傘は尖っていない
初めての投稿ですので、むちゃくちゃだと思います。最後まで読んでいただければ幸いです。
「犯人が分かりましたよ。」
若手刑事の椎名はそう言った。
和室にはこの事件の関係者が集められている。
烏屋智、その妻恵、智の兄貴志、その息子竜二、そして智と貴志の父であり、殺された被害者の千代の夫、一徹。
「犯人は、千代を殺した野郎は誰なんだ!」
無理もないが、一徹は手のつけようがないほど怒り狂っている。全員で囲んでいるテーブルを、ひっきりなしに叩いている。
「おい、本当にわかったんだろうな。」
「早く教えてよ。お義母さんを殺した犯人を。」
智も恵も一徹に便乗し、椎名を問い詰める。
椎名の上司の佐々木が心配そうに見つめている。何か問題を起こされては、自分の責任問題だからだ。
いい加減出世しないと、家での居場所がなくなる、そんな心配もしていた。
そんな心配をいざ知らず、椎名は自信満々に話し始めた。
「まず、この事件の概要を整理しましょう。被害者はこの駄菓子屋を経営していた、烏屋千代さん。死因は、鋭利な物による心臓を一突きされてのショック死。遺体はこの和室の隣の部屋にありました。部屋を荒らされた形跡がありますので、金目的の犯行かと思われます。しかし、千代さんが抵抗した痕跡は見られません。」
椎名は一息吐いて言い放った。
「よって、私はこの中に犯人がいると考えています。」
椎名の言い放った言葉に全員が驚いた。
「なんで俺達が疑われるんだよ。俺たちは千代婆ちゃんの家族だぞ。意味わかんねえよ。」
竜二が言う。
「竜二の言うとおりだ。俺たちが疑われる意味がわからない。それなりの根拠があるんだろうな。」
貴志も言う。その目には明らかに怒りが籠もっている。
「まあまあ、落ち着いてください。では」
そこで、佐々木が話を遮って、椎名の腕を引っ張り、隣の部屋つまり、犯行現場に連れていった。
「おいおい、大丈夫なのか。」
佐々木の心配を余所に、椎名は楽しそうに答えた。
「何がですか?」
と言うよりは、佐々木の心配を理解していなかった。
「何がですか、じゃないだろう。」
佐々木が困りきった顔で、頭をポリポリ掻きながら言った。
「お前、わかっているのか。誤認逮捕したらどうなるのか。責任問題だぞ。」
「そうですけど、それが何か問題なんですか。責任は僕だけなんですから。」
その言葉を聞き、佐々木は遺体の形の白テープの周りを、ぐるぐると永遠と思わせるくらいに、歩き回った。何周回ったかわからない後で、口を開いた。
「あまり言いたくはないが、お前のミスは俺のミスになるんだよ。俺の責任問題になるんだよ。それだけは止めてくれよ。」
「なんでですか。」
佐々木はその場に頭を抱えてしゃがみ込んで、大きなため息を吐いた。佐々木の負のエネルギーを全て集めたようなため息だった。
「お前はどれだけ天然なんだ!おまえのミスが、俺の責任問題になり、出世問題に関わるだろうが。」
椎名は、やっとわかったのか、閃いた顔になった。
「ああ、そういうことですか。」
椎名は佐々木に笑いかけて、
「だったら、大丈夫ですよ。」
椎名は全員が集まっている隣の和室へのふすまの取っ手を持ち、言った。
「犯人は確実にわかりますよ。」
「わかる?」
「はい、まだわかってないんですよ。」
「………………。わかってない?お前何言ってるんだ。わかったから、ああ言ったんじゃないのか。」椎名は佐々木の心配を理解していないので、全然焦ってない。
佐々木の心配がピークに達し、ついにはその場にへたり込んだ。
「大丈夫ですよ。責任問題にはなりませんから。直ぐに出世できますよ。」
顔面が真っ青の佐々木を置いて、椎名はふすまを開けて元の部屋に戻っていった。
「何してたんだ。」
一徹が聞いてきた。
「いや、特に問題はありませんよ。では」
椎名は1回咳き込んで、自信満々の顔で話し始めた。
「一徹さん、千代さんはどんな性格でしたか。」
「どういうって、几帳面な性格だったな。ちょっとしたことにも、気遣ってたしな。」
