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2.シスターから呼び出しをくらう悪魔の図

「あれ、魔色?帰らないの?」

「『コレ』が挟まっていたので」

「あーまた、か。まったく、貴方も人気だよねぇ」

 魔色の下駄箱に手紙が入っているのはよくあることだった。当人は理解できていないようだが、比較的長身長でスタイルはよく、紫の混じった黒髪は涼しげな顔立ちとよく似合っていた。こんな悪魔が女学院に居たのなら、告白が相次ぐのも当然だろう。

「この時代に手紙というのは古風というか、時代遅れというか……」

 悪魔でさえスマホを使う時代である。地獄のジョブズも嘆いていることだろう。

 さて、今日の呼び出し場所は3-2組、つまりは魔色の教室である。上等な紙質には流麗な字で愛の告白めいた言葉が書かれてはいたが、不自然なことに、宛名が存在しなかった。

 少しだけ覚えた違和感を、けれど、魔色は魔法瓶に入れた紅茶と一緒に飲み干した。

このお人好しの悪魔は呼び出しを拒否しない。毎回律儀にも本人に会ってから断るのだ。

 ——薮から何が出るかは、掻き分ければ分かることでしょう。

 気が付けば、三階の自分のクラスに着いていた。深呼吸して、魔色は建付けの悪いドアを開け放った。

「果たして、天使が出るか、悪魔祓いが出る、か!」

「あら、随分と陽気な藪蛇なのですね」

 机に座った少女は、鈴を転がすようにカラカラと笑い、真っ赤な瞳を細めた。

「……貴方ですか」

「そこまで面倒くさそうな顔します?」

 窓際後方、つまりは魔色の机に座っていたシスターグレイは、夕陽に染まり髪も真っ赤に輝いていた。近づけば、まるで焼けた鉄のようである。

「私は明日の宿題を片付けなきゃいけないんですが。いたずらならこれっきりにしてくださいね」

「随分と、真面目なのですね。…………悪魔なのに」

 魔色がどこまで聞き取れていたか分からない。反射的に、飛びのいていた。

「あら、本当に悪魔なんですか?」

「っ鎌かけなんて、随分と趣味が悪いですね」

 返答は一瞬だった。シスターグレイはカウボーイのようにシャチのぬいぐるみから拳銃を抜き放ち、魔色の腹へと押し付けた。

 ひゅっと魔色の喉から空気が零れた。色々とまずい体液も漏れかけた。

「……いつから、気が付いたんですか」

 シスターグレイの行動は、あまりにも早かった。仮にも、五年間も間神学校に潜入出来ていた魔色の偽装を、一日で見破ってみせたのだ。唯一、魔色が誇れたはずのものを。

「だから事前に調査を重ねて貴方に接近した、と?」

 シスターグレイは静かに微笑んだ。

 その笑みを見て、魔色は理解する。シスターグレイという人間にとって、魔色という悪魔は格下も格下であると。

「わたし、十歳から悪魔祓いをやっているのです。なので、近づけばなんとなく分かります。例えば耳元で匂いを嗅ぐ、とか」

「変態です!」

 自分もシスターグレイの匂いを嗅いでいたのは、一旦棚に上げた。

「うるさいですね。いい匂いでしたよ?」

「ひぃ……」

 直後、魔色のすぐ傍に拳が突き刺さった。これが噂も聞かなくなった壁ドンか、と魔色は現実逃避するように考えた。

もっとも、拳銃を突き付けられているのだから、どちらかといえばカツアゲである。

「一応、これも形式ですので問いましょう。貴方は、自分が悪魔だと認めますか?否定するなら、悪魔でないことを証明してください」

「あ、悪魔の証明……」

思わず魔色は脳内で叫んだ。——それ、私たちの十八番ですけど⁉


 ‹›


 そんなこんなあって現在。結局魔色は滞在理由を吐き(ゲロり)、シスターグレイはゲラゲラと笑いながら転がっていた。

「留年、留年ですか!ふ、ふふふ……」

「……もういいですよ。どうせ、殺すんですから」

 やけくそに魔色は言って寝ころんだ。

 ゲラゲラと笑っていたシスターグレイは、ふと笑うのをやめて、魔色の顔を覗き込む。

「ねえ、悪魔さん。いえ、魔色ちゃん」

 その表情は、打って変わって真面目そのものだった。

「な、なんですか」

「私と——」

「っ、グレイさんこっちに」

 しかし、シスターグレイが言い終わるよりも早く、廊下から声が響いた。

「んん?なんだ、まだ居残りしてるやつがいるのか!」

 ガラリと扉が開いた。声の主は担任の女教師である。

「なんだ、この荒れ具合は。ちっ、最近のガキはメスでもここまでやんのかよ……」

 どうやら、壊れたロッカーと壁を見つけたらしい。

