ありふれた言葉をあなたに
リンリンリンと、鈴虫が鳴いている。
そろそろ終わる頃だと思っていたのに、意外と普通に鳴いているものだった。
右耳、左耳。両方から入るその音は、意識して聞いているとゲシュタルト崩壊を起こしそうになるくらいにうるさかった。
住宅街なので、辺りの家が道を照らしている。
道路の右側を歩く。
私は右手で、心音の左手を握っていた。
どこに行くか、アテはちゃんとある。
と言っても、今スマホで近くに何があるか確認したんだけど。
まぁ。近くには、小さめの公園があった。
心音には伝えていないけど、今はそこに向かっている。
私の先の熱い想いは、まだ冷めるところを知らない。
公園に行って、心音の目を見て「付き合って」と言おう。
絶対……言うぞ。
繋いだ右手を強く握り直した。
その公園はすぐ近く。
もう数分もすれば辿り着いてるくらいの距離だった。
緊張のせいか、汗が出る。
腕から滲み出た汗が、肌を伝って繋いだ手にまで流れてくる。
けど。手はずっと握ったまま。その方が、なんとなく良さがある。
お互いに手がドクドクと脈打っている。簡単にそれが伝わる。
だから、心音も何か緊張しているかもしれない。
心音は顔にはあまり出さないけど、その他は結構あからさまなことが多い。
しかし、それも私にとったら全部可愛く見えてしまう。
それ程までに心音のことを好きになっている。
本当に。この人のことを好きになれてよかったと思う。心の奥底から。
スマホを開く。
公園は、すぐそこにあった。
ちょっと駆け足でそこに向かう。
本当に小さめの公園だった。
遊具は、滑り台とブランコと砂場。この大きさにしては結構ある方かな?
それで公衆トイレと、ベンチが二つほど。
それらは、電灯に照らされていた。
考えてみれば公園に来るのなんて久しぶりだ。
どこから子供時代の匂いがしてくる様な気もしてしまう。
そんなノスタルジックに浸りながら、私は手を引いてベンチへと歩いた。
そのベンチへと、二人仲良く腰を下ろす。
会話は無い。
けれど、迷っている暇も無い。
私は深呼吸をして、繋ぎっぱなしの心音の手を離す。
そして立ち上がろうと。
──ブー。
した時に、スマホの震えが私の邪魔をした。
ポケットの震えを確かめる前に心音を見ると、やっぱりスマホを持っていた。
その長方形から放たれる光に、心音の美しい顔が照らし出されている。
私もスマホを取り出して、届いたラインを開いた。
その画面の明るさは、目に刺さって痛い。
『どうして公園に来たんですか?』
そういう問いかけだった。
『ほら。夜風に当たりたいじゃん。心音もそう言っていたし』
送ってから、これは違うと思った。
『確かに。公園はいいですよね』
まぁいいか。
『うん。でも、本当は。別の理由があってさ』
自分の伝えたいことを曲げなれば、それで。
『別の理由、ですか? それって何ですか?』
心音のことが好きなら、それで。
『えっとね。……今から。ずっと、私のこと見つめててね?』
結局。言い切れればいい。
スマホを置き、立ち上がる。
ベンチに座っている心音の顔を。じっと見つめる。
言った通りに、心音も私のことを見てくれていた。
電灯しか照らすものがない心音の顔は、仄かなオレンジ色。
うん。やっぱり、その顔は美しい。それでいて可愛い。
けれどその時、違和感を覚え。その違和感に既視感を覚える。
心音の補聴器。そういえば外したままだった。
これじゃ、心音に私の声が届かないかもしれない。
そういう恐怖に怯えつつも、心音は耳が聞こえないわけじゃないと思い出す。
声量を上げれば、届く。そう信じる。
信じながら。
私は。
「心音!」
戻れない第一歩を踏み出した。
その声に、心音の体がピクッと揺れる。
ちゃんと届いている。
その事実に安心しながら、次の言葉を繰り出す。
「好き。……好き!」
溢れんばかりの私の想いだ。
「だから……!」
あなたに、これを伝えさせて。
「私と!」
一呼吸。
「結婚して!」
浮かんだ言葉をそのままぶつける。
誤字の確認なんてしなかった。
我ながら、愛の詰まりまくった私の告白。
悔いはなかった。
恥ずかしさは、もうめっちゃあった。
けど。私は心音を見つめ続ける。
着飾った言葉なんて、何も言えやしない。
けど、これが等身大の私の想いだ。
「大好き!」
追い打ちの大好きを与えた。
私から、私の意志で言ったのは初めてだった。
心音は顔をゆっくりと顔を下げた。
かと思えば、そこからズビズビと鼻をすする音が聞こえ始める。
僅かだが泣き声……笑い声? そのどっちかが耳に入る。
大きく鼻をすする音が聞こえたかと思えば、顔を勢い良く私に向けてきた。
その顔は泣き笑いみたいな。そういう明るい表情。けど、涙は頬を伝っている。
満足そうにニコリと微笑んだ心音は、元気に立ち上がる。
当たり前だが、目が合う。
刹那、抱きしめられる。
締め付けられるようにぎゅーっと。
私も手を回そうかとしたところ距離を置かれて、私を見つめてくる。
心音の崩れた表情は前も見たけど、その時よりも全然違う。
泣いている。それなのに、顔は笑っている。
初めて見る、心音の崩壊した表情。
唇は凄く震えていて、そんな唇が、ゆっくりと動いた。
「……わ、私も! ……伊奈さんと、結婚。……したい。です。大好き」
張り上げた声から、どんどんと遠ざかるように小さくなる声。
けど。ずっと目を見てくれていた。
告白は成功したんだと思う。
「あと。……遅すぎます」
絞りかすを吐き出すように言われ。脇腹を小突かれる。
恥ずかしさの限界なのか、心音はまた私を抱きしめた。
そんな心音に耳元で、ちゃんと届くように伝える。
「付き合お。心音」
こっちを先に言うべきだったんだと思う。
「うん。ありがとう、伊奈。……さん」
そのありがとうに「こちらこそ」と呟く。
この声は、多分届いていないようだった。
それからしばらくずっと、この状態のままだった。
公園で、電灯に照らされながら。
ただ、この幸せを噛み締めていた。
心音の体温、心音の顔、心音が私に伝えた言葉。
全てを鮮明に、私の思い出に、深く、深く刻み込む。
私は一生、この日のことを忘れない。
九月中頃の日曜日。
私と心音は結ばれた。




