アイプレ!
学園一の美少女、天宮レイナが彼氏と別れた。
それは俺みたいな未練たらたらの男子学生にとってまさに朗報であった。
しかし――。
「俺と付き合ってくれ!」
「いいや、俺こそが彼女に相応しい!」
「この野郎! 抜け駆けしてんじゃねーぞおおお!!」
「「「うおおおお!! レイナと付き合うのは俺だああああ!!」」」
フリーになった美少女を目当てに大乱闘が勃発していたのだ。
美少女のレイナちゃんを困らせるとはなんて浅はかな奴らだ。
因みに……。
そんな蚊帳の外でボロ雑巾のようにズタボロに倒れ伏した哀れな男がいる。
そう……。
先手必勝、抜け駆けしようと我先にと突っ走った結果……。
周囲から真っ先に目を付けられリンチに遭った可哀そうな男だ。
実はそれが俺、湊健太郎である。
「くそう、こんなはずじゃあ無かったのに……。がく……」
◇ ◇ ◇
目が覚めると。
目と鼻のすぐ先に……人の顔があった。
「うわああああ!!」
ドゴ!!
「痛ってええええ!」
驚きのあまりベッドから転がり落ちて頭をぶつけ、悶絶する。
「おはよう。気分はどう?」
女子学生が俺を見つめている。
ややつり目の大きな瞳で整った顔立ち、さらに八頭身のモデル体型。
サラサラした長い髪をなびかせて……。
常に単調な表情と口調は、なんとなくクールな雰囲気を醸し出している。
「気分? 見て分かるだろう。お前のせいで最悪の目覚めだよ! こんな近距離で俺の顔面を直視しやがって……」
ああ~、くそう! まだ頭がズキズキする。
気を失っている間に俺は保健室に運ばれていたようだ。
ふと周囲を見渡すと、他の連中は乱雑に床に転がっている。
早期敗退が幸いして俺だけがベッドを確保していた。
視線を先ほどの女子学生に戻すと……。
まだこちらを見ている。
「なんだよ。まだ俺に用があるのか?」
すると、彼女は俺の顔へビシッと指を差す。
そして言い放った。
「つべこべ言わずに私を愛しなさい!」
◇ ◇ ◇
その日の夜、俺は全然眠れなかった。
あの女子学生の事が頭から離れないからだ。
回想――。
「つべこべ言わずに私を愛しなさい!」
「……はあ!? い、今なんて?」
「はあ……。女の愛の告白を聞き逃すなんて失礼な人。でも良いわ、私は貴方にベタ惚れなの。だから文句は言わない」
「いや、思いっきり文句言ってたからな」
「そういうのは聞き逃さないのね。そういう所、好きよ。私は二年A組の柏木愛理。よろしくね」
「そいつはご丁寧にどうも。でも俺は他に好きな人がいるから、お前とは付き合わない」
ちょっと荒かったかもしれんが、この時の俺は頭痛のせいでイライラしていた。
そんな俺の態度にようやく諦めがついたようで。
「そっか……」
それだけ言って、彼女は保健室を後にした。
回想終わり。
◇ ◇ ◇
朝。
「ああ~! 結局一睡も出来なかった……」
まったく何なんだよ! あれじゃあ俺が悪いみたいじゃねーか。
あの愛理とかいう女が勝手に俺に告白してきたんだからな。
そうだよ、俺にはレイナちゃんという好きな相手がいるんだ。
だが、あの時の後ろ髪がどうにも頭から離れない……。
そんな罪悪感を抱えながら俺は自宅の玄関を出る。
だが、それは杞憂だったようだ。
「げ! お前なぜここに!?」
そう、玄関先に愛理がいた。
「湊くん、おはようかん」
羊羹片手にギャグをかましてきた。
「朝っぱらからくだらねーよ!」
◇ ◇ ◇
愛理はその羊羹を手渡してきた。
「はい、お弁当」
「いらない」
すぐに返す。
「でも桐箱入りの絶品羊羹だぞ」
また手元に戻って来る。
「俺、羊羹嫌いだから」
また返す。
「でも私の愛情たっぷり手作りお弁当だぞ」
またまた出戻ってくる羊羹。
「だから羊羹じゃねーか! 羊羹はお菓子! 弁当にはならねーの! ……? ちょっと待て!」
「どうしたの?」
「今お前、手作りって言った? 羊羹を?」
「ええ。私、お菓子作りは得意なの」
「そこは弁当って言い張れよ!」
「さすが湊くん、私が愛する人ね。私を恋人にすれば貴方は毎日こうやって愛情たっぷり手作り弁当が食べられるわ。だから私を貴方のものにしなさい」
「断る!」
◇ ◇ ◇
放課後。
「俺と付き合ってくれ!」
「いいや、俺こそが彼女に相応しい!」
「この野郎! 勝手なこと言ってんじゃねーぞおおお!!」
「「「うおおおお!! レイナと付き合うのは俺だああああ!!」」」
相変わらず今日も天宮レイナ争奪戦争が繰り広げられていた。
「くそ、なんでこの学園の野郎達はどいつもこいつも血気盛んなんだ!」
この間ワイドショーでやってた草食男子問題はガセ情報だったのか!?
