俺にも親しくしてくれて、優しかった。
だが死んだ。
【ぬ?なんだ?体の動きが鈍い?】
こいつが殺した。みんなを、殺した。
「あああああああああ!!!!!!」
【!?】
渾身の踏み込みで斬り掛かる。犬神は後ろへ跳躍することで距離を取ったが、躱す直前に左手が前にあったせいで割り箸のように腕が縦に切り裂かれている。
【ほう。驚いたな。大人しく喰われるものと思っていたが、存外立ち上がるものだな。】
「許さねぇ!!!絶対に!!!てめぇをぶっ殺してやる!!!!!」
怒りのまま斬り掛かる。
犬神は刀を掴もうと右腕を前に出す。その瞬間、俺は刀を握っていた右手を逆手に持ち替え、体を居合の体勢へと変え、犬神の足元に潜り込む。
刀を掴むはずだった腕が空を切ったことで動揺する犬神。すぐさまこちらに追撃を加えようと再生した左手を構えるが、もう遅い。
「渡辺一刀流抜刀術。」
大きく派手な踏み込みから瞬時に持ち手を変え、懐に潜り込んで一気に切り抜ける抜刀術。
その独特な動きは、鍛錬の際に腰に鈴をつけ、音を鳴らさずに対象を切る訓練を行うことから名前が付けられた。
「鈴切り!」
横に滑り抜けるかのような一閃。その鮮やかな斬撃は、上級異形魔の腹部の半分を抉り切った。
敵の動揺の隙を逃さず、すぐさま追撃の姿勢を取る。
振り抜いた刀を1度鞘に収める。一見無駄に見えるこの動作。鍛錬により極限まで高められた納刀術は、異力を纏うことでその速度を増す。
「渡辺一刀流抜刀術。」
しゃがみ込んだ体勢のまま腰と足と遠心力を使って繰り出す横薙ぎの回転斬り。
その高速の回転斬りの名は、回転によって足元に摩擦熱による炎を発生させたという開祖の逸話から名付けられた。
「焔薙ぎ!」
刃は異形魔の首を完全に捉えた。この一撃は犠牲者の鎮魂となり、町に、獣の歴史に安寧と終止符を打つ、とどめの一撃。
「辻村さん」
「!?」
刀が異形魔の首元で止まる。振り向いた顔の半分は、自分が愛して止まなかった最愛の女性。
その面影が振り向いた時、辻村は反射的に自身の手を止めてしまった。
【愚か。】
異形魔の爪が、矮小な人間を捉えた。
鮮血が舞い、驚愕に目を見開いた辻村の顔が異形魔の網膜に映る。
【愚かなり人間。この皮の主はとうの昔に我の胃袋の中だ。今更お前に話しかけるわけが無かろう。】
「…うるせぇよ。」
カランと刀が落ちる。脱力しきった体が崩れ落ちる。
「おかげで最後の最後で決心がついたぜ。」
【?】
瞬間、辻村が拳を振りかぶり、異形魔の露出した獣の頭蓋骨の眉間に拳が叩き込まれる。
辻村の残った異力全てを詰めこんだ一撃。異形魔は反対の壁まで吹き飛ばされ、頭蓋骨にヒビが入る。
【がっ!?き、貴様ァ!!!】
「さすが神様だな。人間様に殴られただけでさぞかしご立腹みてぇだ。痛かったか?お母さんにも殴られたことないだろ?」
ドサリと辻村が崩れ落ちる。異形魔はよろけながら辻村に早足で近づく。
【この猿が…!お前はただでは殺さんぞ…!じわじわと痛ぶりながらその頭蓋を噛み砕いてくれるわ!!!】
異形魔の爪が辻村に迫る。
瞬間、天井部の巨大な窓ガラスが砕け散った。
【なんだ!?】
飛び散ったガラスの中心には
【貴様!?なぜここに!?骸どもはなにをしている!?】
異形の中の異形。紫紙祓い人、芦屋晴道が立っていた。
~
「なぜって。俺がここにいる時点で分からないもんかね?神の名がつく割に意外とオツムが弱いんだな。」
【我の問いに答えろ猿が!1000だぞ!?猿を喰らったことで異力が増した我が作った骸どもをものの数分で全滅させたというのか!?ありえぬ!!!】
「よく喋るな。早口言葉でもしてるのか?」
怒りに顔を歪める犬神とは対照的に芦屋晴道は余裕の態度を崩さない。
「あいつら結局死体だから耐久性がたいしたこと無かったよ。俺が拳振ったら1度で10匹くらい余波で消滅したし。」
【馬鹿な…!】
「夜のストレッチにはちょうど良かったかな。けど、俺は生憎とかわいい動物をいじめる趣味は無いんだよ。」
1歩、芦屋晴道が踏み出す。
と同時に犬神が飛びかかる。ほぼ不意打ちに近い飛び込み。多くのものを葬ってきたシンプルなその戦術は。
【が…あが…!ご…!】
「中々いい踏み心地だね。絨毯に丁度いいよお前。」
一瞬にして躱され、部屋の床を突き破って最下層まで踏み抜かれるという哀れな末路で終わった。
