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二人の朝は塩おにぎり  作者: 白妙スイ
4/7

明け方の酔っ払い

「ううー……」

 四月の終わりの朝、六時頃。

 玄関の外で、ドサッ! と突然大きな音がした。

 なんだ、と慌ててドアを開けた僕が見たのは、うめき声をあげながら、僕の家のドアの横の壁にぐでっと寄りかかっている若い女性。

 それが僕の初めて見た彼女であった。

「あの……、大丈夫、ですか?」

 金髪に近いほど明るい茶色に染められた髪。

 少し崩れてはいるが、ばっちりほどこされたメイク。

 セクシー目の服装。

 座り込んで寄りかかっているために、ストッキングの脚がはっきり見えて、僕はちょっと目のやり場に困った。

 だが、僕は焦った。だってこれほど普通でない様子なのだ。

 ぐったりしているし、座り込んでいるし、それも壁に寄りかかっている。

 具合が悪いのだろう、気分でも悪くしたのだろうか。

 おろおろして、起こしたものか、そっとしたものか迷ったのだけど、彼女の口からうめくように出てきたのは、僕を脱力させるようなことだった。


「うう……、飲みすぎたぁ……」


 ……飲みすぎた?

 こんな朝に?

 僕はぽかんとした。まだ酒の飲める年齢ではない僕は、さっぱりわからない状況と感覚だったのだ。

 しかしこの様子と言葉であれば『飲みすぎてダウンした』ということであろう。

 なんだ、酔っ払いか……。

 なんて、少々失礼なことが頭に浮かんでしまった。

 が、酔っ払いとはいえ、仮にも僕の家の前でダウンしているのだ。放っておくわけにもいかない。

「えっと、どちらの方ですか? どうして僕の家に……」

 しゃがんで、彼女を覗き込んで、聞いた。

 彼女はとろんとした、明らかに酔っている目で、不審そうに僕を見る。

「ああ? あんたのうち……?」

 気遣っているというのに随分な態度だ。

 僕は少々呆れた。

 彼女はぼんやりしていたけれど、やがて首を上げた。ダルそうな様子だった。

 そして状況を理解したらしい。やはりダルそうに右手を持ち上げた。

「あたしのうち……そっち……、だったわ」

 そこには当たり前のように、隣家のドアがある。

 なるほど、お隣さん。酔って帰ってきて、隣と間違えたのだろう。

 僕はやっと納得した。

「なるほど。鍵はありますか?」

 でもそれなら家に送り届ければいいのだし、家だってすぐ隣だという。鍵は持っているに決まっているし、それで肩でも貸してやればいい。

 なのに彼女はまったく違うことを言った。


「みず……、欲しい……」


 水。

 飲み水だよな?

 やはり酒に詳しくない僕は少し考えてしまった。

 しかし、水?

 今、初めて顔を合わせた隣人に向かって、水をねだるとは。

 失礼だが、結構図太いな。

 僕は内心、呆れた。

 だが僕はどちらかというとお人好しである。ねだられるがままに、腰を上げてしまった。

「水ですね。少し待っていてください」

 そう言って、一旦家に戻り、グラスに水を汲んだ。すぐに戻ってくる。

「はい。水です」

 ただの隣人、しかも男に貰って飲むだろうか、と思ったけれどそんな心配は不要であった。

 彼女はぐでっと寄りかかっている姿勢だったというのに、ぱっと体を持ち上げて、グラスを受け取って、ゴッ、ゴッ、と音が立つかと思うほど勢いよく水をあおっていく。

 僕は呆気にとられた。随分豪快な飲みっぷりだ。

 おまけに一気に飲み干して、彼女は思いきり息を吐き出した。

「ぷっはー! 染みるわぁ!」

 まるでビールかなにか一気飲みしたオジサンのような様子であった。僕は何度目かわからないが呆気に取られてしまう。

 だが「水」という要求も満たしたのだ。

 これで本当にいいだろう。

 僕は彼女の腕に触れた。起こして、自分の部屋に行かせるつもりであった。

 なのにやはり、僕の思い通りにはならなかった。

「うー……、はぁー……」

 満足のため息を吐き出した彼女。

 どさっ、と再び音を立てたのだから。

 それは今度こそ、床に倒れ込む音だった。

 僕はやはりあぜんとした。だって、すぐに、ぐぅぐぅとこれまた豪快な寝息が聞こえてきたのだから。


 寝やがった。

 こんな床で。

 しかも僕の部屋の前で。


 少々丁寧でない言葉づかいで頭の中で言ってしまったくらいだ。

 しかしこんなふうにされれば、僕のできることはひとつしかないではないか。

 春先とはいえ、こんな、外で寝かしておくわけにはいかない。

 酔っぱらいであるし、なにより若い女性である。僕より年上なのは確かだが。

 仕方ない。

 僕は大きなため息をついた。

 そしてすべてを諦め、彼女を担ぎ上げ……実に仕方がなく、自分の部屋に苦労しつつも引き入れたのだった。

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