明け方の酔っ払い
「ううー……」
四月の終わりの朝、六時頃。
玄関の外で、ドサッ! と突然大きな音がした。
なんだ、と慌ててドアを開けた僕が見たのは、うめき声をあげながら、僕の家のドアの横の壁にぐでっと寄りかかっている若い女性。
それが僕の初めて見た彼女であった。
「あの……、大丈夫、ですか?」
金髪に近いほど明るい茶色に染められた髪。
少し崩れてはいるが、ばっちりほどこされたメイク。
セクシー目の服装。
座り込んで寄りかかっているために、ストッキングの脚がはっきり見えて、僕はちょっと目のやり場に困った。
だが、僕は焦った。だってこれほど普通でない様子なのだ。
ぐったりしているし、座り込んでいるし、それも壁に寄りかかっている。
具合が悪いのだろう、気分でも悪くしたのだろうか。
おろおろして、起こしたものか、そっとしたものか迷ったのだけど、彼女の口からうめくように出てきたのは、僕を脱力させるようなことだった。
「うう……、飲みすぎたぁ……」
……飲みすぎた?
こんな朝に?
僕はぽかんとした。まだ酒の飲める年齢ではない僕は、さっぱりわからない状況と感覚だったのだ。
しかしこの様子と言葉であれば『飲みすぎてダウンした』ということであろう。
なんだ、酔っ払いか……。
なんて、少々失礼なことが頭に浮かんでしまった。
が、酔っ払いとはいえ、仮にも僕の家の前でダウンしているのだ。放っておくわけにもいかない。
「えっと、どちらの方ですか? どうして僕の家に……」
しゃがんで、彼女を覗き込んで、聞いた。
彼女はとろんとした、明らかに酔っている目で、不審そうに僕を見る。
「ああ? あんたのうち……?」
気遣っているというのに随分な態度だ。
僕は少々呆れた。
彼女はぼんやりしていたけれど、やがて首を上げた。ダルそうな様子だった。
そして状況を理解したらしい。やはりダルそうに右手を持ち上げた。
「あたしのうち……そっち……、だったわ」
そこには当たり前のように、隣家のドアがある。
なるほど、お隣さん。酔って帰ってきて、隣と間違えたのだろう。
僕はやっと納得した。
「なるほど。鍵はありますか?」
でもそれなら家に送り届ければいいのだし、家だってすぐ隣だという。鍵は持っているに決まっているし、それで肩でも貸してやればいい。
なのに彼女はまったく違うことを言った。
「みず……、欲しい……」
水。
飲み水だよな?
やはり酒に詳しくない僕は少し考えてしまった。
しかし、水?
今、初めて顔を合わせた隣人に向かって、水をねだるとは。
失礼だが、結構図太いな。
僕は内心、呆れた。
だが僕はどちらかというとお人好しである。ねだられるがままに、腰を上げてしまった。
「水ですね。少し待っていてください」
そう言って、一旦家に戻り、グラスに水を汲んだ。すぐに戻ってくる。
「はい。水です」
ただの隣人、しかも男に貰って飲むだろうか、と思ったけれどそんな心配は不要であった。
彼女はぐでっと寄りかかっている姿勢だったというのに、ぱっと体を持ち上げて、グラスを受け取って、ゴッ、ゴッ、と音が立つかと思うほど勢いよく水をあおっていく。
僕は呆気にとられた。随分豪快な飲みっぷりだ。
おまけに一気に飲み干して、彼女は思いきり息を吐き出した。
「ぷっはー! 染みるわぁ!」
まるでビールかなにか一気飲みしたオジサンのような様子であった。僕は何度目かわからないが呆気に取られてしまう。
だが「水」という要求も満たしたのだ。
これで本当にいいだろう。
僕は彼女の腕に触れた。起こして、自分の部屋に行かせるつもりであった。
なのにやはり、僕の思い通りにはならなかった。
「うー……、はぁー……」
満足のため息を吐き出した彼女。
どさっ、と再び音を立てたのだから。
それは今度こそ、床に倒れ込む音だった。
僕はやはりあぜんとした。だって、すぐに、ぐぅぐぅとこれまた豪快な寝息が聞こえてきたのだから。
寝やがった。
こんな床で。
しかも僕の部屋の前で。
少々丁寧でない言葉づかいで頭の中で言ってしまったくらいだ。
しかしこんなふうにされれば、僕のできることはひとつしかないではないか。
春先とはいえ、こんな、外で寝かしておくわけにはいかない。
酔っぱらいであるし、なにより若い女性である。僕より年上なのは確かだが。
仕方ない。
僕は大きなため息をついた。
そしてすべてを諦め、彼女を担ぎ上げ……実に仕方がなく、自分の部屋に苦労しつつも引き入れたのだった。