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聖女と男

 「さあ、行くわよ。」

 荒廃した戦場。正面にはマテリア国の陣。聖女は正面を見据えて静かに立った。

 「僕も行くよ。」

 隣には筋骨鍛えられた褐色の男。女はちらりと隣を見て軽くうなずいたが、直ぐに正面を向き右手を広げるように上げた。

 「マテリア国の兵士よ。よく聞け。この戦、我が民に何の負い目もない。それなのに何故我が民を殺すのか。なんの咎があって、我が民を殺すのか。お前たちの欲で、たくさんの命が奪われた。今、引き返すなら、事も穏やかに収まるだろう。しかし、これ以上進軍する意なら容赦はしない。その後の事はそちらに帰す。」

 聖力で増幅された声が、戦場の隅々にまで響き渡った。明らかに動揺するマテリア国の陣。当然だ。神話でしか知る事のない聖力を今、目の当たりにしているのだ。

 「さあ、どう来るか。」

 クリーガーは呟いた。

 「さあね。でも進軍する気なら容赦しない。それよりもリー、聖力の保護を掛けるわ。」

 聖女は男に声を掛けた。

 「ああ、いいよ。僕、実はずっと聖力の練習をしていたんだ。ほら、保護くらい僕も自分にかけられる。」

 そう言って男は、えいっと気合を入れた。

 「まあ、本当ね。確かに十分な守りだわ。でもいつから?」

 聖女は男の周りに展開する守りの聖力を認めて言った。

 「君と出会ってから。」

 「初めの出会い?」

 「そうだよ。」

 「そんなそぶりは…。あなた、こういうの好きじゃないと思っていた。」

 「まあね。武術が全ての家に育ったんだ。聖力なんて不確かな力に、と周りも僕も思っていた。でも、君に出会ってから、君の見ている世界も知りたくなって、ひそかに練習していたのさ。でも、難しいもんだな。何年もかかって、やっとこの位さ。」

 「…。そう…。あなたの…、もっと知っていれば…、こんなに遠回りしなくても良かったのかな…。まあ、才能もあるし、適切な指導を受けないで独学でやると結構時間がかかるわよ。」

 「ふふふ、無駄だったかなぁ。」

 「…、いいえ。うれしいわ。興味をもってくれて。それに、今回の戦闘では十分よ。じゃ、お互い自分の身は自分で守れるわね。」

 「つれないな。僕が君を守るといっただろ。」

 「足手まといにだけはならないでよね。」

 「ほんと、いい性格してる。」

 「そうね、でもうれしいわ。あなたに守ってもらえるなんて。ずっと、一人でやってきたから。お願い、りー、私を守って。」

 最後の一言は芯から甘えるような声だった。恋人時代の彼女の表情と声だった。

 「ああ、いいとも。リーナ、僕が守るよ。」

 一瞬、彼女の体が動きかける。しかし、次の瞬間、元の位置に戻る。恐らく、将軍の胸に飛び込もうとしたのか…。それは永久にわからない。何故なら、敵陣営が騒がしくなったからだ。

 「彼ら、投降する気はないみたいね。」

 「どうもそのようだね。」

 聖女が正面を向きながら、男の方に左手を差し出す。男は彼女の横顔を見て、その手を握る。聖女の手はしっとりとしていた。男がそっと握ると、心なしか彼女の握る力は強くなった。気のせいか、少し震えているような…。いや、気のせいだ。なにせ、彼女は聖女なのだから…。その証拠に彼女はじっと正面を向いたままだった。

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