王の護衛と聖女の過去
「ねえ、この子は?」
目の前ですやすや眠る子。まだ生まれたばかりの、小さな子。
「お前の妹になる子だよ。」
父はそう言って、その子を見せた。
『妹』、ディグレは嬉しくなった。
「ねえ、お父さん、お母さんのお腹も大きいよ。僕、兄弟が2人も出来るの?」
力強く逞しい父は、
「そうだよ、ディグレ、お前には沢山の兄弟が出来るんだ。」
と、微笑みながら言った。
まだ、小さい子。そのほっぺたは柔らかく、ディグレはこの子を大切にしようと決めた。
遡ること数日前。
「ダス=クリーガー将軍、クラインという小さな村が賊の襲撃を受けたという報告がありました。」
「何?」
ダス=クリーガーと呼ばれた褐色の逞しい男は、すぐさま椅子から立ち上がった。
「村は壊滅、生存者はいない模様。調査団の派遣が要請されています。」
「賊の目星は?」
「ついておりません。しかし敵残存の可能性もあり、隊の派遣も必要との中央の判断です。」
「軍の随行については、こちらで編成が必要になろう。どの隊を派遣するか…。」
「それは将軍のご判断になります。」
「…。そうだな…。何故そんな辺境の小さな村が襲撃を受け、村人全員が皆殺しになったのか気になる。儂も随行しても良いか?」
「それは…。私の判断を越えています。」
「では、儂も行く。アルム、お前の指揮下の中隊を一つ見繕ってくれ。」
「…。分かりました。では揃えてきます。」
アルムと呼ばれた男は敬礼をして、さっと踵を返すとカッカッと足早に部屋を出て行った。
「フーム、何か気になる…。」
それから隊が結成され、中央からも文官も派遣されて結構な大所帯での調査になった。村に着いてみると、報告の通り、否、もっと酷い有様だった。黒焦げになった瓦礫はまだ温かく、周囲には焦げた遺体が散乱していた。
「なんと酷い…。」
思わずクリーガー将軍は声を上げた。遺体は大人から子供、かなり損傷していたものもあり歴戦の将軍もこの惨状は地獄だと思った。
「将軍、文官が村の調査に入りました。我々への指示をお願いします。」
コプフ中隊長が将軍へ指示を求めた。
「一分隊の班を文官の護衛、そして別の分隊の班から数人、四方に見張りを付けろ。」
「はい。」
文官が現地を調べている間、クリーガー将軍も村の中を歩き回った。
「やはり、酷いな…。」
目の前に広がる、黒焦げた土と木材。所どころ大小の遺体を目にして、将軍の胃袋は揺さぶられた。そして、一際損傷が激しい一軒家だったであろう炭の塊の前で踵を返そうとしたその時、
「…。ぎゃ、くー、ぎゅ…。」
と、何か細やかな音が聞こえた。
「な、何だ?」
その音は、その瓦礫の下からのようだった。
「…。ぎゅ、ぎゅっ…。」
クリーガーは剣を構え、瓦礫に近づいた。
「ぎゅ、ぎゅっ。」
音が大きくなる。剣で瓦礫を払いのけると、
「ぎゅー、ぎゅー。」
と、音が強くなった。
用心しながら、一際大きな焦げた木材を剣の端で払いのけた。
バタン。
すると、その下に、2つの焦げた遺体が重なっていた。
「…。」
クリーガー将軍は思わず手を合わせた。そして、弔いをしようとその遺体を持ち上げた。
「あっ。」
その下に空洞があるのが目に入った。その空洞には布で巻かれた何かがあった。
「何だろう。」
遺体を側へ下ろそうとしたが、その遺体は土塊になって粉々と崩れた。
「おぎゃ、おぎゃ。」
と、布の中から聞こえる。
「もしや…。」
包まれた布を捲ると…
「おぎゃー。」
なんと赤子がくるまれていた。
「なんと…。」
クリーガー将軍は、暫く言葉を発することが出来なかった。周囲を見渡し、赤子を隠すようにすると急いで天幕に戻った。しかし、天幕には誰も居なかった。
「生き残りか…。し、しかしどうする。」
これだけ凄惨に虐殺された村。怨恨であれば、この子の身も危ない。
「敵の目的も分からん。かといって、放っておく訳にもいくまい。」
動揺する将軍。
バサッ。
天幕の端が開いた。
チャ。
思わず剣を構える。
「わ、将軍、何ですか。」
と、入ってきたのは部下のコプフだった。
「ああ、お前か、びっくりした。」
「びっくりしたのはこちらです。」
コプフ中隊長は、額を拭った。
「将軍、調査はまだ始まったばかりですが、生き残りはいないようです。全てが、ほぼ黒焦げ。賊はかなりの火器を使用した模様です。」
「コプフ、お前どう思う。何故、このような小さな村がこれほどの襲撃を受ける。」
