魔法使いの帰宅と失意
「ただいま…。」
「おう、お帰り。」
シエルが森の結界内に入ると早速友達であり師匠であり親代わりでもある森の古狼が出迎えた。
「おう、シエル、約束の物を買ってきてくれたか。」
人の三・四倍ぐらいの体軀をウキウキと踊らせ銀色の尻尾を振る大狼は、にかっと笑ってお土産をねだった。
のんきなもんだ。
「はぁ…。ウルク師匠。買ってきました。家に着いたら渡しますね。」
「ひゃっほー」
全く子供なんだからと、無邪気に喜ぶ師匠であり親代わりを少し疎ましく思った。
「はぁ…。」
どうしようユウナさんかなり怒っていたな。つい先ほど人間の街の噴水広場で彼女と別れてから、シエルはずっと憂鬱だった。
回想…
おかっぱ従者が崩れ落ちるように地面に沈んだ。頭は打たなかったようだが、地面に突っ伏したままぴくりとも動かない。流石に気になって身をかがめて側に寄ろうとした。
ドンッ。
何かに突き飛ばされて尻餅をつく。
「ディーエーン!」
ユウナさん?
「ディエン、ディエン。大丈夫、大丈夫?」
取り乱したように従者に駆け寄る聖女。
「ああっ」
気絶させるぐらいに止めたから、大丈夫な、はず。自分もあわてて側へ寄る。
「ユウナさん、大丈…。」
バシッ。
「触らないでちょうだい!」
ユウナさん彼女は大丈夫です、と言おうとして彼女の肩に手を掛けようとした瞬間にその手を払われた。気絶した少女の体を抱えながら振り返った彼女の顔は凄い形相だった。物凄く睨んでいる。
「…。」
あまりの剣幕に言葉が出なかった。
「ディエン、ディエン。唯一神と予言者の御名によって、この者に癒しの奇跡を!」
その手が眩いばかりに光って気絶した小女の体を包んだ。光は少女の体に吸収された。しかし何も起こらない。
「ほっ。」
それにも拘わらず聖女の表情が緩んだ。
「大きな怪我はないようね…。」
落ち着きを取り戻した聖女だったが表情が見えなかった。静かに立ち上がる聖女。
「…、ごめんなさいね…、取り乱して。…。今日はもう帰るわ。また会いましょうね。そうね、そう、明日、ここに来て下さる?じゃあまたね。」
上の空になった彼女は少女を抱えて行ってしまった。
一人残される魔法使い。噴水の音が遠く聞こえる。
…回想終わり。
「嫌われた、完全に嫌われた…。」
「どうしたんだ?」
意気消沈の愛弟子に流石の脳天気狼も心配そうに声を掛けた。道すがら今日の出来事をかいつまんで説明した。
「なんだ、女のことか。心配するな。女なんか他にもゴマンといるぞ。俺が若い頃なんかは…。」
自分のモテ自慢を延々と語り出した銀色の獣を尻目に、一人憂鬱さが募った。まったくこの獣は役に立たない。
「そうですか、へえ、成程、さすが、スゴイデス。」
相槌を適当に打つ間に家に到着。森の深奥にポツンと立つログ仕立ての小屋。人用なので図体だけでかい役立たず師匠は入れない。
「…それでな、その娘狼がどうしてもと…。なんだもう着いたのか。」
「はい、約束のジャーキーです。無くなったら、また買ってきます。」
「おお、サンキュー。」
紙包みを器用に抱えて森の彼方に消えた。
「ふう…。」
ご飯を食べる気にもならない。面倒くさいので魔法で身体を綺麗にしてから、すぐさまベッドに潜り込む。頭から毛布を被って今日のことを思い出すと、枕が涙と鼻水に浸食されていった。