「恋がしたい」と言う婚約者に、婚約破棄をされまして 2 ~貴腐人王妃様の甘いため息~
BL風味があります。
なるべくあっさりと仕上げていますが、苦手な方はバックをお願いいたします。
リュドミラは、この世界に私よりも尊きものはなしと天上天下唯我独尊の道を優雅に歩く帝国の第一皇女として誕生した。
父帝の母である先代皇后は亡く、先代皇后の浪費と我が儘にうんざりしていた父帝は、正妻となる皇后も皇后に次ぐ位の后妃もおかず、権力を持つことのできない側室のみを後宮にそろえた。
故に、皇帝の直系血族として生まれたリュドミラは、生母ですら頭を下げる帝国で最も高貴な女性であった。
美の女神のように美しく整った容姿を持ち、天才肌で何をしても完璧にこなしてしまうリュドミラは、とても退屈だった。豪華な宮で命の忠誠を誓う崇拝者たちに傅かれ、姉の権利として次期皇帝となる弟を顎で使う毎日が。
そんな時、婚姻政策としてリュドミラは、帝国と並ぶ強国である王国の王妃となることが決定した。
万歳をして感涙に咽び泣く弟を、軽くいい子いい子して土下座の姿勢をさせて皇宮からの出立を見送らせ、リュドミラの星をも呑んだという伝説の大蛇のごとき婚礼の長い隊列は旅立った。
リュドミラの夫となる王国の若き王は、知に優れ武に優れ君主として不足のない英邁な、氷の如く冷たい双眸をした絶世の美貌の若者だった。
溶けることのない氷河のように冷え冷えとした表情の夫に、リュドミラは指先まで気品のある所作で雅やかに微笑したーー同類だ、と。リュドミラは生まれて初めて、自分と同等だと思える人間を得た。それは若き国王も同じであったようだ。
リュドミラと国王は、まるで戦友のように親友のようにお互いを高めあい語り合った。男女の情愛はなかったが、深い信頼があり友愛があった。
そして、その日がやってきた。
普段はそれぞれの執務室で仕事をしているが、その日は大事な夜会の打ち合わせのためにリュドミラは国王の執務室に来ていた。
「陛下」
若い銀髪の文官が国王に書類を差し出すのを、何気なく見ていたリュドミラは衝撃に目を見開いた。
誰も気が付いていないが、国王は無表情のままに見えているが、口元がほんの僅かに上がっていた。
エ?
国王の感情の色を宿したことのない目が、ほんの少しだけ嬉しげに細められる。
エ?
書類を受け取る国王の手が、整えられた指先が、コツンと当たり、国王が謝罪する文官に鷹揚に頷く。
イマ、ワザトアテテイマシタデスヨネ。
1秒にも足らぬ、僅か、微か、些か、纔かの出来事にリュドミラは呼吸を忘れた。息は止まり、でも目と耳はしっかりと全開の状態で、心臓がうるさくドクンドクン鳴っていた。
若い文官はホッとしたように笑顔をみせ礼をする。さらり、と長い銀髪が月の光が散らばるように流れた。
国王の視線が文官に固定されているため、顔を上げた文官とほんの一瞬だけ視線が絡む。
閨ヨリエロイ……!
退出する文官の背中を追う国王の目の奥に灯る甘い蜜を燃やすような火に。
一瞬触れた指先を口づけするように、唇にあてる国王のせつなげに漏らす小さなため息に。
ズバキューーン!
な、何故かしら? 胸が痛いわ。
な、何故かしら? 鼻は奥が熱いわ。
誰も気が付いていない。誰も気がつかなかった。鋭い観察眼を所有するリュドミラであったからこそ、国王のほんの僅かな変化をうっかり見落とすことも見逃すこともなかったのだ。
その夜、リュドミラは寝室で国王をキリキリ締め上げた。
しらを切っていた国王だが、リュドミラは蛇より執念深くしつこかった。
物理的に皮膚が痛くなるような沈黙の末とうとう国王は、
「……愛しているのだ……」
と魂を吐き出すようにリュドミラに告白した。
「彼に告げるつもりはない。彼には相愛の仲の良い妻がいるし、この気持ちを打ち明けたとしても、俺は国王だ。彼は、拒絶できない。俺を拒絶することができないんだ……」
国王は口ごもりつつも、美しい顔を仄かに赤らめさせ言葉を綴った。
「彼とは同じ年に、俺は国王に彼は子爵になったんだ。彼は、月が地上に降り立ったように美しくて俺より年下なのに、子爵として申し分なく文官としても優秀で。彼は、6ヶ国語に精通しているのに、時間をみつけては勉強していて、凄く努力家なんだ。彼を見ていると俺も施政者として、と思って……。最初は恋ではなかった……、しかし、恋をしていた」
キュゥゥゥン!
