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忠実なる従者

 驚いた俺。

 ユウナさんも驚いている。

 振り返ると見慣れない少女が立っていた。

 やや褐色の小柄。

 つやつやした黒髪。

 その黒髪はおかっぱに切りそろえられて、その周囲を小幅の帯が一周し、端が左右に垂れていた。

 顔立ちはシュッとした真面目。やや猫目の形の目は咎めるような色を帯びていた。

 「何よ、ディエンじゃない。びっくりしたじゃない。何よいきなり。」

 「ユウナ様。また神殿を抜け出して…。神官長様が困ってますよ。巫女としての御自覚があるのですか。危ない目に遭ったらどうします。」

 「大丈夫よ。十分注意しているわ。それに、あそこ嫌いなの。ずっといると息が詰まるわ。たまには外出も良いでしょう?。」

 「なりません。私がお叱りを受けます。それに隣の見慣れない男は一体誰なんですか。」

 おかっぱ少女が睨み付けながら迫ってくる。

 「ちょ、ちょっと、止めてよ。失礼な事しないで。」

 ユウナさんが割って入る。

 困惑するユウナに視線を移すおかっぱ、同時に俺に対する警戒は解かない。

 「神殿を抜け出したと思ったら、こんな男性と。まさか…。」

 「ち、違うわ、何も疚しい事なんて無いわ。でも、でも、私だって男の人と歩いたって良くはなくって。あなたたちにあれこれ差し図を受けるいわれはないわ。」

 「あなたは聖女です。間違いがあってはなりません。貴方一人の体ではないのですよ。」

 「…。嫌だわ。折角、やっと…。もう聖女なんて嫌だわ。」

 シクシク泣き出してしまった。おかっぱ少女は表情を崩さない。流石に非人情だ。

 「あの、あまりに酷いのではありませんか。」

 その瞬間に顔をこちらに向けるおかっぱ。

 睨み付けるような目だった。

 「何ですか貴方。部外者は引っ込んでいて下さい。」

 「部外者じゃありません。」

 「じゃ、何ですか。」

 確かに…、俺、なんなんだろう。

 じゃ、ない。

 雰囲気に飲まれそうになったが、相手はまだ十数年しか生きていないガキじゃないか。こちとら齢300数十年。

 「僕はユウナさんとお付き合いをさせていただいている者です。」

 目を見開くおかっぱ。口がぱくぱく、言葉が出ない。

 「なん、だって?」

 「お付き合いさせていただいている者です。」

 ヒュッ。

 首筋に何か当たる。

 「お前が、何だって?」

 「ディエンっ。」

 おかっぱが突きだしたのは短刀だ。しかも抜き身。睨み付けたままの表情を崩さず、俺の首筋にぴたりと刃を当てる。なんだ、神殿のやつらは帯刀が許されているのか。首筋に刃を当てられて流石に焦る。動けないことは動けないが、魔法は使える。少し使って、事を治めるか…。

 「止めて。そんなことしないで。お願い。」

 叫ぶ少女に対して、体は崩さずに視線だけ移すおかっぱ少女。数秒後に再び視線が戻る。

 「お前が、誑かしたのか?」

 だめだ、これ。完全に敵認定だ。刃に圧がこもる。

 「止めて。戻るわ。戻る。だから、それ以上は止めて。」

 ああ、もうダメだ。好きな人が泣いているのを見て反射的に体が動いた。

 一瞬の間に魔力を充実させて一気に相手の腕を払い、怯んだ隙に拳をみぞおちにたたき込んだ。防禦魔力は強力で刃物は勿論防ぐし、聖力であろうと防禦を発する。さらに身体強化の魔法は身体の反応速度を格段に上げるのだ。

 そもそも魔法使いは身体能力は高いし、そのさらに上魔法で強化されればどんなに修行していようと定命の人間ごときが敵うはずがない。現に今は何が起こったのか相手は全く分からないだろう。その速度はおかっぱの神経伝達速度を遥かに凌駕しているのだ。

 「うぐっ。」

 訳が分からないまま身をくの字に折り跪くおかっぱ。

 「私は幼少より武術は嗜んでおります。それよりも彼女が泣いているのに黙って見ていられません。」

 「うぐっ。外道が。」

 「まだやりますか?それとも落ち着いて話し合いますか。」

 呆然とするユウナさんを尻目にこの場の空気は完全に俺の流れ。それでもよたっと立ち上がるおかっぱ。凄い。結構たたき込んだのに従者とはいえ護衛も兼ねているのか。油断ならぬ相手とこちらも構える。

 魔法使いだったが親父はいわゆる武術マニアだった。それは数百年生きていれば腕も無双になるだろう。その親父にたたき込まれた武芸十八般。あのときはクソ親父、絶対こんなの役に立たないだろうと泣きながらやらされていたが、今ならありがとうと素直に言える。さらにその後に出会った森の主である老狼との修行も通して、まず定命の人間など怖くない。ただし、余計な争いが嫌いなだけ。

 「っ、唯一神と予言者エルセリア様の御力によって、奇跡の顕現を…。」

 神聖呪文。

 こいつ聖力も使えるのか。

 全ての人間が神の被創造物である以上、神の加護を得るのは当然。

 勿論俺もあいつらが聖力といっているものも顕現できる。あいつらが出来ることは、皆、出来る事であり、俺も出来るのだ。ただしあいつらは自分たちしか出来ないと思っている。その違いだけだ。

 しかし俺は魔法使い。物質世界の理に心血を注いだ関係上、聖力の領域は少し分が悪い。一気に片を付けなければ。聖力を使う奴は厄介。発生する前に沈める。

 「我が…、うぐっ」

 呪文が完成する前に掌底が頬を捉えた。衝撃が相手の左下顎枝から右側頭に抜けたために軽い脳しんとうが起こり、おかっぱ少女は完全に意識を失う。

 「…。」 

 薄れ行く意識の中で聖女の従者は部外者のクソ野郎の声を聞いた様な気がした。

  

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