 だが、どういう原理か、教室内の二人は見つからない。

「しかも逃げ足はええことで。大人の仕事増やすんじゃねぇよまったく」

 結局、そんなことをぼやきながら女教師は職員室へと去っていく。

「危なかったですね」

「それが、貴方の魔術なのですね」

「……はい。私、隠すことと誤魔化すことは得意なので」

 カーテンの裏にいた二人が、姿を見せた。

 魔色が術を解くまで、夕陽ですら、彼女たちを見つけることは叶わなかった。

 シスターグレイは何かを考え、けれどすぐに纏まったらしい。

「一旦、解散するとしましょう。先生もまた来るはずなのです」

「私を、み、見逃すんですか?」

「まさか。今夜零時、礼拝堂に来てください。話の続きは、そこで」

 言外に逃げたら殺すと告げながら、あっという間にシスターグレイは去っていく。魔色も、慌てて教室から離れた。なすりつけられる訳にもいかない。

 走りながら、ふと、魔色は考えた。シスターグレイの、あの真面目な表情の意味を。


 聖ハビエル女学院は全寮制である。学院中央にある校舎の右翼側に存在する巨大な寮には住み込みの寮母も含め、五百人ほどが生活をしているのだ。

 一見すると多いように感じるが、去年廃止になった中等部を加味すれば、減少傾向である。全盛期は千人を超えていたというのだから驚きだ。

 人数が減ったとなれば、当然部屋も余る。運とコネを持つものは、共同生活を送る同級生を尻目に優雅な一人部屋生活を満喫できるのだ。

 この魔色という悪魔も、最低限の運とコネ、そして魔術でのゴリ押しによって一人部屋を手に入れた、いわゆる勝ち組であった。もっとも、彼女が自慢することもなかったが。

 そんな悪魔が今日はふらふらと部屋へ入り、そのままベッドに倒れた。

 魔色の脳裏には、メイクや制服のシワ、空腹を訴える胃と宿題を済ませろ叫ぶ理性が殴り合っている。だが、魔色は気にせず目を瞑った。

 絶対に眠れないのは分かっている。それでも、魔色は目を瞑らずにいられなかった。

初めて感じた濃厚な死の匂いは、べったりと全身にこべりついて離れなかった。

冷たい銃が、真横に突き刺さった腕が、ぐしゃぐしゃに壊れたロッカーが。どれも、魔色の網膜を、鼓膜を、胃を絶えず刺激する。

無我夢中でシスターグレイと語っている間はよかった。だが、一度冷静になってしまえば、臆病な魔色の足を止めるには十分過ぎる。

 数時間経って、ようやく魔色は眠ることを諦めたらしい。

 既に食堂は終わり、談話室から話し声も聞こえなくなっていた。

 むくりと起き上がると、魔色は鏡の前に立った。偽装の魔術を解いた悪魔は、鏡に映らない。触れようと、涙を押し付けようと決して映らない。

 魔術を解いてしまえば、魔色を証明するものは、何一つとして部屋には無かった。備品以外に、魔色はほとんど物を買っていなかったのだ。

 けれど今はそれが、この学院で過ごした事実を否定するようで、恐ろしくなる。

 ——所詮はこの世界にとって、私は異物ですから。地獄以外に、悪魔の居場所なんて存在しませんから。

 ……地獄に、自分の居場所はあるのか?魔色はそんな自問自答をしかけて、やめた。答えは決まっている。

 そんな少女の部屋に、コン、コンとドアをノックする音が鳴った。

 慌てて魔色は偽装の魔術を使った。それから、恐る恐る扉を開く。

 立っていたのは、風見だ。

「魔色、大丈夫?今日は食堂にもお風呂にも見えなかったけど……」

 風見の快活な印象とは真反対な栗色の髪は、風呂上りなのか、普段の三つ編みが解かれ無造作に揺れていた。

「だ、大丈夫です。ちょっと色々あっただけです」

「あ、もしかして今日の呼び出し?告白断ったから酷い事言われたんでしょ!」

 中らずと雖も遠からず、ではある。だが、魔色には転校生から殺されかけた、なんて言えるようなメンタルを持ち合わせていない。そんなメンタルがあるなら今頃通報している。

「いえ、ち、違うんです。ちょっと、そのあとトラブルがあったというか」

「魔色が話したくないなら、いいよ。週末出かけよ!僕が何か奢るからさ」

「ありがとう、ございます」

 辛うじてそれだけ告げると、魔色は扉を閉じた。そのままズルズルとへたれこむ。

「約束、しちゃいました。はは、生きてるかも分からないのに」

 時計を見た。時刻は既に二十三時を過ぎており、約束の時間までは幾ばくも無かった。

サブタイは決まらんので適当です

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