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会議と兵器

 「ナタ家の当主もそろったことだし、始めようか。」

 この中で一番年上である火の家の当主のインフェルノ=ベへメンスが宣言した。

 「お願いします。」

 風の家フェーヌム家の当主グラナトゥム、ウエンディの父が合いの手を入れた。因みにウエンディは気分が悪いと欠席している。ナタ家はシエルと妹ヒルダが出席していた。

 「現状は不可解な事ばかりである。本会議の目的は、現状の確認と予測される災厄への対処でよろしいか。」

 「異議なし。」

 インフェルノの言葉に皆が答えた。出席者は旧王国時代の礼服に着替えて、円卓にそれぞれの当主が座り、その周りを残りの親族が囲っていた。これは何世代も前からの慣例であり、旧王国時代からの名残だった。基本的には5大魔法家の当主が会議の主導権を握り、それ以外の親族は挙手にて意見を述べる。総勢50人ほどの出席だ。『逃げた者たち』は散らばっているが現状で確認できるだけでも300人ほどいる。しかし最低限当主一人が参加すればよいので大抵はめんどくさがって欠席する。

 「まず『そのほかの者』恐らく『残った者』も含まれているだろうが、わが家に接触を図ってきた件について確認したい。彼らの要求は五家に伝わる兵器の製造法の開示であり、それとともに人間を駆逐・支配するために魔法使いの一員として協力せよという内容であった。」

 ざわめきが起こる。

 「人間のしてきたことは看過しがたいが、我が『逃げた者』も戦火と支配を捨てて来た。今更旧王国の復興もないが、賛否の別れることと思う。次にナタ家当主の動向である。最近、ナタ家によからぬうわさが立っているのは周知のことと思う。噂では神聖エルセリア国教会の聖女、ユウナ=セイント、と交際をしているとのこと。この件について真意を確認しなければならない。大層プライベートな事だと思うが、これは魔法界においては重大な事である。御協力いただきたい。」

 シエルも殊勝に頭を下げる。目の端に映るインフェルノの娘トーラも正装で行儀良く座っていた。シエルに発言者の羽根が渡される。会議ではこの羽根を持つ者が発言し、それ以外の者はおしまいまで聞かなくてはならない。

 「ナタ家当主、シエル=ナタナエル、発言を許可いただいてありがとうございます。これまで出席してこなかったことお詫び申し上げます。件の聖女ユウナ=セントとの交際ですが、事実でございます。一人の女性として愛しており、伴侶にと思っています。ただし、聖女、何千年も前のこととはいえ、魔法界と法界と人間とのしこりはあります。そして我が家系は『逃げた者』に負いきれないほどの責任を負っております。そのため最優先は『逃げた者』の安全であり、聖女との交際は二の次です。こちらに危害の恐れがあるなら、一切の躊躇もなく関係を断つつもりです。これだけは間違いありません。我がナタ家の先祖の選択である、人間たちと魔法界の融和への模索、それによる王国の内部分裂とその亀裂に乗じた人間たちの攻撃、王国の崩壊、そしてその果ての逃避は、『ほかの者』から見れば裏切りと王国崩壊の元凶と憎まれているでしょう。融和に賛同していた皆さんの先祖にも逃避とその後の苦難を味あわせました。そしてそのしこりが今尚、健在であることにナタ家の責任を幾重にも実感させられたところです。過去の事だと元凶にもかかわらず放置してきたこと、ナタ家当主としての責任に臆し、恥ずかしながら無視を決め込んでいたのですが、何があっても腹を据えなくてはなりません。遅すぎる、そういわれて当然ですが、今より、ナタ家当主として先祖の業を負う覚悟にございます。」

 当主として年齢で言えば若い。ナタ家は親類が少なく両親も早くなくなったので、仕方ないと言えば仕方ないのだ。皆は静かに聞いていた。

 発言者の羽がインフェルノへ戻され、再びその口が開かれた。

 「王国崩壊から数世代。我らは争いを避けて、隠れるようにして住んできた。その安寧が壊されることを私は一番に恐れる。恋愛については我が家が貴殿を婿にと考えていたのだが、殊更私の方からどうこういうつもりはない。シエル殿が我々『逃げた者』を虐殺する意図がないなら、聖女だろうが何だろうが恋仲になるがよろしい。あわよくば聖女殿もこちらに懐柔してくれれば助かるが。それよりも『その他の者、残った者』の不穏な動きが怖い。我らの情報では教会と王都の仲も良くない。我ら『逃げた者』はどう立ち回るべきか。どこに与するか、それとも原則通り不干渉を貫くか。」

