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養育と戦争の影

 「苦労かけてすまない。」

 身重の妻にクリーガーは頭を下げた。

 「苦労じゃないわ。この子も不幸な身の上だわ。うちでできることはしてあげたいと思うわ。」

 妻マルグリットは夫の突然の申し出に淡々と答えた。話を聞いたときは驚いたマルグリットも、赤子の安らかな顔を見て不思議と哀れみに似た感情が湧いた。

 「それで名前はどうするの?」

 身重のお腹をどっこしょと持ち上げ、妻は夫クリーガーに聞いた。

 「そうだな、カテリーナ様は特に何も言っていなかった…何が良いか。」

 「じゃあ、あなたが決めることね。」

 「そうだな…ユウナはどうだろう。古い言葉で愛を結ぶという意味だ。」

 「まあ、良い名ね。では、ユウナにしましょう。」

 「ユウナ…。」

 2人の新しい親は、安らかに眠る赤子を眺めた。

 「そうだ、ディグレはどこだ。あの子にも顔あわせをしよう。」

 「あの子なら、外に遊びにいったわ。」

 「勉強もしないでか。」

 「あなたにに似てじっとしていられないのだわ。」

 妻はくくくと笑った。

 

 その夜、ディグレはその赤子の聡明そうな顔に驚き、胸の奥に不思議な愛情に似たものを感じた。そして自分はこの子を、兄として騎士として守ることを胸の内で決めた。

 

 「カテリーナ様、あの子はユウナと名付けました。」

 「まあ、良い名だわ。」

 数日後、神殿を訪れたクリーガーは聖女カテリーナに報告した。

 「赤子はまあ、健康です。まずはこちらで落ち着いています。」

 「良かったわ。」

 丸い小さなテーブルを挟んでお茶を啜る黒髪の女性を、やや緊張の面持ちで眺めながらクリーガーは言った。それに対し、聖女は相変わらず超然としていた。不公平だ。

 「それで、ゴホン、あのエカテリーナ様、あの件は…。」

 今日はどうしても確認しておきたいことがあった。

 「わかっているわ。マテリア国の事ね。」

 あれから、クリーガーも国王に報告した。国王は一応軍備を整えておく指示を出し、王自身は事の真相を確かめるべく使者を派遣、それとなく外交の席で腹を探るという方針を宣言した。

 「本当に戦争が起きるのでしょうか。」

 将軍といえども戦争がないに越したことはない。

 「ええ、あの国は以前から技術の発達に力を入れ、その副産物として軍備増強と新兵器の開発に手を染めてきたのです。私の透視では、今現時点で公開されている以上の新兵器が量産されつつあります。兵器というものは一旦作れば、どのような形でも使わなければ無駄となります。その無駄をそのままにしておけないのが、隣国の経済体制です。それがこちらに向けられているのです。」

 お茶を啜りながら、淡々としゃべる聖女にクリーガーは戦慄を覚えた。

 「でもいつから。」

 「だいぶ前です。それからあらかじめ言っておきますが、私は何度も国王に報告しました。しかし国王も、自国の戦力と隣国との関係を見て何とか戦争を回避する策を講じたのですが限界があったようです。」

 「…、名目は。」

 開戦には口実が必要なのだ。

 「『もともとアースガルドは神の意志を最も表しているマテリア国の領土だ。それを不法に占領している国は異端であり、速やかにマテリア国の支配を受けなければならない』…ってところね。それから、多くの水脈が北のフォンス山から我が国を通り、南のマテリア国に流れるわ。自分たちが下流にいるのが許せないようね。あと東の鉱山になりそうな山林も欲しいのよ。」

 そこまでわかっていても…なるほど戦争が回避できないことは容易に想像できた。ガラス玉が鉄球に打つかっても、鉄球がガラス球に打つかっても、割れるのは結局ガラス玉なのだ。口実など、どうにでもなるのだ。

 「どのくらいだろう…。」

 「ああ、そうね、来年の夏ごろかしら。」

 そんなに近いのかと、将軍は暗い気持ちになった。

 「勝てそうかい?」

 「戦力では圧倒的にあちらが有利だわ。でも、ここからは完全な予感だけど、被害は大きいけど負けはしないわね。」

 お茶のカップを置いた聖女は、将軍の目をまっすぐと見て静かにいった。

 「なんでわかるんだ。」

 「予感よ、予感。根拠はないわ。でも万一の時はあの子をお願いします。あの子は、その戦争よりも更に更に大きな災厄を収めるために必要なのよ。」

 「…、君が看るという可能性は…。」

 戦争では自分も死ぬ可能性があるのだ。

 「…ないの…。」

 目をそらした聖女に、将軍は何かピンとくるものがあった。

 「まさか…、。」

 「そう、私は、来年の秋より先に生きていることはないわ。」

 「な…。」

 衝撃の告白。しかし、元恋人の口調は相変わらず淡々としていた。再び彼女がお茶を啜る。

 「それを知っていながら…。」

 「はあ、クリーガー様、私の死は仕方ないことです。もし、あの子の養育に困難が生じたら、教会が全面的に援助します。ありったけの、加護をかけていくから心配ないと思うわ。」

 「…。そういうことじゃない…。」

 うつむきながら答える将軍に、元恋人はいたずらっぽく笑いながら、

 「ふふふ、私は幸せだわ、この世で最も愛した人に最後に心配されるなんて。」

と言った。

 「リーナ。」

 「あなたは将軍だわ、妾をもらう事もできる。私も聖女でなければ、あなたの妾になったでしょうね。でも、それは許されないわ。あなたを捨てた私が言う事ではないけど、どうか私の事よりも奥様を大切にね。こんな未練がましい、ずるがしこい女よりずっと素晴らしい人だわ。」

 「リーナ…。」

 すぐこぶしが届く距離に、彼女がいる。しかしその距離は、この世のどの離れた場所よりも届かない。

 「さあ将軍、今日の面会は終わりよ。私も忙しいの。また相談の時に、お話ししましょう。」

 口調は穏やかだが、有無を言わせない響きを持っていた。

 「…。」

 「リー君、今日は楽しかったわ。」

 「リーナ…。」

 「またね。」

 そう言い残して、彼女は席を立った。これ以上の長居は許可しないということだ。後ろを振り返りながらクリーガー将軍は部屋を後にした。

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