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将軍と聖女

 報告は直ぐ王宮に届いた。王は精霊石の話に驚き、緊急会議を開いた。その会議で、王宮の史官によって過去の史料が披露され、彼の大戦の折に広大な大地が焼き尽くされたという伝承が読み上げられた。そのような危険な物が魔法使いの手に渡る危険性について、ほぼすべての出席者が、処分を主張した。

 結局聖女の願い通り直ぐ処理せよとの結論が出たのだ。まもなく、使者とともに王の封書と許可の報が現地に返った。

 それからの作業は早かった。

 聖女の示した場所を掘ると正に大きな水晶の棺が見つかり、その中に黄色に光る金属のような物体が入っていた。この怪しく黄色に光る棺いっぱいの金属の塊を、皆は気味の悪い思いで見つめた。そして傍には、石と金属でできた機械と、精霊石の原石と思わしき物も大量に見つかった。

 それらは棍棒と、聖女の聖力によってすべて砕かれて小分けにして袋に入れられた。すべての粉が袋詰めにされると、それらは兵士に配られた。そして彼らには、それをできるだけ遠くの地で土に混ぜて埋めるよう指示が下った。

 そして念には念をということで、万が一兵が変な気を起こさないように、任務を果たしたらその証が手に浮かび上がるような聖力がかけられた。

 全員が出発して、戻るまで更に2、3日要した。そして皆が帰ると、聖女は書類と人員を突き合わせ全員一人残らずその任務を忠実に果たしたことを確認した。

 まず今回の危機は去ったようだった。皆、数日にわたる激務が終わったことに安堵した。クリーガー将軍は、現地に一個中隊を置いて責任者を立てその他の兵を引き連れて王都に戻る手配を始めた。

 「カテリーナ様も戻りますか?」

 将軍は、相変わらず無愛想な元恋人に声をかけた。彼女は将軍の顔を一瞥すると、ふんと鼻息を漏らして、

 「ええ、私も、もう戻らなくてはなりません。」

と、答えた。

 「移動はどうします?」

 将軍の問いかけに、

 「来た時と一緒でお願いします。」

と、顔を背けながら元恋人は答えた。その表情は…見えなかった。将軍も早く本営に戻らなくてはならない。来た時と同じように、早馬で、後ろに聖女が乗った。彼女は馬には慣れていない。その手は、将軍の体をしっかりとつかんでいた。

 王都に着くと、聖女は直ぐ神殿に向かった。将軍も本営に戻らなくてはならない。王への報告あるのだ。

 「将軍。」

 別れ際、彼女が将軍を呼び止めた。

 珍しく真剣な声。

 将軍は立ち止った。

 「奥様はお元気?」

 珍しい話題。

 「はい、おかげさまで。」

 「そうですか。よろしくお伝えください。」

 「はい。」

 「将軍。」

 「はい?」

 「…。今日は昔みたいで、楽しかったです。」

 「リーナ…。」

 少し寂しそうに微笑む彼女。

 ほんの些細なすれ違いだった。

 リーナ。

 久しぶりに呼んだな、と将軍は思った。

 あの頃は、よく笑う、笑顔のかわいい女性だった。

 何度もデートし、結婚の約束までしたのだ。

 しかし、当時軍人として頑張っていたころ。

 昇進、訓練、時間に追われ、ついつい彼女をないがしろにしたのだ。

 寂しい彼女は、軍と私とどちらが大切なの、と詰め寄った。

 今考えれば、彼女は不安だったし、寂しかったのだ。

 時間をやりくりして、彼女の話を聞いて、傍にいてあげればよかったのだ。

 しかし、どちらも若かったのだ。

 代々軍人の家であるダス家。

 父からの重圧もあり、精神的にも一杯一杯だった。

 「お前こそ、俺のことなんかちっとも考えてくれない。」

と、つい言ってしまい、売り言葉に買い言葉、けんかになってしまったのだ。

 その後もお互い意地の張り合いで、会わぬ日が続き、クリーガーも軍の任務で忙殺された。そして、彼女は別の男性と付き合うようになったのだ。クリーガーはショックを受けたが、自分が口を挟める立場ではないと、身を引いた。

 その後音沙汰なく、昇進も進み落ち着いてきたところで今の妻に出会った。ダス家と交流のあった軍人の家の娘だった。結婚は遅かったので、子供も生まれるのも遅いだろうと思われた。しかし数年後、待望の男児が生まれた。自分と同じ褐色で丈夫そうな男児。幸せだった。

 対して彼女については、良いうわさは聞かなかった。あれから間もなく付き合っていた人と別れ、その後は誰とも付き合おうとせず子も持たぬまま今に至るということだった。

 「クリーガー…。」

 「…。」

 泣きそうな彼女。手を差し伸べたいが、妻と子の顔が浮かび、それを許さない。

 「私ね、あれからやはり、あなたのことが忘れられなかったの。あの時、あなたのことをもっと考えてあげられたら…。こんな惨めな思いをせずに済んだのね…。」

 「リーナ…。」

 お互いピクリとも動かない。時が止まった…いや、昔のあの時に戻ったようだった。

 「僕も、君のことをもっと考えてあげられたら…。」

 「クリーガー、ごめんなさい。私聖女なんて器じゃないわ。ただのちっぽけな愚かな女だわ。」

 「リーナ…。」

 つい一歩踏み出そうとするが、妻と子の顔が過る。

 「あなたの魅力を今更思い知るなんてね。…。」

 「…。」

 ふっと寂しそうに微笑む聖女。クリーガーは、相当な自制心で踏みとどまる。

 しばし沈黙の時が流れた。

 しかし、再び、その空気を破ったのも、聖女だった。何かを決心するような仕草をすると、さっきまでの雰囲気をガラッと変えてきりっとした真剣な顔に戻り、

 「クリーガー将軍、大事なお話があります。そちらの用事がすみましたら、神殿にお越し頂きたい。明日にでも、ご都合がつけばありがたく思います。」

と頭を下げた。

 その言葉は真剣で一切の皮肉を感じさせなかった。将軍も居住まいを正し、

 「わかりました、カテリーナ様。明日午前中には伺います。」

と緊張した面持ちで答えた。

 「ご承諾ありがとうございます。」

 聖女は軽く頭を下げ、そして微笑んだ。それは全く無垢な微笑みだった。まるで恋人同士だった時の笑顔に…似ていた。

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