聖女カテリーナと将軍
「至急、王に御繋ぎいただきたい。」
はあはあ、息が上がる中、クリーガー将軍は城壁の門番に声をかけた。門番も単騎駆けてきた将軍に驚き、直ぐに奥に引っ込んだ。ギギーと跳ね上げ門が開き、将軍は王都に入った。自らは軍本営へ直行し、派遣の部隊の指示をせんと更に馬を走らせた。
「アルムはおるか。」
本営に着くと、すぐに直参の部下を呼んだ。
「はっ、ここに。」
「アルム、思った以上に状況が厳しい。村は丸焦げで、敵の遺体も散乱している。何時仲間が戻ってくるかもしれん。一個中隊および大隊長と火器を見繕え。」
急な指示に面食らったアルムだったが、直ぐに手配へと急いだ。
「将軍、村の生存者は?」
と、急ぐ傍らアルムは疑問を口にした。
「この子一人だ。」
将軍が見せた包みには、まだ生後間もない赤子が包まれていた。
「なんて惨い。」
アルムは驚愕した。数百人規模の村だが、たった一人の赤子のみが生存者とは、と思ったのだ。
「では将軍はどうするのですか。」
「王の許可を取りに、王宮へ行く。それから国教会へもだ。」
「教会…ですか。」
アルムはいぶかしく思ったが、あえて追求しないことにした。
「では行ってくる。」
将軍は包みを抱えたまま出て行った。その後姿を見ながら、アルムはこれからの行く先に不穏なものを感じていた。
「開門。」
王宮の城壁の門が開き、将軍は中にいざなわれた。宰相の部下が出迎えて、
「王の執務室へどうぞ。」
と、案内した。
「王、クリーガー将軍がいらっしゃいました。」
執務室に入ると、王と宰相がいた。
「おう、クリーガー、どうした。」
国王フォースは将軍に声をかけた。将軍は手短に現状を報告し、増派と火器の許可と生き残りの赤子の報告、文官アザルとの協議の上での教会の助力を願い出た。赤子を王に見せると、
「おう、なんということだ。将軍、やはり儂も気になる、願い通りにせよ。教会へは、鷲がすぐに連絡する。」
と、王は将軍の意見に支持を表した。
「卒の願いを聞いていただき、恐悦でございます。」
「しかし、猶予はならんようだな。」
「そのようでございます。」
「ストラ宰相、この封書を直ぐ教会へ。将軍、使者と一緒に教会へ行け。しかし増派の件は?」
「見積もりはできております、私の判断では一個中隊、火器1000丁、後は王の許可次第でございます。」
「わかった許す。」
クリーガーは連れ立ってきた秘書係の部下を直ぐにアルムのもとへ向かわせ、派兵の指示も持たせた。ストラ宰相が別な部下に封書を渡し、将軍はその部下と一緒にすぐさま教会に向かう手はずになった。
「クリーガー、大変なことだな。」
と、ストラ宰相は声をかけてきた。実は将軍と宰相は腐れ縁というか、気の置けない仲だった。
「小さな村だが、あれだけ凄惨であれば、怒りも沸く。さらに賊の目的も気になる。」
と、将軍は堅物の幼馴染の宰相に答えた。
「私の勘だが、賊は何か欲しいものがあった、と思う。」
と、宰相はニコリともしないで言った。
「欲しいもの?」
「そうだ。お前の報告では更地にするほどの火力。村を一掃して、欲しいものがあった…。恐らく地面の中に…。」
とっぴな意見だが、この宰相なかなか勘が鋭い。
「そうか…。」
将軍はそこまで考えていなかった。ただし、いろいろ世事にも政にも通じている知識人である宰相の意見は、一目置くものだと将軍は考えていた。、
「しかし…いいのか?」
と、宰相が意味ありげに言った。
「何がだ?」
「彼女だ。」
彼女と言われて、将軍の顔が曇った。
「昔のことだ。」
「すまん、無粋だった。」
珍しく堅物宰相が頭を下げた。教会へ行く道すがら、将軍の気持ちは落ち込んでいた。実は昔、将軍と聖女カテリーナは恋人だった。しかし、些細なすれ違いから、別れ、今の妻と一緒になったのだ。その後カテリーナは独身だと聞いている。
「聖女カテリーナ殿に繋いで貰いたい。」
使者が口上を述べると、門が開き前庭に通され更に教会の建物の中にいざなわれた。司祭ヨナが出てきて彼らを出迎え、王の封書を恭しく受け取ると中身を確認し直ぐ聖女を呼ぶ意を示した。
「では私はこれで。」
と、使者である宰相の部下は神殿を後にした。
一人彼女を待つ将軍。気まずいな。正直、居心地が悪かった。そんなことを考えていると、
「クリーガー将軍、お久しぶりです。」
と、奥の方から女性が出てきた。
軽い僧侶の服装、キュッとしまった身体、黒い髪は一つに束ねられ、意志の強そうな瞳と整った顔は年を経ても尚ある種の美しさを放っていた。
「お久しぶりです、カテリーナ様。」
跪いて慇懃に礼をした将軍を、聖女と呼ばれた女性は見下ろすようにして、ふんと息を吐いた。
「今日は如何用ですか、将軍?」
最後の『将軍』の言葉だけやけに力がこもっていた。将軍は頭を下げたまま、これまでの経緯を説明し、助力を願い、幼子を見せた。無表情で聞いていた聖女も、幼子を見せられた途端に、明らかに動揺を始めた。
「…。カテリーナ様、これがこれまでの経緯でございます。」
「…。そうですか。…。これは、大変な出来事です。…。実に大変な出来事です。…。将軍、私、現地へ行かなくてはなりません。」
いきなりの同行宣言に驚いた将軍は、思わず顔を上げた。
「カテリーナ様?」
「クリーガー将軍、猶予はなりません。直ぐに行かなくてはなりません。」
いつもの軽い恨みと侮蔑がこもった表情と声ではなくて、狼狽と震えるような声に将軍も非常を感じた。
「将軍、赤子は教会で保護します。司祭、直ぐにこの子を保育室へ。…。えーと、それから今、加護の聖力を掛けます。そしてこの子は暫く教会の敷地の外に出してはなりません。」
聖女がごにょごにょと唱えると、赤子の体が明るく光り加護がかけられたようだった。聖女の慌てた振る舞いに、
「どうしたのですか?」
と、将軍は聞いた。
「…。現地を見たら、わかっていることすべてを話します。」
聖女の顔は何かを見通すように、きりっと引き締まった。