「やっぱりね。」
椎名は笑いを堪えようとしていたが、どう見ても堪え切れていなかった。
「いや、失礼しました。千代さんの箪笥を物色していたら」
スーツの内側に手を突っ込みノートを取り出し言った。
「これ、家計簿が出てきたんですよ。」
家計簿は使い古されていて、折り目が多量に付いていた。
「あいつ、そんなもの付けてたのか」
一徹はその家計簿をマジマジと見て
「随分と使い古されていないか」と言った。
「そうなんですよ。これ何の家計簿かと言いますと、駄菓子屋の売り上げの家計簿なんですよ。」
皆が椎名が見ているのをのぞき込んでいる。
智が言う。
「随分細かくつけられているな。」
「収入支出だけでなく、どれがどれだけ売れたかまで書かれていますね。」
恵も見ながら言った。
「はい、こんなのを毎日つけてたんですから大したものですよ。」
ページをペラペラめくりながら、椎名が言った。
「この部分を見てほしいんですよ。」
皆が椎名が指さした場所に視線を集めた。
そこには
「傘型キャンディー8本」と独特の字で書かれていた。
「これはなんですか。」
竜二が椎名に訊いた。
「今日売れた数です。ええ、千代さんの死亡推定時刻が午後六時半くらいですから、正確にはそれまでに売れた数なんですが。」
ノートに一度視線を落とし、また正面を向いた。
「そして、私たちが到着してから、皆さんには移動してはいけない、と言っていましたので、誰も部屋から出ていじってはいません。」
「何をいじっていないんだ?」一徹が言って急かす。
「傘型キャンディーですよ。まあ、いじる必要もないと思ったのでしょう。好都合なことですよ。残っているキャンディーの数を数えに行きましょうか。」
「数えに行く?」
「ええ、それが重要なんですよ。」
そう言いながら椎名は駄菓子売場に向かっていった。
その顔は自信を無くしそうではなかった。
売り場で傘型キャンディーが売られている場所を探していると、佐々木がよろけながら近づいてきた。
「もう、おまえ面倒くさいから、勝手にしろ。責任は」
「責任は?」
「仕方ないだろう、俺が取らなきゃ。」
渋々と言えど、佐々木が責任を取ることになった。そのお陰で、顔がサッパリしていた。
「これだろ、その傘型キャンディーとかいうのは。」
貴志がキャンディーが入ったケースを持ってきた。
プラスチックの箱で蓋はオレンジ色のよく見るタイプの箱に入っている。
「じゃあ一徹さん。この箱に書かれている初めから入っている本数から、この家計簿に書いてある数を引いて正しいかチェックしてください。」
「どうしてそんなことするんだ。」
椎名が一息置いてから答えた。
「隠していても仕方ありませんね。じゃあ、言います。今回の事件、凶器はこの傘型キャンディーなんですよ。」
誰もが驚きを隠すことが出来なかった。
そして、誰より驚いていたのが、佐々木だった。今まで刑事をしてきたが、そんな凶器は見たことがなかった。
「とにかく、一徹さん。数えてください。それで傘型キャンディーが凶器だとわかりますから。」
「本当なのか?」
そう言いながら、一徹は数えていくと、黙り込んでしまった。
「どうかしましたか」
佐々木が一徹の顔を覗き込んだ。
一徹の顔には困惑がありありと浮かんでいた。
「一本足りない。」
一徹が小さな声で呟いただけだが、その声は全員が聞き取っていた。
椎名は、してやったりという顔をしていて、他は全員一徹と同じ顔になっていった。全員頭が混乱してきたのだ。
無理もないだろう。キャンディーで人が殺されるなんて、常識的には考えられないだろう。
「そうなんです。一本足りないんです。箱に元から入っている数から、閉店の五時半までに売れた数八本を引くと。それはなぜか。犯人がキャンディーを凶器に使ったからです。まさか、凶器を売場には戻さないでしょう。つまり犯人は、五時半から六時半までの一時間にキャンディーを盗んだんです。そして凍らした。」
「凍らした?」
佐々木が質問する。