「背骨折れたろ。お前人間を馬鹿にしてる癖に人間の体に入らねぇと戦えないのか?結局猿がいないとダメな神なわけか。困った時の猿頼み的な?」
【この…!!!ガキがぁ…!!!!!】
刹那。異形の背中から鋭利な背骨が飛び出し、芦屋晴道を串刺しにせんとするが、背骨が鋭利な形になる前に芦屋晴道は異形の背中から離れていた。
「もしかしたらオロチを出さなきゃいけないくらいヤバい異形魔がいるかもしれないと思ってたけど。
良かった。全然大した事ない。」
【こ…この…!!!】
異形魔の体が再生し、肥大化する。その大きさは二階建ての家ほどになった。
【調子に乗るなよ猿がぁ!!!!!】
「調子に乗ってるのは。」
鮮血が舞う。
「てめぇのほうだよ。」
芦屋晴道の腕が犬神の心臓を刺し貫いた。
犬神が心臓を刺し抜かれるに至ったまでの時間。
およそ2分40秒。
香川支部の祓い人を半壊へと追いやった異形魔は、それほどまでにあっけなく、芦屋晴道という異形に命を奪われ、事件の幕は閉じた。
~
「はい。香川支部は支部長の白山さんや筆頭幹部の小鉢さんを失う痛手を負いました。おそらく、香川支部の再興にはそれなりに時間が掛かると思いますので四国の支部は改めて連携をしっかりするようにと。
はい、報告は以上になります。お時間をいただきありがとうございました。では失礼致します。」
無機質な電子音が病院の廊下に響く。本来病院内で通話は良くないが、報告を怠るとあとでドヤされ、あの手この手で責任を取らされるので目を瞑って欲しい。
さて、それでは。
病室の扉を開く。個室になっているその部屋には上半身を包帯で巻かれた辻村透が横になっていた。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。まず、助けていただきありがとうございました。このご恩は一生忘れません。」
「よしてくださいよ。仲間なんですから助けるのは当たり前ですよ。あと敬語やめてください。なんか変な感じがします。」
「そう…か。わかった。」
「…」
「…」
沈黙が流れる。
室内の暖房が微かに部屋にあるカーテンを揺らす。
「…1つ聞いていいですか?」
「敬語…まぁいいやもう。なんですか?」
「芦屋さんはいつから小鉢が入れ替わってたことに気づいたんですか?」
辻村さんがこちらに顔を向ける。
「完全に気づいてたわけでは無かったですよ。ただ変だなーみたいな?そんな違和感を感じてて、一緒に行動する内に確信に変わった感じですね。」
「そうですか…俺は、あいつが化け物に変わってたことに違和感すら抱きませんでした。」
ギリギリと辻村さんが拳を握りしめる。背けた顔は横顔しか見えないが、唇を噛み締め今にも涙がこぼれ落ちそうになっているのを堪えようとしているかのようだ。
「…でもたぶんですけど、小鉢さんの意思は少しは残っていたと思いますよ。」
「え?」
じゃなければ俺と話してる時にあんな記憶が戻ったかのような素振りをする必要は無いだろうし、窓から見た光景では明らかに小鉢さんの体が辻村さんを殺したくないかのように動きを止める瞬間があった。
「それじゃあ俺はこれから任務があるので。少ない時間でしたが、あなたに会えて良かったですよ辻村さん。」
「こちらこそ。貴重な体験をさせていただきました。なにより命も救ってもらいましたし。」
「気にしないでください。あ。それとこれ。」
俺はおもむろにポケットからあるものを取り出す。
「!」
「折り紙とライター。小鉢さんと白山さんの遺品です。本当は調査や研究のために押収されるんですが、こっそり拝借しました。あ。ちゃんと呪いとかついてないかは確認したので大丈夫と思います。」
「芦屋さん…ありがとう…ございます…。」
辻村さんは遺品を握りしめ、俯く。
これ以上は見る訳には行かないな。
「それでは。お達者で。」
病室を後にする。室内と違い、少し肌寒い病室の廊下はどことなく冬の終わりを告げてくれている様だった。
~
「さて~次はどこだっけ~?なるべく近いところがいいんだけど…奈良!わりと近い!しゃあ!」
ガチャガチャ感覚で任務の『通達書』を開く。次の現場は奈良か。しかし、任務の重要度を表す文字の色が紫色なのが気になる。
まさか…
「とうとう現れたのか!『呪災指定異形魔』が!!!」
遂に現れた。もしかしたら俺が生きてるうちは1匹も拝むことなく終わるんじゃないかとすら思った異形魔。それがまさかこの段階で!
