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トーラとユウナ

 「で、でも、ユウナさんに…」

 走り際に振り返るような仕草をするシエル。

 「馬鹿野郎。それどころじゃねえだろう。色ボケやがって。世界が滅びんだぞ。先いけ。俺がナシつけてくる。」

 トーラの蹴りが背中にさく裂する。

 「わ、分かった。」

 トーラよりも頭半分小さい小柄なシエルはもんどりうちながらも駆けていった。

 「くそ野郎。でも好きなんだよな。何なんだよあいつ。」

 トーラはくそ野郎の後姿を見届けてから、くるっと振り向いて門に近づいた。

 「おい、そこの控えてるやつ、ちょっとこっち来い。」

 「はい?」

 呼ばれてびっくりしたような顔をする神官。

 「来いってんだよ。結界張ってあんだろうが。」

 タバコを引っ張り出し火を付けながら怒鳴ると、神官はその剣幕に圧倒されて、

 「はいっ。」

と素直に出てきた。

 「あー、いーいー。結界から出なくて。用事伝えるだけだから。」

 プハーと門の中に向かって煙を吐くと、その煙は結界をバチっとうならせた。

 「なあ、ヤニくせえ俺は入れねえとよ。そんでさ、お前らのヘッドに伝えてくんねえ?シエルは戻れねえってよ。わかった?」

 「えっ」

 「返事はっ?」

 「は、はいっ。」

 「じゃあ行け。」

 「は?」

 「行けってんだ。」

 大声で怒鳴られた神官は逃げ出すように戻っていった。

 「くそ、これだからとろくせえガキは嫌いなんだよ。」

 タバコをポイッと地面に捨てて踏みつけてから2本目を取り出した。

 「そんでさあ、あんたら、いつまで隠れてんの?」

 プハーと煙を吐きながら、トーラは門の内側の壁際の草むらに向かって声を掛けた。

 「…。」

 「さっきから俺たちを盗み聞きしてただろ。バレバレなんだっての。」

 ごそっと音がして茂みから2人の少女が出てきた。

 「ユウナ様。」

 「大丈夫よディエン。」

 出てきたのはユウナとディエン。シエルが呼び出された後にすぐに先回りして茂みに隠れていたのだ。制止しようとするディエンの手を振り切ってユウナは前に進み出た。

 「ほお、可愛い面だね。シエルはこんな奴が好みなのかい。気に食わないねえな。俺はトーラ、見た通りの女だ。お見知りおきを聖女様。」

 わざとらしく深々と礼をした。

 「一体何事です?シエル様はあなたとどういう関係ですの。」

 無礼な女に毅然とした態度を示すユウナ。

 「ですの?あっははは。童話の登場人物かい。ますます鼻持ちならない。関係?お前の知ったことじゃないが教えてやる。俺とシエルは恋人さ。一緒に寝たこともある。」

 「ね、ねた…。」

 衝撃の言葉にディエンが片言になる。

 「ははは、初心だね。2人とも男と寝たことがないのかい。」

 あけっぴろな言葉に初心たちの顔は赤くなった。

 「赤くなって、かーあーい―こと。だから、お前諦めな。」

 ポンポンと挑発するように灰を落とす。

 「う、うそよ。シエル様はあんたなんかと寝ていない。私に嘘は通じない。」

 赤くなりながらもきっと相手を睨みつけて、聖女ユウナは言った。

 「ほほう、いい度胸だな。そうだな、聖女に嘘は通じねえな。そうだ寝てはいねえ。ただ、近しい仲だってのは本当だぜ。」

 再びタバコをポイッと踏みつけて、3本目を取り出した。

 「どういう仲よ。」

 「知りてえか。まあ幼馴染だ。つまりお前らよりも長く付き合いがあるってことだ。」

 トーラはシュボッとライターから火をつけながら答えた。

 「幼馴染…。」

 「まあ、お前らとは住む世界が違うんだ。」

 ふーと煙を燻らせる。

 「で、でも、シエル様は私を愛して下さると言っていたわ。それ以上の事はないわ。」

 挑むように言うユウナ。 

 「ははは、口調が変わったね。そっちが素だろう。俺はそっちの方が好みだぜ。飾らなくてな。でもなシエルは二度とここには戻らねえ。俺が貰う。」

 「なんですって。そんな勝手な。行き先を教えなさい。今すぐ連れ戻すわ。」

 結界を出ようとしたユウナをディエンが必死に抱き留める。

 「勇ましいねえ。でも戻れねえんだよ。世界が違うのさ。」

 「意味が分からないわ。」

