トーラとシエル
会議も終わった。皆がぞろぞろ扉から出ていく。
「おい、シエル。」
トーラがシエルのローブの裾を引っ張った。
「なんだよ。」
はやく家の文献を漁りたいシエルは怪訝な顔をした。
「ちょっと話があるんだ。」
深刻そうな顔。妹には先に帰えるよう言い含めて、トーラの方を向き直った。
「話って?」
「ここじゃまずいから…。」
トーラは指をさした。指した方向には小会議室があった。
「分かった。」
バタン。
中に入ると誰もいない。だいぶ使われていなかったのか、机と椅子が積まれていて埃をかぶっていた。
「なあ、トーラ、話って…。うあ。」
いきなり抱き着かれたシエル。驚きの声を上げる。
「シエル、俺、お前が好きだ。俺とつき合え。」
この下りどこかで…という思いは数秒で消えた。まず落ち着いて、と、トーラをべりッと剥がす。
「まあ、落ち着こう。ね。いったいどうしたのさ。」
引き離すように腕を伸ばすシエルにトーラは抵抗を示した。
「だから言っただろ。お前が好きなんだ。俺とつき合え。」
睨みつけるような瞳のトーラにシエルは一言も言えなくなった。
「…。あ、えーと。僕は、好きな人がいて…。」
ドンッ。床が強く踏みつけられる。
「おま、ふざけんな。あいつだろ。あのくそ女。目え覚ませ。あいつは敵なんだよ。敵。」
「敵って…。」
「いいか、あいつは教会の一味だ。俺たち魔法使いを拷問にかけても殺してなんとも思わない奴らなんだ。敵なんだよ。お前、つき合ってるって言ったけどな、魔法使いって言ってあるのかよ。え、どうなんだよ。」
トーラの口調は激しかった。
「あ、その…。」
シエルの目線が下に落ちる。
「言ってないんだろ。それでつき合ってます?ふざけるのも大概にしろ。」
図星だった。確かに偽りの関係だ。
「なあ、シエル、言ってやろうか。さっきなあ、俺たちが魔法使いだとあいつに言ってやったんだ。」
「なっ。」
「そしたらどうしたと思う?あいつ俺に向けて聖力放とうとしやがった。『魔法使いは敵』だとよ。つまんない夢は捨てた方が良いぜ。」
シエルは思考は停止した。な、ばらされた?そして敵?
「な、トーラ、どうして言ったんだよっ。」
思わず大声を上げる。
「うるせえ。そんなのあいつに言え。あの女『どういう関係か。真実を知りたい。』とか詰め寄りやがったから答えただけだ。それにお前も同罪だ。騙していたおまえと受け入れないあいつ。俺の何が悪い。俺は本当のことを言っただけだ。それで上手くいかないなら、上手くいかないんだ。お前も騙していたんだ。言えた立場か。」
「あっ…。」
的確に急所を突いてくる。そうだ、騙していたのは自分だったのだ。
「あの女、お前なんか見ていないぜ。魔法使いだと言った途端に、嫌悪の表情を浮かべやがった。もう終わりだ。あいつとは付き合えない。住む世界が違うんだ。目え覚ませ。」
「うっ…。」
シエルは力なく崩れ落ちた。
「なっ、俺が貰ってやるよ。俺ならお前を理解してやれる。魔法使いは魔法使い同士だ。所詮人間には理解できねえんだ。」
トーラはそっとシエルを抱きしめた。
「うっ。」
ドン。
シエルはトーラを押しのけて、ドアの方へ向かう。
「今更どうするんだシエルっ。」
尻もちをついたトーラを残してシエルは一目散に出口に向かった。目指すは聖エルセリア大聖堂。そこしか頭になかった。