「ええ、凍らして、削って凶器を作ったんです。」
佐々木の唖然としているのを、椎名は無視して話し続けた。
「それで千代さんは殺害されたのです。」
一徹が唇を震えさせながら、怒りを露わにしている。
「そんなふざけたもので、千代が……千代が。」
「ええ、非常に残念です。こんなもので。」
椎名はそう言いながら、箱から傘の柄の形をしていて、きれいに赤と白のしま模様でできた砂糖の塊を取り出し、マジマジと見つめた。
売り場は言いようもないほどの暗い空気となった。
一徹がその場に座り込んでしまい、立ち上がりそうにもない。智が重い貝の口を開けるかのように、ゆっくりと開き、じめじめとした空間に言葉を放った。
「つまりだ。母さんは、店を閉め、家計簿をつけた後に、六時半頃に、その駄菓子で殺害されたのか。」
「そう、今までの条件を全て整理すると、千代さんの家族のもので、五時半から六時半までの間に売り場に入り、キャンディーを盗むことのできたもの。」
「誰なんだ?」
皆が一斉に質問した。
「一人ずつ整理しましょう。まず、智さんは会社にいたので、物理的に不可能です。妻の恵さんも買い物に行っていたので、こちらも物理的に不可能。貴志さんは、家で暇をしていただけなので、可能。アリバイがありませんからね。」
その瞬間、貴志が椎名の肩につかみかかった。
もう少し怒っていれば、そのままその拳を、貧弱そうな椎名の頬にぶつけ、歯の一本や二本軽く折ってしまいそうだった。
幸いそうなる前に、椎名がなだめた。
「落ち着いてください。まだ、あなたが犯人だなんて決めつけていませんから。まだ、いるんですから、アリバイのない人は。息子さんの竜二君もアリバイないですよ。自分の部屋でギターをしてたんですから。竜二君が犯人かもしれません。」
今度は暇を与えてもらえなかった。
その言葉を言い終わると同時に拳が椎名の頬に当たった。
椎名はプロに蹴られたボールのように、勢いよく売場の棚にぶつかった。
棚は次の棚にぶつかり全て倒れた。金属製だったので、激しい音が耳を襲った。しばらく椎名は立ち上がることができずに、棚にもたれていた。
そこに貴志が椎名に怒鳴り散らした。
「貴様、ふざけるな!俺ばかりでなく、息子の竜二まで疑うのか。何をしているのかわかっているのか。責任取れるのか。」
椎名はゆっくりと起き上がり、服に付いた汚れを払い落として、深くため息を吐いた。
「また、責任ですか。わかりましたよ、それだけ言うならわかりましたよ。どうなろうと責任取りますよ。佐々木さんではなくて、僕が取りますよ。」
佐々木はその言葉に何も言わなかったが、顔には見るからに安堵が浮かんでいる。
「とにかく、貴志さんあなたと、息子の竜二君、そして」
椎名はそこでゆっくりと向きを変えた。
「千代さんの夫の一徹さんにもアリバイはありません。つまり、容疑者は三人に絞られたわけです。」
智が椎名を指さしながら言う。
「父さん、良いのか?こんな奴に、犯人だと疑われてるんだぞ。兄さんも竜二もだ。」
すると、竜二が一番冷静に答えた。
「叔父さん、大丈夫だよ。この中に犯人なんているわけないんだから。」
「そうだ、智。誰が千代を殺すと言うんだ。この刑事が勝手に言っているだけだ。」
椎名の立場は、犯人を見つけだす名刑事から、一気に地の底まで落ちた。
佐々木は、椎名がああいうことを言った以上、全く手を貸すつもりが無い。商品の棚を直して、駄菓子を見つめている。すると、椎名は諦めたかの如く話し始めた。
「正直、犯人わかってないんですよ。」
………………………。
部屋の空気が一瞬にして凍り付いた。
皆がその言葉に、驚きもせず、怒りもせず、呆れずに唖然とした。
貴志が凍り付いた空気をその言葉で溶かした。
「貴様、人を容疑者扱いしといて、犯人が分かってないだと。ふざけるのもいい加減にしろ。」
今度は椎名の襟をつかんだ。
「ちょっと、ちょっと。暴力はもう止めましょう。わかってないとは確かに言いました。けど、わかってないだけで、当てが無いわけではないんです。ちゃんと絞り込みました。」
