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称賛と中傷と

 それからまた、いつも通りの日常に戻った。

 「姉ね。」

 すっかり元気になったディエンは、ユウナにべったりだ。

 今日も庭でユウナはディエンに本を読み聞かせていた。

 (まあ、考えても仕方ないことだわ…)

 「こんにちは。」

 扉をたたく音がする。

 「はーい。」

 マルグリットは扉に急いだ。

 「はい、どなたでしょうか。」

 扉の前には見慣れない夫婦。

 「あの、初めまして。こちらはダスさんの家でよろしいでしょうか。」

 「はい。」

 不審ながらも挨拶を返す。

 「あの、私の息子が死にかかっています。なにとぞ、聖女様のお力をお借りできないでしょうか。」

 その夫婦は必死に訴えた。

 「…。」

 マルグリットは困惑した。

 どこで聞きつけたのか、うわさが広がるのは早いものだ。

 「な、何かの間違いでしょう。うちには聖女なんていません。」

 必死の夫婦、気持ちは痛いほどわかるが、ユウナの秘密は漏らしてはいけない。

 「そんな、お願いです。どうか、どうか…。」

 多分、都の教会でも匙を投げられたのだ。

 すがるような顔、マルグリットは扉を閉めるのを躊躇した。

 「どうしたのだ。」

 玄関が騒がしいと、夫クリーガーがやって来た。

 マルグリットが説明したが、クリーガーは険しい顔をした。

 「お願いします。そうか…。」

 クリーガーは迷った。

 ここでドアを閉めて追い返すこともできる、しかし…

 (なんて因果だ…カテリーナ、君ならどうするだろう…)

 「…。分かりました。奥の部屋へ。但し、絶対に治っても内密にお願いします。」

 「ああ、ありがとうございます。」

 その夫婦は部屋に入った。庭で遊んでいたユウナは部屋に呼ばれ、クリーガーは、

 「どう、できるか?」

と彼女に訊いた。

 ユウナはできそうだと答えた。

 「では、お願い。」

 夫婦の息子は簡易のベットに横たわっていた。その顔は既に血の気が無くなり、全身は浮腫み、右脚が異常に膨れていた。ユウナは、この男の子に非情な悲しみと痛みを感じた。そして、その子の膝に手を置き、

 「この者既に癒えり。この子の罪悉く赦されん。」

と叫んだ。

 不思議な光がユウナの手からほとばしり、その子の体に吸い込まれたかと思うと、

 「うあー。」

と男の子が叫び、その全身からどす黒い煙のようなものが発散した。

 「窓を開けて。」

 ユウナが叫ぶと、大人たちは窓を開けた。部屋は焦げ臭いような匂いがした。

 「もう大丈夫よ。2週間ぐらい、栄養付けて休ませてね。」

 ユウナがそう指示を出し、床に倒れた。

 「ユウナっ。」

 クリーガー夫妻が駆け寄ると、ユウナは極度の疲労で気絶していた。一方男の子の方は全身の浮腫みと脚の膨らみが消えて、顔も全身も紅く艶々と健康そうな色を呈していた。

 「奇跡だ。ありがとうございます。聖女様。この恩は決して忘れません。」

 男の子の両親は涙を流して喜び、男の子を抱えて帰った。

 「ユウナ。」

 疲れ切ったユウナの体ベッドに横たえ、クリーガー夫婦は複雑な気持ちに襲われた。

 「これでよかったのかしら…。」

 「…。」

 答えはなかった。それからというものどこで聞きつけたか、たくさんの人がダス家に押し寄せた。

 「全く、秘密にとあれほど…。」

 クリーガーは困惑したが、切羽詰まった人はどのような事でも見つけ出すのだろう。そのすべてをユウナは気絶を繰り返しながら癒していった。中にはどうしても癒せない人がいて、その人はユウナに酷い言葉を投げかけたりもした。クリーガーは腹を立てたが、ユウナは「仕方ない事なの…。」と却って両親を諫めた。噂がうわさをよび、半分は奇跡を称賛し半分が偽物の詐欺だという中傷が飛び交った。そして称賛だろうが中傷だろうが、噂は火のごとく遠くまで広がったようだった。そして遂に教会の知るところとなり、教会もカテリーナの遺言と照らし合わせて、後継者であるユウナの検分訪問の運びとなった。

 ダス家に通されたのは、大祭司ハネストとアダマ助祭と幾人かの関係者。彼らはユウナを検分した。

 「うーん、確かにカテリーナ様の遺言どおりの御子だ。すぐにでも教会に保護せねば。」

 ハネストはそう宣言したが、クリーガーは、

 「カテリーナ様が今際の際に、13歳までここで暮らせとおっしゃったのです。」

、首を縦に振ろうとしなかった。

 「…。せっかくの後継者、早く保護をと思っているのだが…。」

 予測通りハネスト大司祭はよい顔をしなかった。大祭司の懸念もクリーガにも分かる。早く後継者を保護する理由も。しかしクリーガーはカテリーナの最後の望みも捨てることは出来なかった。自分の我がままで死に追いやってしまったようなものだ、とクリーガーは罪悪感のようなものを感じて何が何でも彼女の最後の望みはかなえてやりたいと固く考えていたからだった。

 「私が責任を取ります。ですから、どうか、もう少しここで…。」

 クリーガー。仮にも国の大将軍であり大英雄であるクリーガー将軍に頭を下げられれば、いかに教会と雖もそれ以上は強くは言えなかった。

 一応保護をと、家と住人に祝福の祈りを捧げて教会の人たちは帰っていった。

 「あなた…。」

 「大丈夫だ。」

 マルグリットも自分があの夫婦を追い返さなかったことに責任のようなものを感じ、クリーガーにそれ以上何も言わなかった。クリーガーは剣を引き寄せて、それを布で磨き始めた。

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