前線と聖女
「酷い。」
前線に降り立った2人。小休止に入ったのか、敵は後退し幕営にこもっていた。対して、わが軍は遺体の回収もままならない状況だった。大地は焼け焦げ、まだ煙がくすぶっている。野戦病院さながら、傷病兵を担ぐ教会関係者が走り回っていた。
「これほどまでとは。」
腕がちぎれ、足が吹っ飛び、肢体が欠けた傷病兵。皆、疲労しきっていた。
「将軍、こちらへ。」
幕屋の一室に案内にされる。
「この部隊を預かる、ムーティヒです。クリーガー将軍、カテリーナ様、ご足労ありがとうございます。しかしお恥ずかしながら、このありさまです。他と合わせて一個師団は壊滅状態です。向こうも総戦力を上げて来ているでしょうが、こちらは手も足も出ない状況です。」
ムーティヒ少将も顔を負傷している。
「次の戦闘は。」
カテリーナが訊ねる。
「それも…。恐らく、後数刻、こちらが落ち着かないうちにでしょう…。」
絶望的な口調で小将は答える。
「わかりました。」
カテリーナは頷いた。
「おい、どこへ行くんだ。」
クリーガーは、口調を顧みる余裕がなくなった。
「信徒の所よ。」
彼女も同じだ。昔の関係。口調が完全にそうなっていた。
「勝手な行動を…。」
「あら、それはあなたでしょ。」
「少しは僕のいう事も…。」
「ふん、男だからって威張るのは好きじゃないわ。」
そうこう言い合っているうちに、彼女は旅営地をずかずか進んだ。
「カテリーナ様。」
近くの信徒が声をあげる。
「ああ、そのままで。なれない戦場に駆り出してごめんなさいね。でも、傷ついた者の手当、よろしくお願いするわ。」
「はい。」
まだ、少女だろうか。聖女の言葉に真剣に頷く。将軍はなぜか胸が痛くなった。
「まだ、ついてくる気?」
リーナが辛辣に威張り男に言う。
「そんな、邪険にしなくても…。」
「わかったでしょ。これも、私の仕事なの。ついてくるなら、邪魔しないで。」
ぴしゃりと言い放つ彼女。昔と変わらない。そしてその言葉にあえて反論せず、後ろをついていくのも昔のままの彼なのだ。
「カテリーナ様。」
「カテリーナ様。」
…。
結構回った。
「いや、君は人気だね。」
野営地に腰を掛けて一休みした将軍は言った。
「冗談でも、殴るわよ。」
彼女の眉がくいッと上がる。
「怖い、怖い。でも君がこんな性格だなんて、皆知らないんだろうな。」
彼女の拳がグーになる。
「何よ、優越感のつもり。反吐が出るわ。」
「そんな君を好きだったってこと。」
彼女の拳のグーが元に戻る。
「奥さんに言いつけてやるわ。」
「もう知ってるだろう。マルグリットは勘の良い女性だ。」
聖女の拳が再びグーになる。
「女を馬鹿にしているの?彼女は知っていても、我慢しているの。本当に男ってクズね。」
「ふう、ごめんよ。でも、君も男を貶しすぎだよ。」
「そういう事じゃないわ。」
将軍は困惑した。これだから女性は分からない。
「ねえ、カテリーナ、触れていいかい。」
「だめ。絶対に。」
「ちょっとだけだよ。」
「本当に男って嫌な生き物ね。」
「ねえ、」
将軍は彼女を抱きしめた。
「なっ。」
驚いた彼女はじたばたしたが、直に大人しくなった。
「カテリーナ。僕は君を愛していた。やり直せるなら、君とやり直したい。この前言ったとおり、僕は複数の妻を持てる。聖女の役を降りたら、僕の所へ来てよ。」
「ふざけているの、そんな事…できわけ…。」
抱きしめられた懐で、彼女の目から涙がこぼれる。
「ねえ、お願いだ。」
既に彼女の口から嗚咽が漏ていた。
「無理よ、無理…。許されないわ、許されない…。うう…。もう…。聖女なんて嫌だ、嫌だわ…。」
キス。
将軍は彼女にキスをした。
「なっ。」
「リーナ、愛している。妻も勿論、愛している。でも君も愛しているんだ。」
彼女は驚きで体が硬くなったが、だんだん力が抜ける。
「りー。私、私ね、本当は諦められなかったの。あなた、ぐす、あなた、の事が…。あの後付き合った人、あなたへの当てつけよ…。でもキスもできなかった。意地張ったわ。あなたの妻が羨ましい。妬ましいわ。私だけのリー、私だけのリーだわ。」
今度は彼女の口が将軍の口を塞いだ。
「リーナ。」
「リー。」
…。
その後、二人は小さな幕屋に入った。
中に誰もいない幕屋。
そして…。
数刻後、前線が再び慌ただしくなった。湯あみをして髪を結い上げたカテリーナは、前線に立っていた。その隣には、同じく身を整えたクリーガー将軍の姿もあった。