「同じだ。犯人が分かってないことには。それに、まだ、俺たち家族を疑っている。」
「なんと言われても、恐らくそれは変わりません。とにかく、僕の話を聞いてください。」
椎名は一呼吸置いてから話し始めた。
「凍らして作った傘型キャンディーで千代さんを殺害した犯人はどこにそれを隠したのか。ゴミ箱なんかに捨てれば、一発でバレます。では、どうするのか。答えは」
椎名は自分のお腹を指さしながら
「ここです。」と言った。
「食べた?そう言いたいのか。」
「ええ、そうです。貴志さん。犯人は食べたんです。殺害後、凶器を食べたんです。」
「しかし、それでは凶器の発見が不可能では。」
佐々木が不安そうな顔で質問した。
「確かに、発見は不可能です。しかし、このことにより、僕が疑っている容疑者を二人に絞り込めるんです。」
「どういうことだ。」
「簡単なことです。まず、答えから言いましょう。これで容疑から外れるのは、一徹さん、あなたです。」
一徹は当然という顔をして言った。
「当たり前だ。そもそも、千代を殺す奴がこの家族に」
「もう、わかりましたから。とにかく聞いてください。」
「どうして、一徹さんは容疑から外れるんだ。」
「一徹さんが、注射をしているからです。」
「注射?何のだ。」
「糖尿病のです。糖尿病は定期的に注射しないといけませんから。その注射器が見つかったんですよ。」
「そうか、そういうことか。」
「佐々木さん、わかりましたか。そういうことです。糖尿病の人が砂糖の塊の雨なんか食べますか。普通に考えれば食べないですよね。自殺するようなものですし。」
次の瞬間、貴志の顔が曇った。と言うよりは、血の気が失せたという方が正しい。それ以外の全員もすっかりと黙り込んでしまった。
「みなさん、どうしたんですか。」
椎名が不思議そうに全員の顔を見つめて言った。
「もしかして」
そう言いながら、椎名は売場を後にして、和室に向かった。
全員が後を追う。
椎名がタンスを開けて、物色し始めた。
それを貴志が、血相を変えて取り押さえようとした。
椎名が必死に抵抗しながら、言った。
「佐々木さん、貴志さんを取り押さえてください。」
「な、何でだ?」
「良いから、早く!」
「わ、わかった。」
佐々木に取り押さえられた貴志は、全力で佐々木をどかそうとするが、佐々木の力の方が強い。
家族のものは、どうすればいいか、困惑している。
「あった!」
注射器の入った袋をつかみ、椎名が叫んだ。
「何があったんだ。」
佐々木が貴志を抑えながら、訊いた。
「注射器です。烏屋竜二様と書かれた注射器がです。」
貴志の顔から生気が消え失せ、力も抜けた。佐々木も取り押さえる手を離した。
「なぜ竜二君の注射器があるんだ。」
智が言った。
「竜二も同じなんです。父さんと。」
「同じ?」
竜二が自ら説明した。その目は、必死に悲しさを堪えている様に見えた。
「俺も糖尿病かもしれないんです。じいちゃんほどではないですけど。甘いものは、もう、しばらく……。」
皆が竜二に注目している間に、誰かが叩かれた音がした。清々しいほど軽快な、しかし事実上はとても悲しい意味を持つ音が。
「貴志、お前、どうして千代を、どうして千代を殺した!実の、世界にたった一人の、たった一人の母親だろうが。」
貴志が間髪入れずに、言い返した。
「実の母親だからだ。」
その目は誰も見たことのない、ましてや、父親に見せるような目ではなかった。それほどにまで憎悪が溜まっていたのか、全て諦めたせいなのかは、わからない。
「どういうことだ。」
「実の母親にあそこまで言われるとは、正直思っていなかった。」
「だからどういう意味だと訊いているんだ!」
「仕事失敗したからな。」
「仕事?仕事って、お前がしていた事業のことか?」
「そうだよ。」
「でも、お前、その事業は確か失敗して、倒産したんじゃなかったのか?」
「そうだよ。だから、この家に来て、まぁ居候のようなものして、駄菓子屋手伝ってるんだよ。でも」