「私自身は、分かりかねます。ここは我が王都への重要なルート上にもありませんし、要所でもありません。この村だけ執拗に攻撃を受ける理由が分かりません。」
「文官はどう言っている?。」
「まだ調査中とのこと。ただ…。」
「ただ、何だ?」
「あの、まだ確定ではありませんが、どうも我が国民以外の遺体もあるようです。」
「賊か。」
「恐らく。」
「村人も抵抗したのだろう。」
「恐らくそうでしょう。」
「これだけの火器に村人が…ほぼ武器も無かっただろうに。」
「想像に余りあります。」
「しかし抵抗を受けたとなると、仲間が様子を見に来る可能性があるだろう。」
「はい、怨恨か物取りかは分かりませんが、もしかすると戻ってくるかも知れません。」
「賊の勢力が不明な以上、此度の軍ではちと心許ない。」
「どうしますか。」
「調査を待っては居られない。聖力、教会に援護願おう。ついでに火器も王都から持ってくる必要がある。」
「では、早馬を。」
「儂が行く。お前にここの指揮を預ける。どうだろうか。」
「わ、わかりました。将軍のご判断に従います。…ところで、先ほどから、泣き声がするのですが、その包みは何でしょうか。」
と、将軍の持つ包みを訝しげに見つめるコプフ中隊長。
「しっ。いいか他言無用だぞ。これはこの村の生き残りだ。」
と、将軍はあたりを憚るように小さい声で答えた。
「い、生き残り!」
「しっ。絶対に漏らしてはならない。」
「は、はい。そ、それで、どうするおつもりで。」
と、コプフ中隊長は目を白黒させながら言った。
「あれだけの火の海で生き残った赤子だ。奇跡ではあるが、この子をこのまま放り出すわけにも行くまい。賊の目的によっては、この子の命も危ない。儂は、聖女カテリーナ様のご判断も仰ごうと思う。」
「そ、それで、将軍自ら。」
「そうだ。これだけの大事件、我々軍は勿論、恐らく文官の手にも余るだろう。教会の助けも必要だろう。」
「しかし、文官のメンツが…。」
「…。それはやはり不味い。コプフ、皆を集めよ。」
「は、はい。」
将軍の命令に、コプフ中隊長は転がるように天幕を出て行った。
「…。しかし、どうしたものか…。」
泣き続ける赤子を手に、クリーガーは呟いた。そして間もなく、天幕に文官の責任者と小隊長の面々が集められた。皆、何事だろうと不審に思った。
「文官アザルどの、小隊長諸君、時間を頂いてすまん。今から大切な相談がある。」
皆、ざわめいた。
「今しがた、焼け焦げた柱の下で、この赤子を保護した。村の生き残りだ。」
と、布くるまれた赤子を皆に見せると、ざわめきが更に大きくなった。
「驚くのも無理ない。あれだけの攻撃だ。生き残りがあるとは考えられん。しかし事実だ。文官殿、賊の手がかりは、目的は何かつかめましたか?」
と、将軍は文官アザルに訊ねた。
「クリーガー将軍。パーム油に近い高火力の油で一気に焼かれたようです。村人は全滅。死因は焦げているので断定は出来ませんが、刀傷もあるようです。ここを更地にしたかった、何故かは分かりませんが、そのような意図を感じます。そして、ところどころ、しかし不思議に少なくない賊とみられる遺体も散乱しております。これは、ほぼ焼死体です。」
と、文官アザルは答えた。
「賊の目的はなんだろうか。ここを更地にしてまで何を手に入れたいのだ?」
と、将軍。
「私にも、目的までは…。王都を目指すにしても、効率が悪すぎます。」
と、文官も首を捻った。
「そこで、この子の身の安全のためにも、教会の助力を願おうと思うが、どうだろうか。文官殿の顔を潰すようで申し訳ないが。」
と、将軍は申し訳なさそうに、自身の思うところを述べた。
「…。確かに、調査については我々も限界を認めます。それに賊も戻ってくるかも分からない中、時間も悠長に掛けてはいられないでしょう。教会の助力、私も賛同いたします。」
と、流石文官アザルは大人物。メンツよりも、今するべき事をはじきだした。
「おお、申し訳ない。文官殿。それから皆、この子のことは、まだ周囲には余り漏らさないようにお願いしたい。ここの調査団の中で広まるのはしかたないと思うが、いずれにせよ、教会も交えての処遇を求めたいのだ。」
と、将軍は頭を下げた。
「はい。」
皆、異存は無いようだった。それから暫くして、一頭の早馬が王都に向けて駆けていった。その馬にはクリーガー将軍が、その手には赤子がしっかりと抱えられていた。