けなげ! かわいい! リュドミラは悶絶する悦びに豊かな胸を押さえた。
「すまない。妻であるリュドミラに言うべきことではなかった。俺は彼にも誰にも生涯秘めたままでいるつもりだったのだ」
氷の魔王と呼ばれる国王の顔が苦悩に歪む。胸を押さえるリュドミラがショックを受けていると思ったのだ。
「いいえ。話して頂くようにねだったのは私ですわ。陛下は何も悪くありませんっ!」
がっちりとリュドミラは国王の手を取った。脳の奥が熱く身がジリジリと焦がれる。
「陛下のお気持ちを知ることができ、私は嬉しいのです。私は陛下のお気持ちを応援したいと思っているのですっ!」
好奇心は、猫を殺す。
その夜、退屈だった世界線は消え、リュドミラは新たな扉を開けてーー深い沼へと一歩を踏み出した。
そして、わかったのが国王は乙女よりも純情でヘタレだったこと。
国王が望めば銀の子爵は断れない。わかる、わかるけれども、せめて談笑する姿くらい拝みたいではないか。肩を抱いて顔を近付けて。もっと、もっと、もっと、もぉぉぉっと、不純なコースに突入してくれてもいいではないか。
なのに見ているだけ。陰から守り助けるだけ。
何しろ子爵はとても美しい。子爵もアブナイが、子爵の娘が社交界でいじめられている時も、肉体的に危害を加えられないように影を付けて守っていたりもしたけれども。
だからリュドミラは周囲に目を向けた。せっかく女性としては大陸で一番権力と財力を持っているのだ。
いるではないか。騎士や文官や侍従が畑のじゃがいものようにゴロゴロと。
目と耳と心眼を研ぎ澄ませれば、脳髄が痺れ心踊る存在があちらにもこちらにも。
あの文官があの騎士を、柱に隠れて見ている熱い眼差しは?
あの騎士があの騎士に、いつもふざけるように抱きついているのは?
あの侍従とあの侍従が、朝同じ時間に仲良く出仕してくるのは?
ほら、あちらにも。
まあ、こちらにも。
滾る欲望のままにのめり込んだリュドミラは、王国と帝国で同性婚を許可させた。
帝国で皇帝となっていた弟は難色を示したが、リュドミラが軽~くいい子いい子をしてあげると泣きながら土下座をして、同性婚を法的に成立させた。
そうして国王のひっそり見守るだけの片思い歴20年目(ずっと影を張り付けているのでストーカー歴20年とも言う)、激震が襲った。銀の子爵が王国から出るというのだ。
「陛下、肚を括って下さいませ。子爵が出国してしまえば、今までのようにこっそり顔を見ることすらできなくなるのですよ」
「……しかし、子爵に嫌われたら俺は生きていけない……」
ポケットからちっこい子爵人形を取り出し、国王はいじいじ撫で擦る。本物に手が出せない国王は、いつもポケットにちっこい子爵人形を入れて持ち歩いているのだ。
喝! リュドミラは扇子を国王の鳩尾に入れたくなったが寸前で我慢した。
「大丈夫です。子爵は陛下をとても尊敬していますし、妻を亡くし娼館にも通っていませんから肉欲が貯まっているはず。今がチャンスです、まずは肉体から虜にして落とすのです! ヘタレから脱皮なさいませ!」
きっぱりと、他人が聞けば聞き間違いかと耳を疑うようなことを大国の王妃が言って、夫である国王の背中を押す。
「今日、子爵の娘も陛下の弟君がお持ち帰りする予定です。陛下もこの機会に子爵を王宮にお持ち帰りなさいませ! 薔薇の褥を用意してお待ちしておりますから!」
さすがに齧り付きで、とまでは貴腐人であるリュドミラも言わなかった。
「行くのですっ!!」(私のためにっ!!)
こうして無事に? 子爵父娘は国王兄弟にお持ち帰りされたのだが。
国王が20年のヘタレを返上できたのかは、リュドミラのベッキリ折られた扇子を見るまでもなく、言うまでもなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。