 皆がシーンとなる。難しい問題なのだ。暗にインフェルノは兵器の情報開示も示唆している。

 風の家フェーヌム家の当主グラナトゥムが挙手し、羽根が渡される。

 「ええーと、インフェルノ、抜け駆けはやめてもらいたい。我が家もシエル殿を婿にと思っていた。それがこのような結果になって、私はとても傷ついている。コホン、彼の兵器は五大魔法の技術の結晶であり、並み大抵の技術と物資では実現が不可能と聞いている。しかしその現物を見聞きしたのが我ら祖父の世代であり、それを再現できるかどうかは不明だ。我が家に伝わっている兵器の情報も欠落が多く、さらにその頂点に立つ兵器を王国時代に実質管理していたのがナタナエル家であることは皆さん知っての通りだ。ベへメンス家は起爆を管理していた。インフェルノ、君の家の情報だけで兵器は製造可能かね。」

 冒頭の冗談?には皆苦笑を漏らした。シエルは居心地が悪そうにもぞもぞと動く。トーラは無表情だった。

 羽がインフェルノにわたる。

 「ええー、それでは我が親友グラナトゥムとは恋敵という事になりますな。いてっ、トーラごめん。お父さんが言い過ぎたよ。」

 娘に抓られる父。周囲に笑いが起きる。

 「こほん、それでは、確かにわが家の情報では概要が分かっても、実際に製造するには実験に次ぐ実験をせねばならないだろう。かなり複雑な技術、土中からの精霊石の採掘、そこから兵器物質の抽出と濃縮、濃縮物資の管理、起爆制御、燃料の割合、梱包材の強度と構造。どれも五大魔法をフル活用したうえで、訓練された人員もかなり必要だ。標準兵器がこれでは、ナタナエル家の上位兵器の実現は夢のまた夢だと思う。彼らがナタ家の上位兵器を知っているのか定かではないが、標準兵器でも実現化はかなり先だと思われる。」

 シエルが挙手をする。

 「ええーと、確かにわが家には上位兵器の製造法も伝わっておりますが、インフェルノ様のいう通り、実際にその情報だけで製作するのは不可能です。実験と莫大な労力と人員が必要です。それを認識しているのか、安易に伝説にたよっているのか分かりません。しかし『金属』の家は丸ごとあちら側なのが不安要素です。彼らにも兵器の技術は伝わっているはずですから。しかしベへメンス家に接触してきたことを考えると、少なくとも接触してきた彼らの情報では不十分なのでしょう。さらに兵器に興味を持っているグループがどれだけいるのか現時点で分かりませんし、魔法使いといっても我らが把握していない多くの集団がいるでしょう。王の意図も不明です。情報が足らなすぎるように思えます。」

 シエルが羽を置くと、意外なところから手が上がった。土の傍系、グラティア家の当主アグロ。羽が渡される。

 「ええーと、王の意図も不明、小集団の意図も不明。しかし我らにとって何を守り、何を実現したいのかを明確にする必要があるように思えます。わが家はナタ家に付きましたが、親族の中には残った者も離散した者もいます。わが家には兵器の製造情報はありませんが、古代兵器の惨禍は伝わっています。あれが一発でもさく裂すれば、静寂の森を含む神聖エルセリア国土は壊滅、2,3発放たれれば、アトリウムの谷もデザートムの大地も共に消滅するでしょう。我が住まいも無事ではすみません。防衛かたくらみの阻止か、選択が迫られると思います。さらにナタ家の上位兵器は、数発でアースガルド全域を崩壊させるほどの兵器と聞いております。何を優先させるのか。私はまず我らの防御、それは彼らに加担するか阻止するかも関係していますが、情報の収集は急務だと思います。」

 アグロは厳かに羽を置いた。それから会衆も羽を取って意見を出し合い、様々な見解が出た。最後に羽は回収され自由討論の運びとなり、意見の集約が図られていく。

 「さて、我々はどうするか。皆の意見、懸念要素は出尽くしたと思う。」

 ここからは自由発言。

 「やはり我らの防衛、情報収集、は欠かせないと思います。それぞれの家でできる限りの防御魔法をかけて『逃げた者』全体でもさらに防御魔法を強化すること。それからできれば風の家を中心に情報収集を、今どのくらいの集団が何を考えていて、王都は何をしようとしているのか、さらにシエルさんにも協力いただいて教会の真意も確認してほしいと思います。」

 あーだ、こーだ。

 結局は、防衛、情報収集、その後の身の振り方に意見がまとまった。

 「それまでは中立という事で。但し、世界全体を亡ぼすような兵器の開発には慎重であること。仮に先に兵器を開発されても、ナタ家に一応防御魔法が伝わっているという事。シエル殿にはその魔法の再現を期待したい。それ如何によっては、現実的な選択もしなければならなくなる。」

 シエルはこくんと頷いた。横を見ると流石の妹の顔にも不安の色が浮かんでいた。子供たちが心配なのだ。大丈夫だよと手を握ると、意外にも震える手で握り返してきた。普段は生意気な妹でも彼女にとってやはり自分は兄なのだ。

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