来訪者と約束の時間
「ピピピピ。」
「あっ、」
小鳥が囀りながら空中を舞っている。俺の魔法作品。名付けて、小鳥型目覚まし君2号だ。一号は数回の使用で、爆発してその役目を終えた。時間をセットすると、その時刻に空中を舞って飛び囀る。起きないと徐々に声が大きくなり、さらに無視すると寝ている役立たずを嘴で突っつく仕組みなのだ。いつも起動する前に目が覚めるが、今日は寝過ごした。突っつかれる前にベッドから体を起こす。
まだ外は暗い。しかし後数時間で夜が明ける。ランプに火を灯して眠い目を擦る。少し腫れぼったい。昨晩はしこたま泣いた。
「はあ、ユウナさん。明日、会いましょうね、か。憂鬱だな。」
彼女も動揺していたので時間も告げられなかったが、日の出前に昨日の場所に行くつもりだ。何を告げられるのだろう。良く分からないけど、彼女の怒りに触れた。弁解の余地は無ので、非難と別れを切り出されたら素直に受け入れる。
憂鬱だ。
鏡の前に立つとローブ風のだぼっとした寝間着に身をくるんだ見かけ17・8歳のチビが映る。おかっぱ女と同じくらいの身長だ。ユウナさんはおかっぱより少し大きいから、彼女は必然的に自分より大きい。はあ、童顔もさることながら、身長でも舐められるのだろう。
さて朝ご飯。胃がシクシク痛のでヨーグルトにする。自家製ヨーグルトは大量に仕込んである。
運ぼうとした瞬間、
ドンドンドン、
扉が叩かれる音が響いた。
誰だ、こんな時間に非常識な奴だ。師匠か?
「はいはい、ただ今。」
森には結界が張っているので知り合いしかこの森にはいない。それで扉を叩くような生物は自ずと限られる。
「師匠、いい加減にして下さいよ、何時だと…。」
「きゃあ、シエル、久しぶり、元気にしてた?」
扉を開けた瞬間にいきなり押し倒された。後頭部を思いっきり地面にぶつけて、視界が白黒になる。
「おまっ、お前、何すんだよ。」
「だって、手紙出しても素っ気ない返事でしょ。もうオコだよ。」
倒れた体の上に馬乗りになっている小女。緑がかったショートの髪、卵形の輪郭、目はまん丸で頬骨が高く、くるくる変わる表情、すこし幼い声。幼なじみの他家の魔法使い。今年350歳。五月蝿いので少し苦手。
「来るときは、連絡くれよ。」
テーブルに案内してお茶を出す。
「だって、連絡しても返事遅いでしょ。返事もらう前に来た方が早いよ。」
確かに相手の方が正しい。
「それで何だよ。」
「あー、これ美味しー。何、何、このお茶。」
「カモミール、それと薬草、数種類。」
「あー、やっぱりシエルのお茶最高。さすがナタ家だね。」
自分家は癒し魔法の家系なので薬草は大量にある。
「それより用は何だよ。」
「あのね、リリアムとも話したんだけどね、今度の集会、シエルも強制参加だよ。なんでも重要な発表があるんだって。」
もうその時期か正直げんなりに思う。50年ぐらいに一度、古い魔法の家系同士の集会があるのだ。魔法における基本を完全に伝えている家が対象の集会だ。我が家もその一つであり歴史は相当古いと聞いている。亜流の魔法家もあるが、魔法という分野では質・量とも我らの家々の魔法魔術の蓄積には到底及ばない。
「俺は行かないぞ。」
「でも、シエルさぁ、ナタナエル家の当主が参加しないのはどうかと思うよ。」
「だから、家とか、他家とか、嫌なんだって。面倒くさいし、やつら、若輩の自分を馬鹿にしてるし。」
「馬鹿になんてしてないよ。むしろうちの親なんか大歓迎だよ。それにさ、どうすんの、跡取り。ナタナエル家が絶えたら魔法界の損失だよ。そんな引き籠もりじゃ、嫁の来てもないだろう?」
痛いところを突かれて一瞬口籠る。昨日までは可能性があったんだ。昨日までは。
「まあ、私が嫁になっても良いぞ。それか家に婿に来るか。親は大歓迎だってさ。」
「ゲホッ、冗談いうな。」
飲んでいた茶を吹き出す。
「なーによう、冗談じゃ無いわよ。私はさあんたと結婚したいと思ってたんだから。」
