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クレアとユウナ

 シエルは目を開いた。目に飛び込んできたのは木製の天井だった。

 「お目覚め?」

 ビクっと体を震わせて横を見るとそこには椅子に腰を掛けた女性がいた。

 「ユウナさん…。」

 シエルは視線を落とした。

 「…。」

 シエルは気を取り直して顔を上げ彼女を直視する。

 「シエル…様。お体は…。」

 強張ったような表情の彼女にシエルの気持ちも重くなる。

 「大丈夫です。でもなぜ?僕が魔法使いだと知ったはず。なぜ?」

 「…。私にも…よくわかりません。魔法は許せないものです。私の両親を殺し養父まで殺した。彼らがいなければ私もダス家もめちゃくちゃにはならなかったでしょう。憎い、憎いものです。」

 彼女の声は淡々としている。表情は硬かった。

 「では、なぜ?」

 「あなたを殺さないか。…。殺せないからです。」

 「…。」

 ユウナは立ち上がって後ろを向いた。

 「初めは殺すつもりでした。魔法使いは憎い敵です。ですが、できませんでした。聖職者失格です。死んだ両親にもダス家にも顔向けができません。」

 彼女の体が震えている。

 「ごめん、僕。騙して…。」

 「そう騙されました。シエル…様。初めから騙すつもりだったのですか。世間知らずの私を弄ぶつもりだったのですか。」

 「違う!違います。本当に一目ぼれです。僕の初めて好きになった女性です。魔法使いは何百年も生きます。その長い孤独に時間に初めて人生を共にしたいと思った人です。ですが教会にとって魔法使いは敵も同然です。言い出せなかった。言い出せなかったのです…。」

 声もなく頬を涙が伝う。

 「…。シエル様。魔法は悪魔の物なのですか。シエル様は悪魔なのですか。私も悪魔にしたいのですか。」

 依然として後ろを向いたままの彼女の声は、批判めいたものではなく子供が疑問を口にしているような口調だった。

 「僕は悪魔がいるのかわかりません。酷い人間がいる事は確かです。悪魔というならそれは悪魔だと思います。しかし人間はもともと悪魔なのでしょうか。どこかに悪魔がいて悪い人間をつくり永遠にその人間は悪なのですか。ああ、私にもわかりません。私の一族は業を背負っています。しかしあなたたち人間がする悪を私も親も妹もしませんでした。魔法を使うのが悪というならどうしようもありませんが、盗みも少なくとも…私利私欲の殺人もしませんでした。神はどうして魔法使いを作ったのですか。神がいるとしたら、どうして魔法使いを、悪魔を作ったのですか。悪とは存在なのですか。存在なら、僕は死ぬしかありません。」

 シエルは絶叫した。しかしそれでも聖職者を説得できないと感じていた。このような言葉で説得できるなら、とおに魔法使いと教会の争いは無くなっていたのだ。

 「…。」

 聖女は答えなかった。

 「もうすぐアースガルドも終わりです。全てを焼き尽くす炎によって。それがどの業から来ているのか分かりませんが、僕の仲間はそれを止めようとしています。ですがそれも良いことか分からなくなりました。どうぞ、ユウナさん、どうぞ、僕を殺してください。悪魔というなら悪魔の僕を殺してください。もう生きていたくない。ユウナさんに殺されるなら…それもいいと思います。」

 魔法使いはがっくりと首を垂れた。

 「その行いが…人として…正しいのなら…魔法は一体?魔法は誰が作って…どう使われたの?何故悪いと言われるの?神とは?神は何を喜ばれるの?あっ、あーっ。」

 聖女は顔を覆ってがっくりと膝をついた。その体は異常なほど震えている。体を掻きむしる聖女はひどく混乱したようだった。

 「ユ、ユウナさん。」

 シエルはベッドからから這い出して彼女の傍に寄ろうとした。

 「ああー。」

 ユウナはそれを振りほどくように身をよじらせて絶叫する。信じてきたものが丸ごと崩壊する恐怖。彼女は完全に精神の平衡を失っていた。

 「ユウナさん。」

 「はは、シ、エル様。はは、悪魔の囁き?はは、聖女?神?なに、なに、なんなのよーっ。」

 絶叫が響き渡る。

 「ユウナ。」

 「ああー。」

 のたうち回るユウナ。シエルの手も振り払おうとする。

 「どうしたの?」

 バタンと扉が開いて入って来たのはクレアさん。ここは馴染みのバーの一室だったのか。

 「ユ、ユウナさんが…。」

 一瞥して状況を判断したクレアは静かにユウナの傍へ寄った。

 「ユウナ、どうしたの?」

 「ああー、あっ、あっ。」

 クレアの顔を見るユウナは酷く怯えていた。

 「ユウナ。」

 「あっ、あっ。」

 クレアの体に縋るように抱き着くユウナの体はガタガタと震えていた。

 「大丈夫よ。」

 「あっ、あっ。」

 そっと抱き留めるクレアにユウナは少し落ち着きを取り戻した。

 「姐さーん。」

 下の階から従業員の呼ぶ声がした。

 「今、手が離せない。お前たちで何とかしててー。」

 震えるユウナを抱いたまま大声で指示を飛ばすクレアは普段のおっとりとした様子とはまるで違う人の様だった。

 「はーい。」

 従業員たちも素直に返事をする。

 「あっ、あっ。」

 「ユウナ。」

 クレアに縋るユウナ。ユウナは次第に静かになった。

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