今日の俺はすっかり出遅れていた。
それもこれも全部あの羊羹のせいだ。
「一本は長えよ! 一人で食う量じゃなかったぞあれ」
俺は自身の頬を両手で叩いて気合を入れる。
「しゃああああ!! 待っとれよレイナちゃん! この戦いに勝って君とランデ……」
その時、背後から裾を引っ張られた。
「湊くん、行かないで……」
愛理だった。
「げ! またお前か! うるさい! 俺に構うな!」
「今すぐ私を抱けば、貴方はもうこんな戦いに身を投じなくて済むのに……。そんなにレイナさんが……良いの?」
「ああ、俺はレイナちゃんが良い! 彼女が好きなんだ! お前じゃない!」
「そんな……。なぜレイナさんが好きなの?」
「俺はなあ、彼女に一目惚れしたんだ。一目見た時から俺は彼女と付き合うと決めたんだ!」
ここまで言えばさすがのこいつも諦めるだろう。
「そっか……」
それは案の定だった。
「しゃああああ! 今度こそ行くぜええええ!!」
そして……。
「ぎゃあああああああ!!」
ドガ! バギ! ドゴッ!
無様に宙を舞う俺。
俺は自身の貧弱さに涙が止まらなかった……。
◇ ◇ ◇
目が覚めると。
!?
「うわああああ! だから顔を近づけんな!」
「湊くん、おはいよかん」
手元に伊予柑が乗せられる。
そして愛理は溜息を一つ。
「はあ……。湊くん、恋愛とは常に合理的で論理的であるべきよ」
「なんの話だ?」
「さっきレイナさんに一目惚れしたと言ったわね。そんなの全く論理的ではないわ。そして無駄の極み」
「なんだよ。俺の恋愛事情にケチ着けんのかよ」
「ええ、そうよ。そんな訳の分からない感情に流された結果、貴方はこうして怪我を負った」
俺は言葉を失った。
まったくもってその通りだったからだ。
「私を好きだと言いさえすれば、貴方の全てが上手くいくというのに……」
「…………」
「貴方の望みは何? 何でも叶えてあげる。むしろエッチな要求でも構わないわ。私は本当に貴方を愛しているの」
「エッチな要求!? あ、いやいやいや! ダメだ! 俺はレイナちゃん一筋なんだ」
「でも、一回も告白した事ないのでしょう? 相手にすらされてないかもしれないよ」
「お前、何気に嫌な言い方をするよな……。で? そういうお前はどうなんだよ」
「何が?」
愛理は首を傾げる。
「俺のどこがそんなに好きなんだ!」
思わず叫んだ。
嘗てこんなに悲壮感が漂う台詞があっただろうか……。
嗚呼、自分で言っておいてなんか涙が出た。
そして愛理は口を開く。
「それは……」
「それは……?」
「それはね、一目惚れよ」
「…………は!?」
「だからね。私は湊くん、貴方に一目惚れをしたの。きゃ、言っちゃった恥ずかしい!」
「お前他人の事言えねーじゃねえかよー!!」
かよー、かよー、かよー、よー……。 (エコー)
思わず怒号を解き放つ。
そして。
グキッ!!
「んな――!?」
思わず痛めていた腕を無理に振り上げてしまった結果……。
俺は間も無く激痛で気を失った。