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聖女と従者

 「いてて、はっ、ここは何処だ。」

 「お目覚め?」

 辺りを見回すと、すぐ側の椅子に腰を掛けて本を読んでいる主の姿があった。

 「はっ、ユウナ様。っつ、いてて。」

 「あら、無理しちゃダメよ。手当はしたけどまだ痛むはずよ。」

 「何の、あっ、…お恥ずかしい。」

 薄掛けを払おうとして従者ディエンは自分が裸であることに気が付いた。華奢ながらも程よく引き締まった褐色の肉体は猫科の動物を思わせた。その肉体の腹から胸に掛けて包帯でグルグル巻きにされており、顎には湿布が貼ってあった。

 「これは…。」

 まだ少しくらくらする頭を抑えながら、忠実なる褐色の従者はその包帯を眺めた。

 「腹部打撲。みぞおちに内出血があるわ。筋肉と中身がいっちゃっている可能性もあるから軽く固定したわ。顎は幸い折れてなさそうだし、湿布で処置ね。まあその様子を見ると内臓も大丈夫そうね。動いたり息を吸っても痛くないようなら包帯は外すわ。」

 痛みもそうだ、忠実なる従者としては、あの年下のひよっこチビに気絶させられたことの方がずっと深刻な問題だった。

 「…っ。私は気絶させられたのですね。」

 薄掛けを握り締めながら唇を噛む。

 「そうね。私も驚いたけど彼は凄いわ。正直びっくりしちゃった。」

 「何者なのでしょうか。」

 「分からないわ。」

 「まさか…。」

 「そう…、。そうなの、凄い謙虚な方だわ。あんなに強いのになんて奥ゆかしい。ギャップ萌え。萌えるわ。他にどんな顔を持っているのかしら。わくわくだわ。そして私を一番に考えてくれる。今度のデート、待ち遠しいわ。ああ、シエル様。」

 「…。」

 護衛としての敗北に加えて尋常でない武術の腕の男に対して暗殺者などの可能性を疑っている自分の心中などお構いなしに浮かれまくる我が主に、ますます目眩を覚えた。

 「ユウナ様っ。浮かれている場合ではありません。あやつめ、あれだけの腕を持ちながら、そこら辺を歩いているのを不思議に思いませんか。怪しいです。怪しい。用心するべきです。そうです、ここ(国教会)へ連れてきて尋問するべきですっ。っ、いてて。」

 「まあ、大声出すからよ。大丈夫?。」

 監視するように纏わり付いてくる忠実な僕を煩わしいとは思っても、ユウナは心配そうに従者の側に寄った。

 「大丈夫です。ユウナ様。」

 「心配だわ、無理しないでね。」

 「…っ。本当ですか。」

 「本当よ。」

 「本当に…。私よりも…、あの男の方が…、幼少よりお仕えしてきた、グスッ、わた、わたひよりも、グスッ、ずっと、大切そうに…、笑顔で、一度も、私には…、え、えがお、なんて…ふええ、ふええん。」

 「急にどうしたのよ。」

 「ふええん、ふええん。」

 薄掛けを握り締めて歯を食いしばり、押し殺したような声の泣き声が上がった。その大きな瞳から大粒の涙が次々とその褐色の頬を流れた。驚いたユウナは本を放り出すと側へ寄った。

 「馬鹿ね。ディエン。貴方が大切に決まっているじゃない。大切な大切な掛け替えのない家族だわ。貴方を失うなんて考えられない。私の愛するディエン。貴方が傷つくぐらいなら、彼と会うのも止めるわ。」

 「そんな…ユウナ様。」

 「本当よ。貴方の苦しむ顔を見る方がもっと辛いわ。」

 「わーん、わーん。」

 無理もない。

 しっかりしていると言ってもまだ16・7の小女。幼少より聖女を守るというたった一つの任務のために、主にうっとうしがられてもその任務一筋に日夜修行に任務に身を捧げてきたのだ。ユウナもその健気な小女の思いを痛いほど分かっているのだ。

 「あのね、考えているんだけど、私もこう見えても結構強いのよ。ディエンが護衛の任務で傷つくのは嫌だわ。今回は本当に運が良かった。彼には貴方を傷つける意図はなかったの。本当に意識を奪うだけに止めていた。でもね、次に別な事でそれこそ命を落とすかも知れないわ。もうこんな危険な任務はよしにしてちょうだい。」

 「…。グスッ。いいえ、まだ出来ます。もっと鍛錬します。調子が悪かっただけ、油断しただけです。今度は負けません。それに…。」

 「それに?」

 「あの男がユウナ様の命を狙う暗殺者でないという証拠もありません。」

 「…。たとえそうであったとしても、もう決めたわ。貴方を正式に護衛の任務より外します。これはもう決定よ。私のかわいいディエン。もう傷つく場所には置けない。」

 「え、そんな…。」

 「これからは、私の身の回りの世話を命じます。つまり侍女ね。」

 「待って…。」

 「決定よ。異論は認めない。ダス=アシステント・ヘリング・ボン=ディエン、ただいまより護衛の任を解き、侍女の任を命ずる。追って正式な決定書を出すわ。」

 「そんな…。」

 「何、逆らうの?私の命に逆らうとは一体どういう了見かしら。」

 「…。」

 「それにね、彼の事は心配はいらないわ。暗殺者では無いもの。」

 「どうしてそれが分かるのですかっ。」

 「お忘れのようだけど、私は神の僕よ。彼には何の邪悪さも感じなかった。純粋さだけよ。嫌われたらどうしよう、その怯え、それと酷い孤独。それなのに決して無理強いしない謙虚さがあったわ。それをあの人の目から感じ取った。この私がよ。これ以上に何の証明があって?」

 「…。」

 「でも、彼に会うことで貴方が嫌な思いをするのであればもう会うことはしないわ。次に会うときにさよならを言う。彼には悪いけど私は貴方の方が大切なの。」

 「…。ユウナ様。」

 「私は大丈夫よ。」

 「…。ユウナ様、聖女が嘘を言わないで下さい。分かりました。私も貴方を悲しませたくありません。あいつと会うのは反対しません。貴方がそう判断されたのであれば安全でしょう。侍女としてお仕えしますが、その間少しでもあいつが不埒な真似をしたらきゃつの喉をかききることだけはお許し下さい。」

 「まあ、怖い。分かったわ。万が一にも彼が悪魔だったときはね。その時はね。まずあり得ないわ。」

 「ではただいまより我が主の命によりて護衛の任を離れ侍女としてユウナ様にお仕えいたします。」

 「ディエン、愛しているわよ。」

 「ユウナ様…。」

 「そうと決まったら、さあ、着替え、着替え。ディエンは美人さんなんだから、あんなごつごつした服は似合わないわ。もっとキラキラした服を着ましょうね。早速見繕ってくるわ。痛みが治まったら色々合わせてみましょう。きっと可愛いわ。」

 「え、私、待って…。」

 聡明かつ愛に溢れる主は、侍女をベッドに残して鼻歌を歌いながら奥の部屋に消えていった。

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