 「知りたいか?」

 「教えて。」

 ユウナはトーラを睨みつけた。

 「じゃあ、結界を一歩出な。」

 「なっ。」

 ユウナは躊躇した。それは教会全体や王国全体をも危険にさらす行為なのだ。

 「まっ無理だろうな。箱入り嬢ちゃんには。見ての通りヤニくせえ俺はそっちにはいけねえし、帰るわ。」

 くるっと向きを変えるトーラ。

 「ま、まって、そっちに行くわ。」

 ユウナは思わず引き留めた。

 「ユウナ様っ。」

 これにはディエンも驚きの声を上げる。

 「ほほう、シエルに対する気持ちは本物のようだな。まあ一歩だけだ。少しだけ話せば終わる。全てな。」

 「分かったわ。」

 ディエンの手をほどくようにして前へ進んだ。

 「ユウナ様っ。」

 「大丈夫よディエン。シエル様の知り合いよ。少し、少し話をするだけ。」

 「まったく、信用されてんな、あいつ。」

 トーラは、3本目の煙草を踏みつけた。ユウナは、境界線に近づいてついに一歩跨いだ。

 「ああ、いいね。度胸は認める。それから従者、お前は離れてろ。」

 続いて境界線に近づいたディエンを制止する。

 「馬鹿な事を。」

 ディエンが挑むように言う。

 「何もしないって。ただお前には聞かせられねえの。ガキは退がってな。」

 「そんなっ。」

 「ディエン、少し待ってて、言うとおりにして。」

 抗議の声を上げかけたが主の命令には逆らえない。ディエンは黙って後ろに下がった。

 トーラーとユウナは対峙した。その目線は同じくらいだった。

 「まあ、綺麗な瞳だな。俺が男だったら惚れるかもな。それは置いておいて。本題だ。いいか、よく聞け。」

 「教えてちょうだい。」

 「俺たちはな、魔法使いだ。」

 「なっ。」

 予想外の答えにユウナは思考が停止した。

 「お前らとは住む世界が違う。諦めな。」

 「う、まほうつかい。」

 呆然とするユウナ。遅れてユウナの全身に震えが走る。

 「おいおい、どうした、怖いのか。」

 過去の記憶がよみがえる。

 「し、シエル様が、あり得ない。う、嘘を言うな―。」

 何事かとディエンが駆けだそうとするが、トーラの一睨みに飲まれて止まった。

 「いいか、事実だ。あいつも魔法使い。変なちょっかいは出すんじゃねえ。」

 「ま、まさかお前も私の命を狙って…。」

 震える手で加護の印を結ぼうとする。

 「まさか、おまえを殺したところで俺に何の得にもならねえよ。」

 そんなユウナをめんどくさそうに一蹴する。 

 「う、うそ魔法使いは人間の敵。いつも正しいものを壊そうとするの…」

 震える体を起こしながら、聖力を掛けようと手を挙げる。

 「馬鹿野郎。」

 そんなユウナにトーラの叱咤が飛ぶ。

 「ひっ。」

 ユウナは珍しく悲鳴を上げた。

 「ユウナ様。」

 「ちびは黙ってな。」

 不思議に一喝されると身動きが取れない。あれだけ武人としてのキャリアを積んできたのにと、ディエンは悔しく思った。

 「くそ、これだからお高くとまった連中は嫌いなんだ。人間?俺たちも人間だ。魔法が使えるだけだ。そして魔法使いにも色々いる。お前を殺そうと狙う奴もいるだろう。だがな、そいつらと俺たちを一緒にされるのは我慢ならねえぜ。俺たちは、お前ら思いあがった人間とはかかわりあいたくない魔法使いたちさ。それとも、お前ら「人間」には色々な奴らがいないとでもいうのかよ。皆善人か。結構な事だ。反吐が出るぜ。」

 ぺっ、ユウナに向かって唾が吐かれた。

 「うそ、うそ…。」

 混乱して座り込むユウナ。

 「何を信じていたか知らねえけど、まあ事実だ。ずいぶん世間知らずのお嬢さんでよく生きてこれたもんだ。こんなのがシエルの恋人?ウエンディも泣き損だな。でも、安心しろ、あいつは立派に俺が貰ってやる。」

 吐き捨てるように言うと、トーラは右手を挙げた。次の瞬間トーラの全身は炎に包まれた。

 「なっ。」 

 炎はめらめらと燃え上がり、驚く2人の目の前でトーラの姿は消え始めた。そしてくすぶる火だけになったときにはトーラの影は完全に消えて、呆然と見つめるユウナとディエンの2人だけになっていた。

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