押っ広げに自分思っていることを言う性格にこちらが赤くなる。
「…。」
「照れちゃって可愛い。それにさ、あんた、トーラ、覚えている?。あいつもさ、あんたのこと好きなんだよ。でもあいつには渡さない。シエルは私のもの。」
トーラか、随分合ってない。赤毛ワイルドヘアーの革ジャンTシャツ皮ジーンズの派手な女の子だった。小さいときはよく遊んだが、ここ数十年は会ってもあんまり反応してくれなくて会話も挨拶程度で終わっていた。最後に会ってからやはり50年くらい経っている。
「そんなにモテてたなんて知らなかったよ。」
実際驚く。
「あんた、自分の魅力知らないんだよね。いっつもフードで顔隠してさ。勿体ないよ。その顔で笑顔向けられたら、女なんかイチコロだよ。」
へー、そうなのか。
「でもそれで良かったよ、変な女に目付けられなくて。」
「変な女?」
「たとえば人間の街に行くときとかさ。でも引き籠もりのあんたじゃ大丈夫だね。」
「人間…」
「?。…。もしかして…。シエル、もう目付けられているの?」
ギクッ。妹もそうだが女性は勘が鋭い。男性に無い機能がどうも備わっているよう。
「そんなこと無いよ。全く。」
「…。まあ良いでしょう。でもね、忠告、私たちと人間は価値観が違うの。上手くいく保障が無いわ。それに、子が魔法を受け継がなかったら家が絶えるわよ。」
本来は魔法を扱う資質は全ての人間、いや、全ての被創造物が持っている。それは生命が物質を扱う力そのものだからだ。しかしそのやり方を見いだし、発揮するのは並大抵の労力ではない。一から見いだして発展させてその力を体内に充実させることは、本当に大変なことなのだ。一般人でも不可能ではないが大半は一生掛かっても殆ど実用的な術は体現できない。しかし代々魔法を継承してきた家系では、その術式の手引き書と共に親の体から発生する魔力に長時間晒されることでそれより一歩先に進めることが出来るのだ。
ただし本人の選択も重要で魔力を受け入れる覚悟と練習、手引き書に従っての術式発動の鍛錬を経なければならない。大抵の古くからの魔法家では、子供達は物心ついたときから親の魔力に触れているし魔法を学ぶ物だと思っているから一通りの鍛練は積む。俺も妹も鍛練を積んでいるので一通りの魔法は発動できる。さらに、その魔力の恩恵か身体も強靱になり寿命も格段に延びる。
しかし妹は基本で飽きたらしい。それで俺がナタ家の遺産(死ぬほどの鍛錬)を受け継いだのだ。妹は子供が成人したときに魔法のことを明かし本人達に選択させた。彼らは、魔法を継がないで人間として生きると言ったそうだ。
本当に痛いところを…。
「だから、早くあたしに決めちゃいなさい。…間違っても「人間」の娘と恋なんかしようと思わない事ね。」
人間の娘…それも魔法使いと敵対している娘。
「…。」
「…まあいいわ。それで今日は一緒に出かけない?ずっと籠もっていたら体に悪いわ。あたしん所の谷に来る?それとも人間の街に行ってみない?」
人間の街…。
そうだ今日は噴水広場へ行かなくては。今何時だ。もう夜が明けるのか、早く用意して行かなくては。
「ウエンディ、悪い。今日は用事があるんだ。また今度にしよう。」
慌ただしく席を離れて身だしなみを整える黒髪男に、呆気を取られた緑髪ショート娘。
「なーによう。邪魔なの?酷い男ね。だから恋愛できないのよ。」
「うるさい。」
ぺちゃくちゃ喋る幼なじみにもう構ってられないと、あたふた身だしなみを整える。
「私はどうすれば良いのよー。」
「家は好きに使ってくれ。帰るときは鍵(結界)閉めててってね。」
「帰るまで待ってわよ。」
「遅くなるよ。」
「良いわよ。暇潰しているわ。」
「じゃあ、行ってくる。」
取敢えず手に適当な物を取って、あたふたと扉を出た。
後に残されたのは緑髪小女と飲みかけのカモミールティー。お茶は既に冷えていた。
「馬鹿…。」
少女はポツンと呟いた。