よし!運が回ってきた!
しかし、件の通達書とは別で【緊急!】と判を押された紙が入っていることに気付く。
文字の色は同じく紫色。
「…」
その内容を見て頭を抱える。まさかこれ、立て続けに解決しろってこと?え?殺す気?
「『殺生石』が割れたことで『九尾の狐』の封印が解除。九尾の狐が東へ逃走中。すぐにあとを追い、これを討伐せよ…か。」
通達書を丸め込み、深呼吸。
「くそじじいどもがぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺の断末魔にも似た絶叫が寒空に響き渡った。
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『芦屋 晴道』→休む暇なく働かされる労働基準法に中指立てるスタイルの祓い人連合に中指を立てる連合会長(自称)。基本的に出会った人は業務中に死ぬので対人関係がドライ気味。
上級だろうと余裕で倒せてしまうので苦戦する描写をこの先ちょっと書きづらいんじゃないかと震えている。
『辻村 透』→生存。今回の事件で生き残ったので昇給の話が上がってる。(祓い人の昇格基準は強さと生存能力の高さ、上に対する忠誠心など)
何気に仲良い人達をほとんど失ってる被害者度ナンバーワン男子。
『白山 春樹』→殉職。獣憑きに体を貪られながらも事件解決の手がかりを残し、死の間際でも心が折れなかった不屈の人。
『小鉢 彩音』→殉職。犬神に喰われた後にその死骸すらも使用された哀れな人。辻村さんのことが好きだったが結局結ばれることは無かった。
『犬神』→上級異形魔。上級の中では真ん中よりすこし下くらいの強さ。犬の魂を操り、死骸に入れて操ったりする能力を持つ。元々は犬を守る神様だったが捨てられた犬の怨念や犬を大事に扱わない人間を見ていくうちに神から異形魔へと成り下がった。
『通達書』→だいたい支部に届く。相手の異形魔の強さがわかっている場合色によってその強さを知ることが出来る。呪災指定は紫、上級は青、中級は赤、下級は黄色。たまに紙によっては文字が読み辛いと祓い人達の何人かは思ってる。
『呪災指定異形魔』→奈良県の霊山に現れた個体。発生して2日経過したがその間の犠牲者は147名。
『殺生石』→安倍晴明が九尾の狐の狐を封印した石。定期的に封印を施していたが九尾の狐の強さとかけられた封印が安倍晴明の封印の基準にまったく達していなかったことから封印が劣化していき、解けてしまった。
『九尾の狐』→元呪災指定異形魔。平安時代に安倍晴明によって封印された。呪災指定は1度でも退けられれば呪災指定から除外される。(基本倒せないので除名は稀。呪災指定の討伐を成し遂げたのは現段階で安倍晴明と蘆屋道満の2名。)
これにて獣と拳、もとい犬神編は終幕です。
この章で描きたかったのは人間以外の生き物も憎しみや愛を持っているのではないかということと、ドタキャンで見せる人間の美しい強さです。
作者の力量不足によりあまり表現されてなかったなと感じておりますので、これからも日々精進致します。
コメントや評価、アドバイスなど募集しておりますので軽めのものから重めのものまでぜひ作者にお聞かせください。