「でも、なんだ。」
「本来はそんなのが、目的ではなかったんだ。」
一徹の顔に、怒りが積もり積もっている。
「だったら、何が目的だったんだ!」
貴志は目を閉じ、ため息を吐いた。そして目を開け、冷たい目を一徹のみならず全員に向けた。
「金だよ。」
「金だと!金のためにそんなことを。」
「こういう時は、仕方なかったって言えばいいのかな。事業に失敗したら当然金がかかるだろ。だからさ。」
一徹の拳が、貴志の顎をとらえた。一度立て直した棚が、また大きな音をたてながら、倒れた。
貴志は、ゆっくり立ち上がり口元を拭った。目は殴られたことを全く気にしていなかった。
「貴様!殺してやる!自分の息子と言えど、関係ない!この手で、殺してやる!」
「ああ、そうしてくれ。まだ、借金があるんだ。殺してくれたほうが楽だよ。」
貴志は、そこで首だけ竜二のほうに向けた。
「ああ、そうだ竜二。安心しろ。俺が死ねば、借金は自動的に無くなることになってるから。息子に借金は残さないよ。安心してくれ。」
そして、首だけ一徹のほうに向けなおした。
「さあ、父さん。一思いに殺してくれよ。痛いのは嫌だからさ、楽にな。それでもって、父さんの気が晴れるような殺し方でさ。そうだ、包丁で心臓を一突きしてくれよ。痛みはあるけど、それくらいしないと、イーブンにならないだろ。なんなら、あの傘型キャンディーで殺してくれよ。ちょっと時間があれば、用意できるもんだ。」
「それは、無理だよ。」
カシャという音を立てて、貴志の腕が銀色のわっかでくくられた。面倒くさそうに、佐々木が鎖の部分を持っている。「離せよ。惨めな思いをするくらいなら、死んだ方がマシさ。」
「父さん、十分惨めさ。殺人なんて。」
竜二の言葉が響いたのか、貴志は座り込んでしまった。
「俺は智が憎かった。」
「何でだよ、兄さん。」
「お前には、才能があった。その証拠に大学、就職と全てエリートコースだ。けど、俺はどうだ。昔から落ちこぼれさ。それでもなんとか事業を開始することができた。けど、それも倒産。残ったのは、借金のみ。妻はいないから、せめて竜二にはがんばってほしかった。だからすがる思いで母さんに頼んだよ。金を貸してくれって。そしたらなんて言われたと思う?」貴志が下を向き、狂ったように笑いだした。
竜二の目には光ものが、少しだけ見える。
「お前みたいな、落ちこぼれに貸す金なんてあるはずがないって言われたよ!実の母親が息子に言う言葉か、それが!?訳が分からなくなったよ。その瞬間だ、殺してやろうって考えたのは。けど、止めた。どうせなら、バレないように、そして金が手にはいるようにしないと意味がない。だから、ああいう風にしたんだ。母さんには保険金があったからな。それが手に入れば、せめて、竜二に苦労させずに済む。才能を開花させることができる。だからさ。でも、これで人生終わりだな。ゴメンな、竜二、みんな。迷惑かけてしまって。面会とか、そういうのは良いから。じゃ、刑事さん、連れてって下さい。」
佐々木が背中を押しながら、連れて行く。
玄関にはついさっき呼んだパトカーがある。
ドアが開き、貴志が手が使えないので背中を丸めて入る。テレビのように、布は被されてはいない。
駄菓子屋周辺には、警察が一時は退けたはずの野次馬が群がっている。
「刑事さん、ありがとよ。」
一徹が椎名に言った。目には涙が溜まっている。いろんな意味を含んだ涙だろう。
「面会行ってあげて下さいね。絶対に喜ぶはずですから。では、僕もこれで失礼します。」
椎名は一礼した後、群がる野次馬に向かって行った。
野次馬を掻き分け、パトカーのドアを開ける。椎名、貴志、佐々木の順に座っている。
車が発車しようとしたとき、椎名は駄菓子屋を見つめた。彼らがこれから背負う辛い現実を思うと、心が痛んだ。
自分は正しいことをしたはずなのに、今回のような事件だと、スッキリしない。
苦々しい思いをしている椎名を乗せたパトカーは、駄菓子屋を後にした。