憔悴と決心
「神様、お願い。この子だけは…。」
燃え盛る炎と辺りに満ちる叫び声と肉の焼ける臭い。
(ああ、怖い、怖い、熱い、熱い…)
闇の中。目の前には掛替えのない愛しいものがある。
(いかないで、お願い。)
叫び声。
肉の焼る臭い。
恐怖、悲しみ、怒り…
(なんて地獄なの)
再び回る景色、どちらが上かどちらが下か分からない。
不意に目の前が明るくなる。
そして自分の体に何かが触れた。
それは優しい何かだった。
「ああ。」
ユウナは目を覚ました。彼女の腕は天井に向かって伸び、何かをつかむような恰好だった。目の端には冷たいものが流れ、辺りは静かだった。
「ここは…。」
ゆっくりと体を起こすと、ベッドの上のようだった。
「ここは…。」
見慣れない部屋。白い壁と窓。カーテンがたなびき、風が入ってきていた。しかし自分の知っている場所ではない。ベットから降りて部屋を歩くが、手掛かりになるようなものはなかった。
バタン。
いきなり扉が開き、ユウナはビクっと身を震わせた。
「ああ、起きておいででしたか。」
入ってきたのは若い女性。手に水差しを持っていた。
「…。」
「ああ、ユウナ様でしたね。お初に御目にかかります。私、クラアと申します。水差し交換いたしますね。」
「はあ。ああ…。」
ユウナの戸惑いは我関せずとその女性はすたすたと部屋へ入り、机の上の水差しを新しいものに代えた。
「ではユウナ様、何かご入用でしたらベルにてお申し付けください。」
その女性はベルのありかを示した後に、軽く頭を下げて扉の向こうへ消えた。
(一体何なのかしら。)
ユウナは不安になった。
(そうだわ、私は魔法使い?に襲われて。ああ、そうだわ、兄さまは。ディエンは。)
ユウナは急いで出口の方へ走った。
ぼよん。
しかし出口で何かにぶつかる。
「あいたた。」
見上げるとそこには大きな男が立っていた。
「あー、あー、ごめんね。怪我はないかい。」
がっちりしたごつごつの大男。その声は野太く、その顔は笑顔だった。
「…。」
「ユウナちゃんだよね。僕はアダマ。この神殿の侍祭だよ。あー可愛いね。抱っこしてあげよう。」
アダマと名乗る男は、ユウナを抱き上げて頬ずりした。
「え、あ?」
そして再び地面に下した。
「にいさまは?ディエンは?」
ユウナは、少しおびえながらその男に訊いた。
「にいさま?ああ、あの子だね。2人は無事だよ。何の怪我もなかった。」
笑顔で話すその男に、ユウナの緊張は少し解けたようだった。
「お祈りが効いたのね。良かった。」
「お祈り?」
不思議そうな顔をする男。
「おじさん、ここはどこ?」
ユウナは疑問をぶつけた。
「ああ、ここは神聖エルセリア大聖堂だよ。」
神聖エルセリア大聖堂。国で一番大きな聖堂だ。
「おじさん、私帰りたいの。」
ユウナは不安になって言った。
「…。ごめんね、ユウナちゃん。それは出来ないんだ。」
アダマと名乗る男の顔が申し訳なさそうになる。
「なんで?」
「あのね、外には怖い魔法使いがいるんだ。君の命を狙っている。だからしばらくここにいようね。」
男はユウナに言った。
「ねえ、じゃあ兄さまたちは?」
家族はどうなるのかと、縋りつくように訊ねた。
「魔法使いの狙いは君だ。君がここにいれば君の家族は狙われない。そして僕が守りの聖力を君の家族に掛けた。」
「ねえ、じゃあ会えないの。」
導き出される答えだ。ユウナは戦慄した。
「しばらくね。その方が君も家族も安全だ。」
理解が追い付かない。
「ねえ、どうして会えないの。ねえ、みんなここに来るのはダメなの。」
ユウナの必死の訴えに、男は首を横に振る。
「ごめんね。ここは君の家族を全て受け入れることができないんだ。本当にごめん。」
「そんな、そんなのってないわ。」
理解を越えた答えに、ユウナは混乱する。
「ごめんね。でもしばらくさ。安全が確保されるまで、ここにいてもらう。」
泣きじゃくる少女にア男は努めて優しく言った。
「いや、いやだわ、すぐに帰して、お願い、帰して。」
「ごめん、ごめんね。」
泣きじゃくるユウナ。
「じゃあ、いつ?いつまでなの。来週?それとももっと?」
縋るように訊ねるユウナに、
「…。君が一人で魔法使いに勝てるようになるまで。」
と男は絞り出すような声で答えた。
「魔法使いに?」
「そうだね…。」
「どうすれば勝てるの?」
「聖力を使えるようになれば…。」
「聖力を使えるようになれば良いのね。どうすればよいの?」
「君は賢い子だ。ここでそれをしっかり学ぶんだ。」
ユウナは零れる涙を拭い、一刻も早く聖力を使えるようになりたいと思った。




