夜明けと噴水公園
「はあ、はあ、間に合ったかな。」
もうすぐ夜が明ける。人間の町の噴水公園の大噴水の手すりに寄りかかった。空は群青色でまだ星が瞬いていた。
ユウナさんは何時に来るのだろう。シエルは今日一日待つつもりだった。夜明け前の公園は誰もおらず、ひんやりとしていてとして噴水も止まっていた。
静かだ…
魔法、教会、家、人間、聖女、…くそ、ウェンディが余計なことを言うからだ。しかし彼女が言っていることは正しい。魔法使いは人間と違う。肉体、力、考え方…。人間と結婚した魔法使いがいなかったわけでは無い。現に妹は人間に嫁いだ。しかし妹は自身が魔法使いであることを夫に伏せた。そして生まれた子供には成人の日に魔法使いになるか人間として生きるか選択させたのだ。そして甥姪は自分達の意志で人間として生きることを選んだ。
翻って国教会の関係者であるユウナさんは魔法を受け入れるか。子供が魔法使いになることを受け入れるか。絶対に「否」だ。群青色の空の下でシエルはグルグル考えていた。
そろそろ、日が昇る。
「ユウナさん」
思わず声が出た。誰もいないのに…
「…、はい?」
すると突然噴水の裏手から声が聞こえた。これって、まさか、まさか、もしかして…
「ユウナさん?」
「はい」
「ユウナさん。」
「はいっ」
裏手に向かう俺。向こうから迫る人影。ゴツン。
「あいたっ」
声が重なる。
「ユウナさん」
「はい」
「ユウナ…」
「シエルさん。」
さっと東の空が明るくなる。白く透き通った光が群青色の空を淡い青に染めていった。そしてそれに呼応するように星座がその身を昼間の役者達に譲って舞台から降りていった。
その強烈な白い光が、やがて互いの顔をはっきりと浮かび上がらせた。
「シエルさん。私、謝らなければなりません。あのときは動転して。あの子は私の大切な家族です。でもあなたは見知らぬ者に刃を向けられた。防衛するのは当然ですわ。ゴメンナサイ…。」
伏し目がちに謝る彼女。
「…。いいえ。こちらこそ暴力に訴えてすみませんでした。あの子は大丈夫でしたか?」
罵倒されることを覚悟の俺は彼女の意外な言葉に、震えるように言った。
「…。ええ怪我も僅かで、今静養中ですわ。直ぐに回復するでしょう。」
顔を上げた彼女の声も心なしか震えていた。
「流石聖女ですね。」
つい口が滑る。彼女の顔が一瞬強ばったがすぐ元に戻った。そしてまた伏し目がちになった。
「…ええ。回復の聖力はあまり慣れておりません。気が動転すると上手くいかないのですわ。あれは結果的に大量の聖力を流しただけ。大半がこぼれてしまったわ。でも大半がこぼれたということは大きな怪我が無かったということ。後は医術の心得もあるのでそれで治療したのですわ。聖女としては未熟…。」
「そうですか。医術の心得もあるのですね。それは凄い技術です。」
嬉しそうな切なそうな顔を見せるユウナさん。妹や女友達がこの場にいたら、この神経ゴボウ男に確実に蹴りが入っただろう。聖女と言われてユウナさんがどう思うのか…それを必死に取り繕っているのが…この男は気が付かない。
「…、かなり早い待ち合わせになってしまいましたね。」
ユウナさんが話題を変える。
「…ええ、お互い夜明け前に来ていたのですね。」
「「遅れないように。」」
声が重なる。
互いに一瞬驚いて、顔を合わせる。
お互いに笑い合う。
そして、笑い声が止み、お互い見つめ合う。
男の手が女の顔に触れる。
女はその手を払わない。
おずおずと体を寄せ合う二人。
シルエットが重なり合い…
ラブコメは省略。
「さあユウナさん。今日はまだ時間が沢山あります。昨日のデートの続きをしませんか。」
男はさっと跪き大げさに礼をして、彼女に訴えた。
「喜んで。貴方となら、といいたいところですけど…お昼前には戻りますわ。あの子が心配ですの。」
貴公子が姫を誘うような仕草に彼女は頬を赤らめたが、仕事があるのだ。
「…、ではどうでしょう。あの娘のお見舞いに私も行くというのは。というのも怪我をさせてしまって気がかりなのです。」
複雑な表情を見せる彼女。あれっ、何かあるの?
「…。(まあ良い機会でしょう)」
「何か言いました?」
「いいえ、なんでもありませんわ。そうして下さると嬉しいですわ。」
「でも神殿の宿舎に一般人が入るのは大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですわ。私が許します。あの子のお見舞いに来て下さい。」
「それは良かった。」
「では早速、神殿に参りましょう。」
「でもお見舞いに手ぶらでは…。」
「そんなこと気にしないで下さい。」
ぐいぐい引っ張るユウナさん。
やっぱり積極的な人ですね。まあ、後日届ければ良いか…。新鮮な光に照らされた木々に小鳥たちが歌う朝。石造りの道を神殿へと急ぐ若い男女の姿があった。