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二人の朝は塩おにぎり  作者: 白妙スイ
6/7

夕方の朝ご飯

「これ、食べたら帰ってくださいよ」

 僕が出したのは塩おにぎりだった。

 料理をする食材くらいはあるし、もう少しご飯らしいご飯だって作れるけれど、彼女のリクエストがそれだったのだ。

「はいはいっと。あたしもこのあとシゴトだし」

 いそいそとおにぎりに手を伸ばす彼女。

 塩を振っただけのおにぎり。

 具はナシ。海苔を巻いただけ。

 両手でおにぎりを手に持ち、口へ持っていき、ぱくりと噛みついた。

 僕はローテーブルの向かいで、自分も同じものを前にしながら、でもその前に彼女の食べっぷりに見入ってしまった。

 ぱくぱくと音がしそうなほど勢いよく、塩おにぎりは彼女の口に消えていく。

「んーっ、美味しい! 塩加減が絶妙!」

 ひとつをぺろっと平らげてしまい、彼女は指についた米粒も口に入れた。

 お腹が減ってたんだろうな。

 僕は思い、それはそうかと思い直した。

 朝、ここに来て、僕がソファに寝かせてからなにも食べていなかっただろうから。

「塩おにぎり、好きなんですか?」

 やっと自分でもおにぎりを手に取りながら、質問する。彼女はもうひとつを手に取りながら、「うん」と答える。

 食べながら、お行儀の悪い様子で話してくれた。

「母さんがね、仕事に行く前、置いてってくれたんだ。だから呑んだあとはなんだか食べたくなってさ」

 吞んだあとって、呑んだのは昨夜では?

 いや、朝なのか。

 内心、ツッコミを入れながら僕は「そうですか」と相づちを打って聞いた。

 もぐもぐと頬張ったおにぎりは、塩と米、それから海苔の味だけだ。

 シンプルだけど、これはこれで美味しいもんだよな、とは思う。

 しかし『母さん』『仕事に行く前』『置いてってくれた』。

 これらのワードから察するに、このひとは子どもの頃、母子家庭とかだったのだろうか。

 いや、多分そうだろう。子どもに食べさせずに出掛けるのも仕事があったからだろうし、子どもの頃のこのひとが朝、置いておかれたそれを食べるのも、そんな事情がわかりやすい。

 思い出の食べ物なんだな。

 僕までなんだかしんみりしてしまった。

「あーっ、美味しかった! 久しぶりに食べたわ、ありがとっ」

 僕が内心でしんみりしているうちに、彼女は二個目もぺろりと食べてしまい、背後にあったソファに反り返った。まるで餌を貰った野良猫といった様子である。

「久しぶりなんですか? 自分で作らないんですか?」

 僕はまだ一個目を食べ終わらないところだったが、聞いた。彼女は一緒に出したグラスの麦茶をあおりながら、「うん」としれっと言う。

「あたし、料理壊滅だからさ。そもそも米が炊けない。べっちゃべちゃか、こげこげになる」

 なにも気が引けるところなどありません。

 いっそ清々しいまでにそんなうふうに言う。

「……炊飯器でも?」

 僕は一応、聞いてみた。この現代日本で、炊飯器を使って米を炊いて妙な具合になることがあるだろうか。

「うん。なんでだろねー」

 だが、あるらしい。彼女は他人事のように首をひねるのだった。

「あんたの塩おにぎり、母さんの塩加減になんか似てた。ありがとね、すごい染みたわ」

 彼女は麦茶のグラスも空にして、ぱん、と手を合わせた。ごちそうさまでした、と、そこだけは丁寧に言う。

 僕は「お粗末様でした……」なんて言いながら、もうひとくち、ぱくっとおにぎりを食べた。塩がいい加減に効いて、美味しいそれ。

「あの、……失礼ですが、それじゃご飯は」

 おそるおそる、聞いた。

 彼女は長い髪の先をくるくる弄びながら、やはりしれっと言った。

「外で食べるけど? 職場でも食べれるし」

 彼女の『職場』が一体どんなところなのかはわかりやしないが、『これから仕事』ということは、いわゆる夜の仕事なのかもしれない。そのへんを詳しく突っ込むのはやめておいた。

「そうですか。でも……なんていうか、色々ありません? 飽きるとか、食費とか……」

 突っ込んで聞きすぎか、とも思ったのだけど、つい聞いていた。

 ああ、悲しきお人好し。

「そりゃ……まぁ、そうね。でもそれしかないし」

 彼女はそう言った。さらりとは言ったけれど、僕は悟った。

 多分、それに満足してはいないのだろうと。

 だって彼女の視線は……僕のお皿。もうひとつ残っていた塩おにぎりに向いていたのだから。

「……食べます?」

 視線で急かしてきたくせに、僕がそう言って皿を押しやれば、彼女は「いいの!」なんて、意外という顔で言うのだった。

「じゃ、お言葉に甘えまーす!」

 遠慮なく手に取り、がぶっとかぶりつく。もぐもぐっと口が動く様子を見て、僕はなんとなく思ってしまった。

 一人分も二人分も同じか、と。

「……それなら、良かったら……」

 僕はなんとなく正座になりつつ、彼女にある提案をした。

 それがこの毎朝の習慣をはじめるスタートであった。

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